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89話 天秤に絡む糸

 ダルフやシリウスたちが身構えるのを見て隠れていた男たちは姿を現した。


「さすがに寝首はかけねぇか」


 蜘蛛が糸をするすると伸ばして降りてくるように、男たちは革紐を伝って木の上から降りてきた。

 ランシャルたちは取り囲むように立つ男たちに視線を走らせて数を読む。ざっと見て23人。


「寝首をかくとは穏やかじゃないな」


 ダルフが低い声で言った。

 脅すような声ではない。余裕のある落ち着いた声だ。


「勝手な約束をされちゃ困るんですよ」


 男の声も低かったが、こちらは粗野で挑発的。話し合いの余地などないことは明らかな声音。


「ほぉ・・・・・・聞いていたなら誰を取り囲んでいるかわかっているんだな?」


 ダルフの目がすっと細くなり、リーダーらしき男の目がつり上がる。


「王殺しは大罪だぞ」


 重ねて言ったダルフの言葉にも彼らは動じない。


「覚悟は出来ているわけだな」


 片方の口角を上げてダルフがにやりと笑う。

 ダルフと言葉を交わしていた男は木から垂れ下がる紐に手をかける。軽く引かれた紐は枝に巻きついていたはずなのに簡単にほどけて彼の手の中に収まった。

 それが合図だった。

 取り囲んでいた男たちがバラバラと動き出す。毛皮を被った背を低くして動き回るさまは猫科の動物のようだった。


 ヒュン


 しなる紐が音を立てて飛びかかってくる。

 紐はルゥイの足元の地面を叩き、別の紐はラウルの剣に巻きついた。


「・・・・・・!」


 ルゥイは飛び退きラウルの剣には2つ3つと紐が絡む。


「くそッ」

「ラウルさん」


 剣を拘束する紐へランシャルが剣を振るう。ランシャルの剣が断ち切るより前に紐はほどけてすいと逃げた。代わりに別の紐がランシャルの足首に巻きついていた。


「あっ!」


 足を引かれて倒れ込むランシャルをロンダルが支える。支えながらロンダルはランシャルの足に巻きつく紐を切った。


 縦横無尽に動く男たちから紐が繰り出されランシャルたちを襲う。紐は木の上から飛びかかり地面すれすれから足を狙って放たれる。体に巻きつき、背や体を叩いて痛みが走る。


 男たちは優勢に見えた。しかし、彼らは奇妙さを感じていた。


(なんだ? あの男たちは)


 自分達が戦っている相手に霊騎士が混ざっていると気づかず、黒マントの男4人へ怪訝な目を向ける。


(紐が当たらない)


 確実に紐は黒マントの男たちに到達している。そのはずなのに手応えがない。紐を巻きつけることができずに焦りだす。


(どういうことだ)


 疑問符を付けるより早く目の前が暗くなった。


「・・・・・・ッあ!?」


 ガンと首の付け根に電気が走って男は意識を失った。



 シリウスやロンダルの腕へ巻きつく紐が彼らの動きを制限する。ランシャルを囲むファスティアやラウル、ルゥイも剣や足を紐に捉えられて苦戦していた。動きを抑制された彼らへ男たちの剣が襲いかかる。


 ランシャルは迷わず和の中から躍り出た。


「ヤーッ!」


 声を上げて繰り出したランシャルの剣がルゥイに襲いかかる男の剣を弾き、他の者を襲う男たちを霊騎士たちが弾き倒した。

 拘束していた紐は全て断ち切られ、引いていた男たちが四方八方で転がる。

 一気に形勢逆転。

 それは一瞬のことだった。


「待て! 待て!!」


 首に剣を当てられて不様な格好で男が叫ぶ。


「殺さないでくれ! へへっ、冗談だ。冗談だよ」

「王へ剣を向けておいて冗談だと?」


 ダルフの声が渋みを増す。


「やめてくれ! 助けてくれ!」


 剣が首に食い込んで男は必死で叫んでいた。


「山に入れなくなったら生きていけねぇ」

「里へ帰れ」

「居られねぇからここで稼いでいるんだ!」


 懇願も叫びもダルフは聞き入れない。


「鼻つまみ者か? 何をしでかした? 自由が欲しいか? 自分勝手していたいか!?」


 ダルフの足が男の胸にかかり男を押し倒す。


「や、やめてくれ──ッ!!」


 高く掲げたダルフの剣が光る。

 仲間は腰を抜かし、戦意を失って動けない。

 剣が振り下ろされてもう駄目かと男が目蓋を閉じた矢先に、


「待って!」


 ランシャルが割って入った。


「殺さないで、僕のせいでしょ? 僕が約束をしたからでしょ?」


 顔を向けたランシャルと目があって、男は振るえるようにこくこくと頷き首を振る。

 ダルフは動きを止めたがその表情は変わらない。


「僕に考える時間をください」


 そう言われても男には否と言える状況ではない。男はただただ首を上下に動かすばかりだった。


「ダルフさん、剣をしまってください」


 鼻息をひとつ吐いてダルフは剣をしまった。


「王様のご命令とあらば致し方あるまい」


 威圧する空気はそのままに、男へ目を据えたままダルフの手は剣の柄に触れている。


「貴方たちは早くレイラーンから出てください」


 ランシャルの澄んだ目に背を押されて、不様に座り込んでいた男は立ち去ろうと四つん這いになった。


「ば、罰を受けるんですか?」


 離れた所から手下がか細い声で聞いてきた。


「罰を与えられたくなかったらすぐに下りて」


 男たちは後ろを振り返ることなく逃げていった。彼らの姿が見えなくなった頃、ランシャルは息を吐いた。


「魔物がいっぱいいるレイラーンに人が狩りをしに来ているなんて、本当にいるなんて思わなかった」


 スネーブルが嘘をついているとは思わなかった。けれど、それと動じに人がレイラーンへやって来ているという実感はできていなかった。


「ここへ狩りに来られなくなったら、あの人たちは困るんですよね」


 悩み始めるランシャルの頭に手が乗せられる。


「王様らしくなってきたな」

「ダルフさん」

「王様、考えるのは竜の祝福を受けてからでも遅くないですよ」


 フィルに促されてランシャルたちは玉座の間を目指し歩きだした。



 王の座について知る難題の数々を、ランシャルはまだ知らない。






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