26.君のそばに
「……かもしれないな」
クラウスの低い声が、静かな部屋へ落ちる。リシェルは完全に固まっていた。運命?魂結び?
そんな言葉、自分とは無縁だと思っていたがクラウスは冗談みたいに笑い飛ばさなかった。真っ直ぐ見つめたまま、否定もしない。
「っ……」
顔が一気に熱くなる。
心臓がうるさい。
セレナはというと、完全に興奮していた。
「きゃー!!やっぱり両想いじゃないですか!!」
「りょ、両想いっ!?」
リシェルが真っ赤になって立ち上がる。
「ち、違……!」
「違わないと思うぞ」
クラウスが首を傾げたままさらりと言った。
リシェルの思考が止まる。
「副団長」
侯爵が額を押さえる。
「少しは加減してくれ…娘が限界だ」
実際、リシェルは羞恥で今にも倒れそうだった。クラウスは少し不思議そうな顔をする。
「……そんなに恥ずかしいか?」
「恥ずかしいです!!」
侯爵夫人が思わず吹き出す。
「ふふ……、本当に可愛らしいわね」
リシェルはもう逃げ場がない。家族全員が温かい目で見てくる。こんな空間、経験がなかった。怖くない家族の時間。それが嬉しくて、でも照れくさくて、どうしていいか分からない。
◇
その夜。
リシェルは自室で一人、ベッドへ顔を埋めていた。
「……うー…無理……」
思い出すだけで顔が熱い。
『好きだから』
『運命かもしれない』
クラウスは何故あんな恥ずかしいことを平然と言えるのか。恥ずかしいが、思い返すたびに胸が温かくなる。嬉しかった。夢みたいに。
「……好き」
ぽつりと零れた言葉に、自分で驚く。認めてしまったらもう誤魔化せない。
自分は、クラウスが好きだ。優しくて、強くて。怖い時、いつも傍にいてくれる人。好きにならない方が無理だった。
◇
コンコン。
その時、扉が叩かれた。
「リシェル、起きてるか」
クラウスの声。
「っ!?」
リシェルは飛び起きた。
今一番心臓に悪い相手だ。
「は、はい!」
「少し話せるか」
「……!」
断れるはずもなく、リシェルは慌てて身だしなみを整え、扉を開けた。クラウスはいつもの黒いシャツ姿だった。自覚をしたとたん、急にいつもよりかっこよく見える。無理…!!
赤くなる頬を押さえ、どうにか心を落ち着かせながら尋ねる。
「ど、どうしたんですか……?」
「これ」
微笑みながら差し出されたのは、小さな箱だった。リシェルが目を瞬かせる。
「昼間見てただろ」
「……?」
開けると、中には銀色のガラス細工の小鳥。昼間、雑貨屋で見ていたものだった。
「これ…!」
リシェルの瞳が大きく開く。
「覚えててくれたんですか……」
「欲しそうだったから」
あまりにも自然な声。
リシェルは言葉を失う。
「で、でも高かったんじゃ……」
「大したことない」
「あります……!」
クラウスは少しだけ笑った。
「リシェルに喜んで欲しかっただけだ。気にせずもらってくれると嬉しい』
またそれだ。
どうしてこの人は、こんなにも真っ直ぐなのか。
「……嬉しいです」
小さな声だったが、本当に嬉しかった。贈り物はもちろんだが、自分の『欲しい』を覚えていてくれたことが。見ていてくれたことが。大切に、されているみたいで…
クラウスはそんな彼女を見つめる。頬を染めながら、小鳥を宝物みたいに抱えている。
ーー愛しい。その感情が、もう隠せないほど大きくなっていた。
「リシェル」
「はい」
「今日は怖い思いさせたな」
リシェルは首を振る。
「でも、クラウス様が来てくれました」
「当たり前だ」
「……はい」
彼の声を聞くだけで安心する。心が温かいもので満たされる。
クラウスは少しだけ迷った。
彼はそっとリシェルの髪へ触れる。
「っ……」
「もう少しだけ」
低い声。
「君の傍にいてもいいか?」
その言い方はずるい。嫌なわけがない。
「……はい」
小さく頷くと、クラウスは優しく目を細めた。静かな夜。二人の距離は、少しずつ確実に近づいていた。
◇
その頃。
王宮地下、魔術院特別研究区画。ルヴァインは報告書を読み終え、静かに笑っていた。
「副団長が直々に護衛、ですか」
興味深そうな声。机の上には、リシェルに関する膨大な資料。
「魂結びの兆候あり、か」
彼の目が妖しく細まる。
「……ますます欲しくなりましたね」
その声音には、ぞっとするような執着が滲んでいた。そして彼は、机の引き出しから一枚の古い羊皮紙を取り出す。そこに記されていたのはーー
『魔喰いの完全制御実験』
王家が隠蔽した、禁忌の研究記録だった。




