14.大切なひと
「“魔喰い”など特にね」
ルヴァインの言葉が、頭の中で響く。何も考えられない。
「……証拠もなく随分好き勝手言うな」
クラウスが言うとルヴァインは薄く笑った。
「証拠があるから来たのですよ」
その瞳は獲物を見つけた研究者そのものだった。クラウスはさらに一歩前へ出る。
「言葉には気をつけろ」
低い声。
空気が張り詰める。ルヴァインは肩を竦めた。
「おや、怖いですね…ですが事実でしょう?」
彼はわざとらしく侯爵家を見回した。
「北棟への異常な隔離に強力な結界、表に出ない令嬢、そして…今夜観測された規格外の魔力波動」
完全に疑っている。…いや、確信している。
リシェルは身体を震わせていた。頭の中に、幼い頃から聞かされてきた言葉が蘇る。
ーー知られてはいけない。
ーー見つかれば終わり。
ーー王宮へ連れて行かれる。
怖い。
怖い。
怖い…!
その瞬間。
ぴしっ、と空気が軋んだ。クラウスが即座に振り返る。リシェルの周囲に銀光が滲み始めていた。
ーーまずい、恐怖で魔力が反応している。
「リシェル」
クラウスが静かに呼ぶ。
「俺を見ろ」
だが彼女は震えながら俯いている。
「ごめんなさい……」
またそれだ。
クラウスは奥歯を噛み締めた。
どうしてこの子は、自分を責めることしか出来ない。
「謝るな」
「でも……!」
「君は悪くない」
クラウスは彼女の前に膝をついた。その異様な光景に周囲が息を呑む。王宮騎士達まで固まっていた。王国騎士団最強と言われるあの副団長が、一人の令嬢を跪いて守ろうとしている。誰が想像するだろうか。
クラウスはリシェルの手を包み込む。
「大丈夫だ」
低く穏やかな声。
「俺がいる」
すると、荒れ始めていた魔力が少し静まる。ルヴァインの目が細くなった。
「……興味深い」
研究対象を見る目だった。
クラウスの表情が一気に冷える。立ち上がり、睨むようにして見下ろす。
「副団長」
ルヴァインが静かに笑う。
「随分と肩入れしているようですね。王国騎士団副団長ともあろうお方が」
「問題あるか」
「その令嬢が本当に魔喰いなら、国家管理対象ですよ?あなたほどのお方ならそれくらいご存知のはずで…」
「違う」
クラウスは遮って言った。
「リシェルは人間だ」
一瞬、ルヴァインの笑みが消えた。侯爵夫妻も目を見開く。リシェル自身が呆然としていた。
人間…。
ーーそんな当たり前の言葉を、まるで初めて言われた気がした。
ルヴァインはすぐに笑みを戻す。
「感情論ですね」
「貴様こそ研究材料としか見ていないだろう」
空気が凍る。図星だった。ルヴァインの目が冷たく光る。
「危険因子は管理されるべきです、違いますか?」
「は、管理…?解剖や拘束の間違いだろう」
クラウスが嗤った。王宮騎士達がざわつく。侯爵夫妻の顔が青ざめた。
「国の安全のために必要なことをしているだけです」
ルヴァインだけは顔色も変えずにさも当然もいうように淡々と答える。
クラウスの瞳に殺気が宿った。
「…ふざけるな。もう一度言ってみろ」
空気が重く沈む。騎士達が思わず後退った。副団長の本気の威圧。普通の人間なら立っているだけで息が詰まる。
だがルヴァインも引かない。
「… 私は国の安全のために動いています。先程から、あなたが仰っていることはただの感情論ではないですか」
「当然だ」
クラウスは静かに言った。
「大切なひとを物扱いされて、冷静でいられるほど出来た人間じゃない」
その言葉に、リシェルの瞳が大きく揺れた。
ーー大切なひと。
今、彼はそう言った。
…私を?
侯爵はそのやり取りを見ながら、ゆっくり目を閉じた。理解してしまった。クラウスは本気なのだ…。ただの同情ではなく、本気で娘を守ろうとしている。十八年間、自分達が恐怖に負けて出来なかったことを、この男は迷わずやっている。侯爵は小さく息を吐いた。
「……ルヴァイン卿」
低い声。
「我が娘は渡さん」
ルヴァインの目が細くなる。
「国家命令に逆らうと?」
「正式命令書を持って来い。話はそれからだ」
侯爵の威圧に、周囲の空気が張る。アルヴェイン侯爵家もまた、王国有数の大貴族。簡単に潰せる相手ではない。
ルヴァインはしばらく沈黙しーーやがて口を歪めて笑う。だが目は全く笑っていない。
「……今日は引きましょう。ですが、時間の問題ですよ。ただの時間稼ぎにしかならないと思いますがね」
意味深な言葉を残し、彼は踵を返す。王宮騎士団も撤退を始めた。
時間稼ぎ。確かにその通りだ。
ーー王宮は、もうリシェルを見つけてしまった。残された時間は、多くないだろう。
クラウスは、拳を握りしめた。




