13.やっと会えたのに
アルヴェイン侯爵家は、深夜にもかかわらず騒然としていた。本館には次々と使用人や護衛が集まり、緊迫した空気が漂う。
北棟では、リシェルが不安そうに両手を握り締めていた。
打開策もなく、永遠にも感じられる長い沈黙。破ったのはリシェルだった。
「…………私、行きます」
ぽつりと零した言葉。
侯爵夫人が顔を上げる。
「何を言っているの…?」
「私が王宮へ行けば、皆に迷惑を掛けずに済みます」
「駄目よ!」
即座に否定したのはセレナだった。
彼女は姉の腕へしがみつく。
「絶対駄目!」
「でも……」
「でもじゃない!」
セレナは泣きそうな顔で叫ぶ。
「やっと会えたのに!」
リシェルが息を呑む。その言葉が胸へ刺さった。そうだ、やっと会えた。たった今、やっと、家族と向き合えたばかりなのに。でもーー、
侯爵は重苦しい顔で窓の外を見ていた。遠くに松明の光が見える。王宮騎士団だ。思ったより早い。
「……来たか」
低い声。
侯爵夫人の顔が青ざめる。
「そんな……」
クラウスは静かに前へ出た。
「俺が対応します」
侯爵が振り返る。
「相手は王宮だぞ」
「だからです」
クラウスの群青の瞳は真っ直ぐだった。
「俺は王国騎士団副団長です。少なくとも時間は稼げる」
侯爵はしばらく彼を見つめていた。
やがて深く息を吐く。
「……頼む」
屋敷正門。王宮騎士団十数名と、魔術院のローブ姿が並んでいた。中央に立つ男が冷たい目を細める。王宮魔術院所属ルヴァイン、特殊魔力研究の第一人者。その名を聞くだけで貴族達が顔を曇らせる人物だった。
「夜分に失礼します、侯爵閣下」
丁寧な口調。
だが瞳は笑っていない。
「先ほど非常に強力な異常魔力を観測しました」
侯爵は表情を崩さない。
「こちらでも確認中だ」
「ほう?」
ルヴァインは口元だけ笑った。
「では北棟を調査させていただけますね?」
空気が張り詰める。
「断る」
侯爵が即答した。
魔術師達の目が鋭くなる。
「何故です?」
「家族の私室だ」
「ですが国家安全保障案件の可能性があります」
冷たい圧力。侯爵は奥歯を噛み締めた。そこへ低い声が割って入る。
「夜中に随分騒がしいな」
クラウスだった。王宮騎士団の顔が強張る。この国の騎士で、彼を知らないものはいない。ルヴァインだけは目を細めた。
「……クラウス・ヴァルツェン卿」
「久しぶりだな」
クラウスは侯爵の前へ立つ。
「アルヴェイン家へ何の用だ」
「異常魔力調査です」
「証拠は?」
「観測記録があります」
「それだけで侯爵家へ踏み込むつもりか?」
鋭い声だった。王宮騎士達が僅かに動揺する。クラウスは王国でも屈指の実力者だ。正面から逆らえる相手ではない。
ルヴァインは不快そうに眉を寄せた。
「副団長こそ、何故アルヴェイン家を庇うのです?」
「友人だからだ」
さらりと言い切る。
侯爵が少し驚いた顔をした。
「それに」
クラウスは一歩前へ出る。
「根拠もなしに貴族の私邸を荒らす趣味はない」
ルヴァインの表情が冷えた。
「……なるほど」
彼は意味深に笑う。
「ではお聞きしますが、北棟には誰がいるのです?」
侯爵夫妻の表情が強張る。
クラウスだけは変わらない。
「病弱な令嬢だ」
「名前は?」
「リシェル・アルヴェイン」
その瞬間。
ルヴァインの瞳が細くなった。
「表に出ない幻の長女、ですか」
知っているーー以前から疑われていたのだ。クラウスは直感する。こいつは最初からリシェルを狙っている。
「一応忠告しておきます」
ルヴァインが静かに言った。
「もし危険存在を隠匿しているなら国家反逆罪ですよ」
侯爵夫人が息を呑む。セレナはリシェルの手を強く握った。リシェルは青ざめている。クラウスは一歩も引かなかった。
「脅しか?」
「事実です」
ルヴァインは笑みを浮かべる。
「“魔喰い”など特にね」
その瞬間、場の空気が凍り付いた。侯爵の拳が震え侯爵夫人の顔から血の気が消える。リシェルの瞳が大きく揺れた。知られている。
ーーついに、長年隠し続けた秘密が、王宮へ。




