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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第一章 北棟の令嬢

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2.薬草園の来訪者

 翌日、リシェルはいつものように薬草園へ向かっていた。

 

 ーー昨夜はなかなか眠れなかった。


 クラウス・ディアネル。

 王国騎士団副団長ともあろう人物が、自分のような人間に普通に接してきた、それが信じられなかったのだ。


「……きっと、気まぐれです」


 そう呟きながら薬草籠を抱える。昨日の優しさを思い出しそうになって、慌てて首を振った。

 期待してはいけない。傷つくのはいつも自分なのだから。




 だが。


「やっぱりここにいたな」


 背後から聞こえた声に、彼女は思わず肩を跳ねさせた。振り返ると、そこには昨日と同じ銀髪の青年が立っていた。


「ク、クラウス様…!?」

「そんなに驚くか?」

「い、いえ……あの……」


 まさかこんなにすぐ会うとは思っていなかったリシェルは困惑する。クラウスはそんな彼女を見て、小さく笑った。


「薬草園に行くんだろう?」

「はい……」

「俺も行っていいか」

「え?」

「駄目か?」

「そ、そんなことは……!」


 断れるはずがない。というより、断り方が分からない。リシェルは戸惑いながら頷いた。


「…では、ご自由に」

「許可をもらえた」


 何故か嬉しそうに言うクラウスに、リシェルはますます混乱する。


     ◇


 薬草園には柔らかな風が吹いていた。

 リシェルはしゃがみ込み、葉を確認しながら丁寧に薬草を摘み取っていく。

 クラウスはその様子を眺めていた。


「随分慣れているんだな」

「毎日していますから」

「使用人任せにはしないのか」

「…皆さん、あまり北棟には来たがりませんので」


 リシェルは苦笑した。

 クラウスの眉がぴくりと動く。


「それはーー」

「気にしていません」


 慣れていますから。そう続けようとして、やめた。昨日も同じようなことを言った気がする。


 クラウスはしばらく黙っていたが、やがて足元の薬草を指差した。


「これは?」

「フィリア草です。解熱薬に使います」

「へえ」

「こちらは傷薬ですね。この白い花は鎮静効果があります」


 説明し始めると、リシェルの声は少しだけ滑らかになった。好きなことを話している時は、自然に言葉が出る。

 クラウスは興味深そうに聞いていた。


「詳しいんだな」

「本で読みました」

「本だけでここまで?」

「実際に育てるのが好きなんです」


 リシェルは少し照れたように視線を落とす。


「植物は、ちゃんと応えてくれますから」


 水をやれば育つ。世話をすれば花を咲かせる。…人間みたいに、突然拒絶したりしない。


 その言葉に込められた寂しさを感じ取り、クラウスは胸が痛くなった。


「…人は応えてくれなかったのか」


 思わず漏れた言葉に、リシェルの手が止まる。

 一瞬の沈黙。

 だが彼女はすぐに微笑んだ。


「私が悪いので」

「…またそれか」


 クラウスが低く言う。全てを諦めたような言い方にクラウスは苛立ちにも似た感情を覚えた。


 リシェルは不思議そうに首を傾げる。


「………私が悪いので」


 その返答に、クラウスは言葉を失った。


     ◇


 昼過ぎ。

 騎士団の使者が慌てた様子で駆け込んできた。


「副団長!!」

「どうした」

「討伐部隊に負傷者が!」


 クラウスの表情が変わる。


「怪我の程度は」

「魔獣の毒爪を受けています!」


 毒爪ーー。

 放置すれば命に関わるはずだ。使者の説明を聞きながらクラウスが急いで立ち上がったその時。


「…白毒蜘蛛ですか?」


 リシェルが小さく口を開いた。騎士が驚く。


「そ、そうですが……何故分かったのです?」

「毒の進行が早いと仰ったので」


 リシェルは少し考え込み、薬草棚へ向かった。


「でしたら、フィリア草と銀露花を混ぜれば進行を抑えられます」

「そんなものが効くのか?」

「はい。ですが配合を間違えると逆に毒が回りますので……」


 そう言いながら、彼女は迷いなく薬草を調合し始めた。手際が良い。

 クラウスも使者も呆然と見守るしかなかったが、やがて完成した薬瓶を差し出される。


「早く飲ませてください」

「…分かった」


 クラウスは瓶を受け取りながら、彼女を見つめた。


「君、本当に何者なんだ?」


 リシェルは眉を下げて困ったように笑う。


「ただ、本を読むのが好きなだけです」


 リシェルはそう言って笑った。けれどその笑顔は、どこか寂しそうだった。クラウスは気づかないうちに手を伸ばしかけて、はっとする。何をしている…?

 まだ出会って二日だ、それなのにーー。


 急いでいかなければ。そう思いながらも彼女を一人にしておくのが、どうしても気になった。

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