24.今度こそ絶対守る
「ここにいろ」
低い声だった。先ほどまでの甘い空気が一瞬で消える。クラウスは完全に騎士の顔になっていて、リシェルは不安げに彼を見上げる。
「クラウス様……?」
「少し確認してくる」
「っ、危険じゃ……」
「問題ない」
即答。だがその目は鋭い。明らかに警戒している。クラウスは路地奥へ視線を向けた。気配はまだ微かに残っている。魔力を隠しているが、完全ではない。素人じゃない。
「王宮側か……?」
嫌な予感がした。ルヴァインか、あるいはその背後かもしれない。既にリシェルへの監視が始まっている可能性が高い。クラウスは舌打ちした。…想定より早い。
「絶対にここを離れるな」
クラウスはリシェルへ念を押す。
「はい……」
リシェルは不安そうに頷いた。するとクラウスは一瞬だけ迷い、彼女の頬へ軽く触れる。
「すぐ戻る」
それだけ言って路地奥へ駆けた。
「っ……」
リシェルは胸を押さえる。
さっきの…
『好きだから』
あれは聞き間違いじゃない。本当に?でも、そんな都合のいいことがあるのだろうか。自分みたいなーーー
一方。クラウスは人気のない裏路地を駆けていた。気配を追う。だが相手もかなり慣れている。
「ちっ」
屋根の上。一瞬だけ黒ローブが見えた。クラウスは即座に跳躍するが、黒ローブの男は煙のように姿を消した。
「転移魔術……?」
あり得ない。個人携行型の短距離転移など高度すぎる。王宮魔術院クラスの技術だ。クラウスの顔が険しくなる。間違いない。相手は本格的に動いている。
「……逃したか」
クラウスは低く吐き捨てた。すると地面に何かが落ちているのが見えた。黒い紋章だった。拾い上げた瞬間、彼の目が細くなる。
「魔術院特務部隊」
ーー最悪だ。
王宮騎士団ではなくもっと厄介な連中。研究対象の確保を専門とする、王宮直属の特殊部隊。
「ルヴァイン……!」
クラウスは奥歯を噛み締めた。もう『監視』段階ではない。確保の準備に入っている。
◇
その頃。リシェルは路地で一人待っていた。不安で不安でたまらない。胸がざわざわする。
「ーー見つけた」
リシェルが振り返ると、知らない男が立っていた。黒い外套、無表情。胸元には銀の紋章。リシェルの身体が強張る。
「だ、誰……」
「対象確認」
男は感情のない声で呟く。
「特殊個体、魔力反応一致」
リシェルの顔が青ざめた。逃げなきゃ!本能が叫ぶ。だが恐怖で身体が動かない。
「確保する」
男が一歩踏み出した瞬間。
「触るな」
鋭い声が響いた次の瞬間、轟音がしてクラウスの剣撃が男を吹き飛ばす。
「クラウス様!」
リシェルの顔がぱっと明るくなる。クラウスは彼女を背に庇った。群青の瞳が氷のように冷えている。
「魔術院特務部隊が、何の権限で動いている」
男はゆっくり立ち上がった。
「王命だ」
「正式書類は?」
「…口頭命令だ」
「話にならん」
クラウスの殺気が膨れ上がる。周囲の空気が震えた。
「対象は危険因子、速やかな保護が必要だ」
「保護?」
クラウスが嗤った。
「鎖付きの檻に入れることを、随分綺麗に言うんだな」
「国家のためだ」
「知るかそんな事。関係ない」
男が魔力を展開するが、クラウスの剣圧が空気ごと叩き潰した。凄まじい威圧。男の顔色が変わる。
「……副団長」
「失せろ。次、こいつに近づいたら容赦しない」
完全な敵意だった。
男はしばらく沈黙し――やがて後退る。
「……報告する」
そう言い残し、姿を消した。しばし静寂が訪れる。リシェルはずっと震えていた。クラウスが振り返る。
「怪我は?」
「……だ、大丈夫です」
だが声が震えている。
クラウスはそっと彼女を抱き寄せた。
「怖かったな」
その一言で、リシェルの涙が溢れた。
「っ……」
「大丈夫だ」
クラウスは優しく背を撫でる。
「今度こそ、絶対守る」
リシェルは彼の胸へ顔を埋めた。恐怖が少しずつやわらいでいく。不思議とこの腕の中だけは安心出来る。
ーーもう後戻りは出来ない。王宮を敵に回してでも、この少女を守り抜く。




