16.むしろ望むところだ
「む、無理です!!」
リシェルの悲鳴のような声が部屋へ響いた。
グレイは眼鏡を押し上げながら淡々と言う。
「…ですが現状、最も安全なのは副団長が傍にいることです。万が一のことを考えても、あらよる意味でそれが最善の選択肢だと思われます。」
「いや、そ、それは分かりますけど……!でも…!」
リシェルの顔は耳まで真っ赤だった。同じ棟で生活?毎日顔を合わせる?無理だ、心臓が持たない!クラウスはそんな彼女を見て、少しだけ口元を緩める。
「そんなに嫌か?」
「い、嫌とかではなく……!」
「なら問題ないな」
「あります!」
クラウスが小さく笑う。その余裕そうな顔がさらに恥ずかしい。絶対わざとだ。なんなら楽しんでさえいる。
グレイは咳払いした。
「副団長の魔力は、リシェル様と非常に相性が良いようです」
クラウスが眉を寄せる。
「相性?」
「ええ」
グレイは真面目な顔で続けた。
「普通、魔喰いは周囲の魔力を無差別に吸収します。しかし副団長の魔力だけは違う」
「……どう違うんだ」
「落ち着くのです」
静かな言葉だった。
「リシェル様の暴走が止まったのも、それが理由でしょう」
リシェルは驚いてクラウスを見る。確かに、彼に触れられると、不思議と安心した。熱が冷めるように魔力が落ち着く。
「非常に珍しい現象です」
グレイは少し考え込むように言った。
「もしかすると、副団長の魔力特性が関係しているのかもしれません」
「俺の?」
「ええ。副団長は高純度の制御型魔力を持っていますから」
クラウスは難しい顔をする。
……正直、魔術理論は専門外だ。
「つまり?」
「簡単に言えば。副団長はリシェル様の“安定剤”になっている可能性があります」
リシェルが固まった。安定剤。そんな風に誰かと共存出来るなんて、考えたこともなかった。
「ですので」
グレイはさらりと言う。
「出来るだけ傍にいてください」
「待ってください!」
リシェルが慌てて立ち上がる。
「そ、それはクラウス様にご迷惑です!」
「別に迷惑じゃない」
クラウスが即答する。
「え」
「むしろ望むところだ」
リシェルの思考が止まる。
グレイは吹き出しそうになるのをなんとか咳払いで誤魔化した。望むところ…完全に口説いている…。だが当人達だけ気づいていない。
笑をこらえて深呼吸をして言う。
「とにかく、これは旦那様の正式決定です」
グレイは淡々と締めくくる。
「副団長のお部屋は北棟西側に用意します」
「用意が早いな……」
「皆かなり切羽詰まっていますので」
王宮が動き始めた今、悠長なことは言っていられない。リシェルを一人にする危険性が高すぎる。
◇
グレイが退室した後。室内には微妙な沈黙が落ちた。リシェルは俯いたまま。クラウスはそんな彼女を見ていた。
「……そんなに緊張しなくても」
「しますよ……」
小さな声。
「だって、クラウス様ですよ……」
「俺がどうした」
「その、えっと……」
上手く言葉に出来ない。格好いいとか、優しいとか、一緒にいるだけで落ち着かないとか…そんなこと言えるはずもない。
クラウスは少しだけ首を傾げる。
「俺は君といると安心するが」
さらりと言われ、リシェルが真っ赤になる。
「なっ……」
「だから傍にいたい」
「そ、そういうことを簡単に言わないでください……!」
「本音だ」
さらっと言う。リシェルはもう限界だった。羞恥で頭が爆発しそうだ。クラウスはそんな彼女を見て、ようやく自分がかなり際どい発言をしていることに気づき始める。
…まぁいいか。今さら引っ込める気もない。それに、こんなリシェルが見れるならーー、
その夜。
クラウスは北棟西側の客室へ荷物を運び込んでいた。窓の外には静かな庭園が広がる。ふと視線を向けると。向かいの窓からリシェルがこちらを見ていた。
「……」
「……」
一瞬目が合う。
リシェルはびくっとして慌ててカーテンを閉めた。クラウスは思わず吹き出す。
「……可愛いな」
自覚した瞬間、胸の奥が妙に熱くなった。もう認めるしかない。自分は完全に、リシェルに惹かれている。




