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90話 洞窟にて

 玉座の間を目指してレイラーンを登る。

 標高が高くなり低木が増えていく。白く大きな岩がごろごろと横たわり、人の背丈ほどの木がヒツビの群れのように点在する間を隠れながら進んでいった。


 小高い丘を越え尾根伝いに上を目指す。見下ろせば遥か下に大地が広がっている。


(ずいぶんと上まできたなぁ)


 強い風に髪をなびかせて、ランシャルはひとつ息を吐く。息が白く見えそうなほど風は冷たくなっていた。


「あ、待って」


 しばらく歩いて大岩を過ぎたときにランシャルが皆に声をかけた。辺りを見回して安全を確認したランシャルが走り出す。


「水の補給をしましょう」


 左側の岩に隠れ隠れ小川が流れているのが見えていた。


「水をむならこの先の川だ」

「え?」


 もう川の近くまで来ていたランシャルは足を止めた。


「それは死に川だ」


 ゴルザの言葉はピンとこなかった。けれど、辺りに目をやれば白い岩に混ざって動物の白い骨を見つけることができた。


「これって、水に毒でもあるのかな?」


 まじまじと川を覗き込んでみても色も匂いも特に変だと感じるものはなかった。しかし、言われてみれば水場だというのに動物の姿はどこにも見えなかった。

 列に戻ったランシャルへフィルは言った。


「ドワーブたちが流した水だ。体によくない鉱物がときどき混ざってる」


 なるほどとランシャルはうなずく。

 草は青々と繁っている。骨との対比が不思議さを感じさせた。




 太陽がレイラーンの山頂を過ぎて辺りが明るい影に覆われると、肌に当たる風の冷たさが染みてきた。

 山の影が太陽の動きと共に伸びて地上に大きな山並みを写す。

 レイラーンの6合目を過ぎる頃には息は上がり吐く息が白くなっていた。喘ぐほどではないけれど、ときおり立ち止まって息を整える必要があった。足が重くなって小さな岩ですら乗り越えるのがきつくなってくる。

 シリウスがルゥイへ手を貸す場面が増え、ランシャルはラウルに助けられて山を登っていった。疲れが見えないのは霊騎士たちだけだ。


「俺たちは空気が薄くなっても関係ない」

「最初に登った時は苦労したな」


 そう言って彼らは笑う。


「あの時は俺たちも生きてた」


 ゴルザが笑いティトルもにやりと笑った。


「この先に洞窟がある。今日はそこで野営だ」

「この先ってどれくらい? もう足が棒のようだ」


 弱音を吐くファスティアの背をダルフが軽く叩く。


「坊っちゃん、もう少しだ」


 そのもう少しは多少遠かったけれど、足元が明るいうちに洞窟に着くことができて、皆の表情に安堵の色が浮かんだ。


「ああ、助かった」


 ファスティアは着いて早々、岩に腰かけて足を揉んでいる。

 洞窟の入口では身を隠しながらロンダルが外を警戒していた。


「広い洞窟ですね。あ、水がある」


 洞窟は詰めて横になれば15人くらいは寝られるだろう広さがあり、奥には川らしきものがあった。

 岩肌を裂いたように空いた箇所から岩壁の向こうに流れる川が一部見えていた。


「うっわ、冷たい」


 小さな鍋に水を汲んで、ランシャルは冷たさに笑った。


「元気だな」


 そう言ったダルフへランシャルは笑顔を向ける。


「元気じゃないです。お腹ぺこぺこで」


 ランシャルは自分のお腹をさすって見せる。


「腹が減るのはいいことだ」

「俺たちはもう長らく感じたことはないな」


 珍しくティトルが会話に加わった。


「感じたいか?」

「いや」


 ティトルらしい短い返答にフィルが笑って背を叩く。

 フィルとティトルが取ってきた小枝に火をつけて小鍋を火にかける。


「もしかして、ここって休憩するための場所ですか?」


 ランシャルはダルフに聞いた。

 石が積まれて焚き火の跡があり、他にも誰かが来た形跡があった。


「休憩する場所と決めているわけじゃないが、何度か立ち寄っている」

「確かランセルもここで休んだんじゃなかったかな? な、シリウス」


 フィルに話を向けられてシリウスは「ええ、そうです」と答えた。父と教えられた人の名が出てきて、ランシャルの目に好奇心の光りがちらりと見えた。


「ランシャルはなかなか頑張ってる」

「そう、ですか?」


 ランシャルは恥ずかしそうに肩をすくませて苦笑いした。


「ランセルは怖がりで弱くて、お守り大変だっただろう? シリウス」

「お守りだなんて」


 シリウスが眉根をを寄せるのを見てフィルは笑った。


「護衛でもないのに頼みを断れずに、こんな危険な所に来るなんてお人好しだ」


「そんなことは」

「あるだろ。それとも王様気分を味わいたかったか?」

「何を言っているんだ?」


 睨むシリウスを気にもせずフィルは続ける。


「影の王と呼ばれているらしいじゃないか。ランセルは王宮でも君に頼ってばかりだったんだろうな」


「何が言いたい」


 じりっと沸く怒りを押さえてシリウスが睨み付ける。


「別に何も。印を受けたときのランセルよりずっと年下なのにランシャルはしっかりしてると思っただけさ」


 ほんのりと意味ありげにシリウスを見つめた後、フィルはファスティアへ声をかけた。


「ファスティア、入口を塞いでくれるか?」

「え?」

「石を出すのは得意だろ」


 ファスティアの目が丸くなる。


「ここを? この大きな入口を?」

「見張りを置かず全員が休めた方がいいだろ?」


 大きな入口を見つめてファスティアは苦笑い。


「疲れている私に仕事をさせるなんて。しかもこんな大きな物、出したこともないのに」


 呆れ顔でぶつぶつ言うファスティアにフィルが追い討ちをかける。


「空気穴は作っておけよ」

「あのね、私は生み出すのが専門で生んだものを消す方法は知らない。塞いだとして、どうやって外へ出るつもりだ?」


 フィルはしばし考えた後、人差し指を立ててにやりと笑顔になった。


「チビども出てこい! 着いてきてるのは知ってるぞ!」


 フィルが洞窟の外へ声をかける。と、黒くて小さいものたちがあちこちからゾロゾロと姿を現した。


「ドワーブたちを連れて戻ってくるのにどれくらいかかる?」


 小さいものたちは顔を寄せて小さな声で何やら話し合っている。


「ドワーブが欲しい鉱物はなんだ? この兄ちゃんがなんでも出してくれるぞ。この入口を塞ぐくらいの量だ」


 じっとフィルを見ていた小さいものたちが小声でさわさわと話し出す。


「ん? なんだって?」

「夜が明ける頃には戻ってこれるって言ってます」


 ランシャルが通訳をする。


「よし、ではドワーブを呼んでこい」


 黒くて小さいものたちはざわざわと山の上の方へ動きだし、消えていった。






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