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北棟に隔離されていた令嬢、騎士団副団長との出会いで運命が動き出す~隠された秘密と家族の真実~  作者: 冬野 灯
第二章 閉ざされた真実

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15.遠慮する段階ではない

王宮騎士団が去った後も、屋敷には重苦しい空気が残っていた。リシェルは北棟の自室で毛布を抱き締めるように座っている。セレナが隣にぴったり寄り添っていた。



「お姉様、お茶飲む?」

「……ありがとう」


 差し出されたカップを受け取る手はまだ少し震えている。先ほどの出来事が頭から離れなかっ

た。



 ーー管理対象

 ーー研究

 ーー危険因子



 あの男の目は、人を見る目ではなかった。まるで珍しい生き物を見るようで怖かった。

     

「……やっぱり」


 ぽつりとリシェルが呟く。


「私、ここにいちゃいけないのかもしれません」

「駄目!」


 即座にセレナが叫ぶ。



「そんなこと言わないで!」

「でも……」

「でもじゃない!」


 セレナは半泣きだった。


「お姉様がいなくなったら嫌!」


 リシェルが目を伏せる。その言葉は嬉しかった。でも同時に苦しい。もし自分のせいで家族が罪に問われたら。もしクラウスまで巻き込まれたら。



「私さえいなければ、

「それ以上言うな」



 低い声が遮った。扉の前に立っていたのはクラウスだった。彼は真っ直ぐリシェルを見る。


「また自分を犠牲にする気か」


 リシェルは言葉を詰まらせる。クラウスは部屋へ入り、彼女の前に膝をついた。


「君が消えれば全部解決すると思ってるなら、それは間違いだ」

「でも皆が危険に……」

「君がいなくなる方が、皆苦しむ」


 リシェルの瞳が揺れる。


「そんなこと……」

「ある」


 クラウスは迷いなく言い切った。


「侯爵も、夫人も、セレナも」


 そして。


「…俺も」



 静かな声だった。

 だがその一言は、リシェルの胸を強く打った。

     

 


セレナは空気を読んで、そっと立ち上がる。


「わ、私はお茶のおかわり持ってきますね!」


 逃げるように退室した。部屋に二人きりになる。リシェルはますます落ち着かない。クラウスはそんな彼女を見つめながら、静かに息を吐いた。



「……怖かったな」


 優しい声だった。

 その瞬間。

 張り詰めていたものが少し緩む。


「……はい」


 小さな返事。


「すごく、怖かったです」


 リシェルは俯いた。


「皆が私を見る目が変わる気がして」

「変わらない」

「でも私は普通じゃ……」

「普通かどうかに意味はあるのか?」


 リシェルが顔をかしげながら上げる。

 クラウスは真っ直ぐだった。


「君は君だ。魔喰いだろうが何だろうが関係ない。俺が見てきたのは薬草を嬉しそうに育てる君で、妹を大切に想う君で、誰かを傷つけるたび、自分を責めて泣く君だ」


 クラウスはそっと彼女の頬へ触れる。


「そんな君を、俺は大事に思ってる」


 リシェルの呼吸が止まった。頬が熱い。胸が苦しい。でも嫌じゃない。


 むしろーー



「……どうして」


 震える声。


「どうして、そんなに優しいんですか」


 クラウスは少し困ったように笑った。


「優しくしたいからだ」

「理由になってません……」

「じゃあ言い方を変える」


 クラウスは一瞬だけ目を細める。


「君だからだ」


 その言葉に。

 リシェルの顔が一気に赤くなった。


「っ……!」


 思考が止まる。

 クラウスはそんな彼女を見て、ふっと笑った。


「ようやく少し元気そうな顔をしたな」

「か、からかわないでください……!」

「本気だ」


 即答だった。リシェルは完全に黙り込む。心臓がうるさい。こんな風に大切に扱われたことがない。だからどうしていいか分からない。

     




 その時。

 コンコン、と扉が叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのは侯爵家専属医師のグレイだった。彼はリシェルを見るなり安堵したように息を吐く。


「落ち着かれたようで何よりです」

「グレイ先生……」


 グレイは幼い頃からリシェルを診てきた医師だった。数少ない、彼女が比較的心を許している相手でもある。


「旦那様から伝言です」


 グレイの表情が少し硬くなる。


「今後、王宮側が本格的に動く可能性があります」


 室内の空気が再び張り詰めた。


「そのため――」


 グレイはクラウスを見る。


「リシェル様の護衛として、副団長が正式に北棟へ滞在されることになりました」


 リシェルが目を丸くする。


「……え?」


 クラウスも一瞬固まった。


「待て、聞いてないぞ」

「先ほど決定しました」


 グレイは真顔で続ける。


「旦那様曰く、“もう遠慮する段階ではない”とのことです」


 クラウスは額を押さえた。

 つまり。


「……同居?」

「そうなりますね」


 リシェルの顔が真っ赤になる。

 次の瞬間。


「む、無理です!!」


 北棟に彼の生活空間が増える未来を想像してしまい、完全に混乱した。

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