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91話 焚き火に照らされて

 フィルに促されてファスティアは入口に立った。外を警戒して見張りに立つロンダルとは反対側で彼は立ち尽くす。その後ろ姿をランシャルは見ていた。


「掌に乗るほどの物しか出したことがないのに、こんな大きな穴を塞げだなんて」


 呆れた声で自信のなさを隠してファスティアが愚痴をこぼした。


「ファスティア様、口じゃなく手を動かしてください。みんな期待してますよ」


 フィルがからかい半分に持ち上げる。


「ああ、わかったわかった。何事もやってみなくてはわからないからな」


 ふうと息を吐いて手をかざす。かざしたファスティアの手から石がごろごろと転がり落ちて彼は手を止めた。


「意識を掌から離せばいいか?」


 独り言を呟いて一歩前へ出る。そして、再び手を入口へと向けた。


「ぅわあ・・・・・・」


 見ていたランシャルの口から思わず声が漏れた。

 地面から岩がむくむくと盛り上がっていく。それはまるで焼かれたパソが膨れ上がるよう。


「凄い」


 見惚れたランシャルは思わず立ち上がって見つめていた。

 鈍く黒い石が折り重なり壁らしく高く積もれていく。見ただけでわかるしっかりとした造りの壁だった。


「ん?」


 ランシャルは小さく首を傾げた。もう少しで洞窟の天井に届くという所で石が透明な物へと変わったからだ。


「明かり取りか、考えたな」


 フィルの声かけにランシャルはなるほどと頷き、ファスティアは笑顔を見せた。


「空気穴だけじゃ心が塞がる気がするし、こうしたら朝を感じられて気持ち良く目覚められるだろ」


 焚き火を写して黒光りする壁の上。天井付近を右の端から左の端まで透明な石がきらきらと壁を作っていた。


「きれいだなぁ」

「綺麗ですね」


 見上げて感嘆の声を漏らしたランシャルの側で、鍋をかき混ぜながらルゥイもそう言った。


「本当は透かし彫りみたいにしたかったけれど、そこまでのセンスはなくて」

「いや、さすが王族の方。私なら全部鉄で塞ぐところだ。鉄とダイアってところがいい。どちらも重宝されるからな」


 2人の会話を聞いていたゴルザがティトルへぼそりと言った。


「なんだ? あの歯が浮くような喋りは」


 ゴルザの横でティトルとダルフが口の端で笑う。


「フィルは風を読む弓使いだ。お前も見習って酒場の姉ちゃんに甘い言葉でも言ってみろ」

「馬鹿言え、俺は妻子持ちだぞ」

「花を手向けたのは何百年前だっけ?」

「そんなこと関係あるか、ずっとここにいる。独り身のお前にはわからんだろうがな」


 ゴルザは自分の胸を指した指でティトルの胸を小突く。ティトルが肩をすくめて天を仰ぐだけで流すのをランシャルは見ていた。


「ロンダルさん、シリウス様」


 明るいルゥイの声が洞窟に響いて、彼女は声を落として続けた。


「スープが温まりましたよ。ファスティア様もラウルさんもどうぞ」


 固いスープの素をお湯に溶かしただけの具のない汁を、差し出されたそれぞれのカップへ注いでいく。

 スープの入ったカップを両手で包んで一口飲み込むと、温かさが胃に落ちて身体中に沁みていった。


「ああ、温かい」


 ランシャルが自覚するよりも体は冷えていたらしく、温まった指先がじんじんとしていた。

 焚き火を囲むみんなの表情も自然とやわらいでいる。

 腰の鞄から干しパソを取り出して浸してから口に放り込む。やわらかくなった部分から汁がじゅわっと出て、まだ固い部分がガリッとしていて、ランシャルは少し笑った。


(なんだか楽しい)


 護衛として旅を共にしてきた面々と、少し離れた場所にいる霊騎士達の顔をランシャルはそっと眺めていた。

 初めて霊騎士を見た時、あれほど怖いと思った彼らが人のように思える。見知らぬ大人だったシリウスたちと焚き火を囲むこの時間にほっとしている。


 気楽な旅のように語り合う時間は多くない。知らないことの方が多いはずなのに、こうして一緒にいることがしっくりきていた。


(不思議だな)


 少し離れた場所で霊騎士たちが壁際に座り、あるいは体を持たせかけて立っている。こぼれて届く光に照らされて、多くの部分が影に溶ける姿を見ても、もうランシャルは怖くなかった。


(霊騎士は怖くてシリウスさんたちは信用できなかったのにね)


 つい、隣に声をかけそうになって口を閉じる。いつも一緒だった彼の姿はない。


(ラッド、どうしてるかなぁ)


 祭壇で別れた時の顔が浮かんで、最後に泊まった宿での会話を思い出す。ひとつのベッドに2人で入ってコンラッドは後ろを向いていた。

 着いていけるのはレイラーンの麓まで、と言われた夜のことだった。


「ごめんな」


 コンラッドはぽつりとそう言った。


「なんで謝るの?」

「絶対着いて行くって言えなくて」


 こちらに向けられた背から落ち込んだ気配が伝わっていた。


「いいよ。ラッドがいてくれると心強いけど、もう怪我はしてほしくないから」


 跡が残るかわからない小さな傷があちこちにできていた。


「レイラーンの麓までそばにいてくれたら十分だから」

「俺、役に立ってる?」

「役に立ってるよ、すっごく」


 ぱっと振り返って笑顔を見せたコンラッドが仰向けになり、ランシャルも天井を見上げた。


「俺が着いてきたのはさ。自分に何かあったらランをよろしくっておばさんに頼まれたってのもあるけど、それだけじゃないんだ」


「え?」


 間が空いてコンラッドの声のトーンが重くなる。


「ランがいたから村の子と仲良くなれた。ランが声をかけてくれたから俺はいま生きている」


 真剣な声もあいまって、コンラッドの横顔が初めて会話をした日を思い起こさせた。



 村外れの高い橋の上から川を覗き込む少年に、ランシャルは声をかけずにいられなかった。声をかけなければいけない。幼いながらにそう思った。


「ランが俺の居場所を作ってくれた」

「僕はたいしたことはしてないよ」


 ランシャルは明るい声でそう返した。


「おばさんを亡くしたあの日。ランの顔を見たらほっとけなかった」


 追われて村から出たあの日、自分がどんな顔をしていたかランシャルにはわからない。


「村にも家にも居場所がなくなって一人ぼっちだった俺を助けてくれた」


 口が悪くて喧嘩っ早い少年。言い出したら聞かない頑固者。

 いま思えば、失敗を重ねて固くなった殻を割れなくて、涙に押し潰されそうな張り詰めた横顔だった。あの時、ランシャルは思った。何もできなくても側にいてあげたいと。


 麓でいまも心配しているだろうかとコンラッドを思う。


(絶対戻るから待ってて)


 スープと干しパソだけでは満腹にはならないけれど、温かさと疲れがランシャルを夢へと落としていった。






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