28.救われた命
「……お父様?」
リシェルの不安そうな声が響く。
侯爵夫妻は顔を見合わせるがどちらも口を閉ざし重苦しい沈黙が続く。セレナまで空気の異変を察して黙り込んでいる。
少ししてクラウスは静かに侯爵を見据えた。
「…隠していることが、まだあるんですね」
低い声。
侯爵は深く息を吐いた。
「…………ああ」
観念したような声だった。
「リシェル」
侯爵はゆっくり娘を見る。
「お前が生まれた日のことだ」
リシェルは息を呑む。自分の出生について語られることなど、今まで一度もなかった。
「…十八年前、王都全域で、大規模な魔力暴走事件が起きた」
クラウスが眉を寄せる。聞いたことがある、歴史書にも載っている有名な事件だ。
『王都魔力災害』
突然暴走した魔力嵐によって、多くの魔術師が命を落とした。建物は崩壊し、ひどい有様だったと記録されている。
だが。
「事件原因は未だ不明とされているはずだ」
「…あれは嘘だ」
侯爵が低く言った。
室内が静まり返る。
「本当は、一人の『実験体』が原因だった」
リシェルの身体が強張る。
「実験体……?」
侯爵夫人が苦しげに目を伏せた。
「王家は昔から、『特殊魔力保持者』を研究していたの」
「特殊魔力……」
「魔喰いもその一つだ」
クラウスの目が鋭くなる。…やはり王家は以前から魔喰いを把握していたのだ。
「ーーだが研究は禁忌へ踏み込んだ」
侯爵の声には怒りが滲んでいた。
「彼らは人為的に最強の魔力保持者を作る研究を始めたんだ」
リシェルの呼吸が止まりそうになる。
「……まさか」
「その研究施設で、事故が起きた」
侯爵は静かに続けた。
「実験体の魔力が暴走し、王都全域へ災害級の影響を及ぼした」
クラウスは目を細める。
「王家はそれを隠蔽したのか」
「ああ」
「では、その実験体は」
侯爵はゆっくりリシェルを見る。
リシェルの胸が、嫌な音を立てた。
「……違う」
侯爵は静かに首を振った。
「お前ではない」
リシェルがはっと息を吐く。
「だが、その暴走の中心にいた人物と…お前は深く関わっている」
意味が分からない。
リシェルは混乱した。
「ど、どういう、ことですか……?」
侯爵夫人が震える声で言う。
「リシェル、貴女は、あの事件の直後に保護した子なの」
世界が止まった気がした。
「……………え?」
「本当の意味で、『生まれた』のはあの日だったの」
リシェルの瞳が大きく揺れる。
「私は……アルヴェイン家の子じゃ、ない……?」
「…血は繋がっていない」
侯爵が苦しげに眉を寄せ俯きながら言う。が、すぐにまっすぐリシェルを見据えた。
「だが!お前は間違いなく我々の娘だ」
リシェルの頭が真っ白になる。
「待ってください……」
声が震える。
「じゃあ、私は誰なんですか?!血が繋がっていないなんて…!私は一体…」
誰もすぐ答えられなかった。侯爵夫人が駆け寄ろうとして一瞬迷ったがクラウスが静かに崩れそうなリシェルの傍へ移動したのを見て刹那げに諦めた。
「事件の日、我々は王都外れで、お前を見つけた。赤子だった…だが普通ではなかった。周囲の魔力を吸い尽くしながら、それでも泣いていた。」
まるで壊れた世界で、一人取り残されたみたいに。
「ーー王家はお前を、『危険物』として処分しようとしていた」
リシェルの顔が青ざめる。
「だから我々は、お前を隠した」
侯爵夫人が涙ぐみながら言った。
「せめて…せめて、普通の子として生きてほしかったの……!」
それが始まりだった。
本当の意味で、リシェルを守るための隔離。周りではなく、守られていたのはリシェルの方だったのだ。
だが同時に、その事実はある意味本当の孤独にも繋がった。
この家の…子供ではない…?私は処分されなければならない存在なの…?私は一体ーーー
リシェルの瞳からポロポロと涙が零れる。
「……そんな」
自分が何者か分からない。怖い、全部崩れていく。恐怖で再び暴走しそうになったその時、クラウスがそっと彼女の肩を抱いた。
「リシェル」
低く穏やかな声。
「君は、君だ」
「でも、私は……!」
「誰の血だろうと関係ない」
迷いのない言葉。
「君が優しいのも、大切な人を守ろうとするのも全部、君自身だ。誰を恨むことなく今日まで生きて来た。俺はそんな君が、君だから好きになったし、守りたいと思う。だからそんなの関係ない。」
リシェルの涙が止まらない。怖かった…でも、クラウスの声だけは、不思議と安心出来た。
グレイがぽつりと呟く。
「……もし王家がそこまで知っているなら」
全員が彼を見る。
「リシェル様は、ただの魔喰いではない可能性があります」
クラウスが目を細める。
「どういう意味だ」
グレイはリシェルを見ながら静かに言った。
「十八年前の実験で王家が本当に作ろうとしていたのは…魔力そのものを喰らう存在なのではないでしょうか。禁書に載っているような…」
その瞬間。
部屋の空気が凍りついた。




