27.穏やかな朝の終わり
翌朝。
リシェルは珍しく寝不足だった。
「……眠れませんでした」
朝食の席でぼそりと呟く。向かい側のクラウスが目を細めた。
「顔赤いな」
「っ……!」
原因はあなたです、とは言えない。昨夜を思い出すだけで胸が苦しくなる。プレゼント、優しい声、髪に触れられた感触。全部反則だった。
「お姉様って本当に分かりやすいですよねぇ」
セレナがにやにやしている。
「絶対今クラウス様のこと考えてましたよね?」
「ち、違……」
「違わないでしょ?」
クラウスまで笑っている。リシェルは完全に追い詰められる。
「な、なんでそんなに意地悪なんですか……」
「意地悪じゃなくて君の反応が可愛いだけだろう」
「っ……!」
平然と言ってのけるクラウスにリシェルは何も言えない。
侯爵夫人がクスクスと口を押さえて笑う。
侯爵は遠い目をしていた。
「副団長、君は昔からそんな男だったか?」
「違いますよねぇ?お姉様限定で甘いです。こんな副団長初めてみました。騎士団の皆様が知ったらびっくりでしょうね」
まだにやにやしている。
クラウスは少し考え込む。
「……確かにそうかもしれない」
「認めるんですか!?」
リシェルはもう限界だった。
そんな穏やかな時間は、不意に壊された。コンコン、と扉が叩かれる。入ってきた執事の顔は青ざめていた。
「旦那様」
「どうした」
「王宮より使者が」
空気が一瞬で変わる。
侯爵の表情が険しくなった。
「……通せ」
数秒後、部屋へ入ってきたのは、王宮直属騎士だった。その手には王家紋章付きの封書。
重苦しい沈黙が落ちる。
「アルヴェイン侯爵へ」
騎士は淡々と告げた。
「王命により、リシェル・アルヴェイン嬢の王宮召喚を命じる」
リシェルの顔から血の気が引く。侯爵夫人が息を呑んだ。
「召喚理由は」
侯爵が低く問う。
「魔力適性調査、および保護」
保護。その言葉にクラウスの目が冷える。
「期限は三日後」
騎士は続ける。
「拒否すれば侯爵家にもそれ相応の処罰を与えるとのことです。では」
室内が静まり返った。
◇
騎士が去った後もリシェルは指先を震わせていた。
「……やっぱり、来たか………」
侯爵が苦々しく呟く。
クラウスは封書を確認しながら眉を寄せた。
「形式上は合法です」
「つまり逆らえないの?」
侯爵夫人の声が震える。
「完全には」
クラウスは静かに続けた。
「ですが、かなり強引です。通常なら事前協議があるはずです。」
つまり、王家側は急いでいる。それほどリシェルを確保したいのだ。
「……私、行きます」
不意にリシェルが言った。全員が彼女を見る。
「お姉様!?」
「私のせいで皆が危険になるくらいなら……」
「駄目だ」
即座にクラウスが遮った。鋭い声だった。リシェルがびくっと肩を震わせる。だがクラウスは構わず続ける。
「君一人で行かせるわけないだろ」
「でも……」
「王宮へ渡したら最後だ」
低い声。
「二度と戻れない可能性が高い」
リシェルの顔が青ざめる。
ーー分かっていた。
でも。
それでも家族を巻き込みたくなかった。
「リシェル」
クラウスは彼女の前へ膝をついた。
「一人で抱え込むな」
「……っ」
「君はもう、一人じゃない」
その言葉が胸へ刺さり泣きそうになる。クラウスは彼女の手を包み込む。
「俺が一緒に行く」
「え……?」
「護衛として同行する」
侯爵が目を見開いた。
「可能なのか」
「副団長権限を使えば」
クラウスの目は真剣だった。
「少なくとも、好き勝手はさせない」
リシェルは彼を見つめる。本当に、どこまでこの人は私を守ってくれるのだろう…。
その時。
グレイが静かに口を開いた。
「……一つ、気になることがあります」
「何だ」
「王家側の動きが早すぎる。まるで、何かを知っているようで…」
クラウスも同じ違和感を覚えていた。ただ魔喰いを危険視しているだけではなくもっと別の目的があるのか…?
「十八年前の件……」
侯爵が低く呟く。
リシェルが顔を上げた。
「十八年前……?」
室内が静まり返る。
侯爵夫妻は一瞬目を合わせて苦しそうに顔を伏せる。クラウスはその反応を見逃さなかった。まだ、何かある。リシェルの出生に関わる、重大な秘密がーー。




