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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第三章 少しずつ変わる日常

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22/50

22.はじめてのお出かけ


 数日後。

 リシェルは鏡の前で固まっていた。


「……本当に行くんですか?」


 不安そうな声。

 背後ではセレナが満面の笑みで頷いている。


「もちろんです!」

「ですが街なんて……」

「街なのが重要なのです!」


 セレナはびしっと指を立てた。


「お姉様には『普通の楽しいお出かけ』を経験していただきます!」


 その隣では侯爵夫人まで頷いている。


「ええ。せっかくですもの」

「わ、私にはまだ早い気が……」

「大丈夫だ」


 低い声が割って入る。振り返ると、クラウスが部屋の入口に立っていた。今日の彼は騎士服ではなく、落ち着いた黒の外套姿。それだけなのに妙に格好良くて、リシェルはどきりとする。


「俺がついてる」


 さらりと言われる。最近、本当に心臓に悪い。



 結局、リシェルはクラウスと共に王都へ出掛けることになった。馬車の中。リシェルは落ち着かない様子で窓の外を見ている。


「緊張してるな」


 向かい側のクラウスが言った。


「……はい」

「無理そうならすぐ戻る」

「いえ」


 リシェルは小さく首を振る。


「…本当は、行ってみたいんです」


 本当はずっと憧れていた。街を歩いてみたい、普通の令嬢みたいに買い物してみたい。でも叶わないと思っていた。なぜなら、私はーー。



     ◇



 王都中心街。

 馬車を降りた瞬間、リシェルは目を丸くした。



「……すごい」


 人、人、人。

 賑やかな声、甘い焼き菓子の香り、色鮮やかな店先。世界がこんなにも鮮やかだったなんて知らなかった。


「歩けそうか?」


 クラウスが気遣うように尋ねる。


「……はい」


 リシェルは恐る恐る頷いた。

 

 クラウスは自然に彼女の隣へ並ぶ。人混みから庇うように。その距離感が妙に安心した。

     

「これ、可愛い……」


 リシェルが立ち止まったのは雑貨屋だった。ガラス細工の小鳥。陽光を受けてきらきら輝いている。



「気になるのか?」

「え、あ……」


 リシェルは慌てて手を引っ込める。


「すみません、見ていただけで……」

「欲しいなら買えばいい」

「そういうわけには…」


 クラウスは少し不思議そうな顔をする。


「欲しい物を買うのは普通だろう」

「…私には、贅沢です」


 その言葉にクラウスの表情が曇る。…まただ。彼女はすぐ「自分には相応しくない」と思ってしまう。



「リシェル」


 低い声。


「君はもっと我儘になっていい」


 リシェルは目を瞬かせる。


「でも……」

「欲しい物を欲しいって言っていい」


 クラウスは小鳥のガラス細工を手に取った。


「これ、可愛いな」

「っ……」


 銀色に透ける小鳥。

 確かにリシェルの髪色に少し似ていた。


「よし、買おう」

「え!? だ、駄目です!」

「何故だ」

「高そうです!」

「ふ、問題ない」

「あります!」



 2人には見えないところから、店主が微笑ましそうに笑っている。…完全に恋人のやり取りだった。


     ◇


 その後も。


 リシェルは見るもの全てに目を輝かせていた。


「わぁ…」

「綺麗……」

「こんなお店が……」


 クラウスはそんな彼女を見ているだけで満たされる。こんな風に無邪気な顔をするのだと知れて嬉しかった。

 


途中、屋台の前でリシェルが足を止める。


「……いい匂い」

「食べるか?」

「えっ」

「クレープらしい」


 甘い果物と生クリームが包まれた王都名物。リシェルは興味津々だったが、すぐ遠慮しようとする。


「でも、外で食べるなんて……」

「普通だ」



 クラウスは即座に二つ購入した。


「はい」


 渡されたクレープを、リシェルは恐る恐る受け取る。


 一口。


「……っ!」


 目が大きく開かれた。


「おいしい……!」


 その顔があまりにも幸せそうで、クラウスは思わず笑う。


「そんなにか」

「はい……!」


 リシェルは夢中で食べている。口元にクリームがついていることにも気づかずに。クラウスは少しだけ目を細め、自然に指で拭った。



「っ!?」


 リシェルの動きが止まる。


「ついてた」


 クラウスは平然としていた。だがリシェルは真っ赤になる。…まただ。近い。甘い匂いに優しい声。心臓がうるさい。



 その時だった。


 周囲の女性達がざわつき始める。


「え、あれ副団長様じゃ……?」「本当だ」「隣の令嬢誰!?」



 リシェルの身体がびくっと強張った。


 ーー視線。知らない人達の視線。恐怖が蘇り、手が震えてくる。するとクラウスがすぐ彼女の手を握った。



「大丈夫」


 低く穏やかな声。温かい手。それだけで、不思議と息が出来た。






 ーー遠くの路地裏から、じっとこちらを見つめる黒ローブの男がいたことに二人はまだ気づいていなかった。


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