19.氷の副団長、ついに恋に落ちる
王都、王国騎士団本部。
「最近、副団長が毎日侯爵家に通ってるって本当ですか?」
書類をめくっていた青年騎士が、にやりと笑って言った。その言葉に、執務机へ向かっていたクラウスの手が止まる。思いっきりにらみつける。
「…誰から聞いた」
「団内で噂になってますよ」
にやにやしているのは第一騎士団隊長、レオルド。クラウスとは長い付き合いの悪友だった。
「『氷の副団長、ついに恋に落ちる』って」
「殺すぞ」
「図星か⁈」
クラウスは即答だった。周囲の騎士達が吹き出す。普段のクラウスなら、こういう話題は一蹴するはずだが今日は違った。否定しない。それどころか…
「……まあ、否定はしない」
一瞬、執務室が静まり返った。
「………はっ⁈」
「副団長が認めた⁈
「明日槍でも降るのか……?」
騎士達がざわつく。
クラウスは鬱陶しそうに眉を寄せた。
「騒ぐな」
「いや騒ぎますって!」
レオルドが机を叩く。
「お前、女に興味ない説まで流れてたんだぞ⁈」
「失礼だな」
「だって夜会でも誰も寄せ付けなかったじゃねぇか!」
実際その通りで、クラウスは容姿も地位も優れている。当然、令嬢達からの人気は凄まじいが本人が完全に無関心だった。結果、『鉄壁の男』として有名になっていたのである。
「で?」
レオルドが身を乗り出す。
「どんな令嬢なんだ?」
クラウスは少しだけ視線を落とした。脳裏に浮かぶのは、紫水晶の瞳。嫌な目にあっても誰を恨む事もなく、皆を傷つけてしまう、といつも怯える優しい少女。笑うと、花が咲いたみたいに綺麗で…放っておけなくて。気づけば目で追っていた。思い出すだけでいつの間にか表情が緩む。
「……優しい奴だ」
表情を緩めたままぽつりと零す。
騎士達がさらにざわついた。
「うわ」
「本気だこれ」
「副団長がそんな顔するの初めて見た……」
我にかえったクラウスが不機嫌そうに睨む。
「仕事しろ」
「いや無理無理!恋バナの方が重要だろ!!」
「黙れ」
冷めた表情で思いっきり睨むがレオルドはどこ吹く風だ。完全に楽しんでいて、それを隠そうともしない。
「で? もう口説いたのか?」
にやにやしながらさらに追求する。
「…………」
「お、その沈黙はすでに口説いてるな?」
クラウスは少し考え込む。…自覚はないが、周囲から見るとかなり分かりやすいらしい。
「……普通に接してるだけだ」
「ははっ!絶対嘘だなこれ」
全員一致だった。
◇
その頃。
北棟では、リシェルとセレナはこんな会話をしていた。
「…セレナは、前からクラウス様のことを知っていましたか?」
「有名ですからね。知らない人はいないんじゃないですか?」
「……クラウス様って、いつもあんな感じなんですか?」
「ん?」
「その、自然に……恥ずかしいことを言うというか……」
わずかに赤い頬のリシェルに、セレナが吹き出す。
「あー、確かにちょっと特別かも」
「特別?」
「騎士団ではめちゃくちゃ怖い人ですよ?」
リシェルが目を丸くする。
「え……?」
「副団長って『氷の騎士』とか『鉄壁の男』って呼ばれてますし」
「……あのクラウス様が?」
氷…?
全く想像出来ない。リシェルが知っているクラウスはいつも優しく穏やかで、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてくる。あまりにも直球で困ることも多いが、それはどう反応していいか分からないだけだ。いつも救ってくれて、リシェルの心ごと包み込んでくれるような、あたたかい存在。
セレナはにやにやしながら言う。
「お姉様限定なんじゃないですか?」
「っ……!」
リシェルの顔が真っ赤になる。
「ち、違います……!」
「違わないと思う」
「違います!」
確かにクラウスはいつも甘い。それが、もし自分限定だとしたら…。
クラウスの優しい眼差しを思い出しながらそれを意識すると、胸が苦しくなった。嬉しいはずなのに、妙に落ち着かない。
この感情は何だろうーーー。
◇
夕方。
クラウスが北棟へ戻ると、リシェルが薬草園にいた。白いワンピース姿で花に水をやっている。
夕陽に照らされる横顔が、息を呑むほど綺麗で、クラウスは思わず立ち止まる。
「……」
胸が妙に熱い。会いたかった、と思った。たった半日離れていただけなのに。
リシェルが彼に気づく。
「あ……お帰りなさい」
嬉しそうに微笑まれた瞬間、心臓が跳ねた。
そんな自分に驚く。重症だ…完全に。
「ただいま」
自然と口元が緩む。
リシェルは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……クラウス様、なんだか嬉しそうですね」
「そうか?」
「はい、何かいい事があったのですか?」
自分では気づいていないらしい。
リシェルは小さく笑った。その笑顔を見た瞬間、クラウスははっきり自覚する。
ーーああ、駄目だ。自分はもう…完全に惚れている。そして、その事実からは逃れられそうになかった。




