92話 ドワーブの坑道
寝起きのぼやっとした目にきらきらとした光が眩しく見えていた。
「・・・・・・ん。なに? この音」
バチバチと何かが爆ぜる様な音に耳を叩かれて、ランシャルは入り口へ目をやった。最後に目を覚ましたのはランシャルらしく、他の皆は入り口に注視していた。
目を擦り擦り皆が見ている場所へ目を向けると、ファスティアの作った壁に赤い線が入っているのが見えた。
「ドワーブたちが塞いだ壁を壊しているようです。危ないので近づかないように」
シリウスに言われてランシャルはその場から見つめていた。
伸びていく赤い線の先端で火花が散っている。バチバチと火花が飛んで土の上で跳ねる。
ちょうど人一人が屈んで通れるほどの楕円を描いて赤い線が地面に到達する。少しの間のあと、どかっと重い音をたてて蹴破られて穴から外の風が入り込んできた。
「開けたぞ」
光をバックに覗き込んだ黒い影が声をかける。
「中に居られると作業がしにくい。外に出てくれるか」
渋みのあるがさついた声はゴルザの声にどこか似ていた。
ひとりひとり、荷物を手に穴を潜って外へ出ていく。ランシャルたちが外へ出ると、多くのドワーブたちの視線に迎えられた。
彼らの背丈はランシャルの肩につくかつかないかほど。人の大人と比べるとまるで子供だ。
「ゴルザの隠し子みたいだな」
ティトルのもらした感想にランシャルは笑いをこらえた。
確かに似ている。ずんぐりとした厚い体も少し気むずかしそうな顔も。体つきが似ていると声も似るものだろうかとランシャルはドワーブたちを見ていた。
「朝飯はまだだろ。あれでも食って待ってな」
ドワーブが指差した場所には石が積まれ焚き火が燃えている。すでに串に刺された魚が美味しそうに焼けていた。
「食い終わったら案内させる。坑道を行けば上より楽だろう」
「なんだ? 至れり尽くせりで怖いな」
ダルフが顎髭を撫でながら訝しむ。
「わしらを釣るには良い品ものだ」
ドワーブは気にした様子もなく続けた。
「砕いたり溶かして取り出す手間が省けていい。なかなかの純度だ。それにダイア。こんなに大きい結晶を見るのはどれくらいぶりか、高値で売れそうだ」
寡黙なドワーブが珍しく饒舌だった。
「いつから金の亡者になったんだ?」
「ゴブロンみたいに言うな。わしらにも入り用があるんだ」
「ほぉ・・・・・・入り用がね」
ダルフがドワーブと昔ながらの友と話すように会話をしている。
「最近の若い者は人間の服を着たがる。やれ土色の服は着たくないだの、花柄の明るい服が良いだの。困ったもんさ」
話を聞きながらランシャルたちは串刺しの魚にかぶりついていた。
「大きな魚ですね」
そう言ったランシャルへドワーブは満足げな顔で山の上へ目を向ける。
「竜に感謝しろ」
「いつから信心深くなったんだ?」
フィルが突っ込む。
「崇めまではしないが感謝くらいはするさ」
フィルにそう返してドワーブは視線を落とした。
ドワーブたちの連携は良くどんどん切り出されて鉄が運び出されていく。黒い小さいものたちが大活躍してした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食事も終わり、ランシャルたちはドワーブの案内で近くにある坑道への入り口へと入っていった。
ごつごつとした岩肌によい間隔で松明が設置されていて歩きやすかった。準備の良さにシリウスが質問をする。
「この坑道はいまも使われているのですか?」
ドワーブの答えは否だった。
「上ほど魔物がいなくて早かろう?」
聞こえるのは水滴の落ちる音と足音だけ。怖いほど生き物の気配を感じなかった。
「鉱物のお礼にしちゃ意外だな。坑道を歩かせるなんて」
ダルフの声に疑いの色が混じる。しかし、ドワーブは振り返りもせず歩いていた。
「自分達の領域に近づけたがらんやつが、ここまでしてくれるとは珍しいこともあるもんだ」
あからさまなちゃかしにドワーブが口を開く。
「上が騒がしいのはかなわん。さっさと事を終えて山を下りてほしいだけさ」
ふーん、なるほどと納得した顔でダルフは歩く。ドワーブの男を先頭にみんな黙ったまま坑道を進んでいった。
道は下がっているようで上がっていて不思議な感覚になってくる。
つるはしで掘ったらしい古い坑道は、あちこちで分岐し何度も梯子を上った。
「迷子になりそう」
ランシャルの呟きにファスティアの呟きが続く。
「山のどの辺りまで登ってるのかもわからないな」
松明が道を照らしていても暗さが残る坑道に、少しずつ心が消耗してくる。
「玉座の間まで案内してくれるんじゃないよな? 出口まではあとどれくらいだ?」
ダルフの問いにドワーブの男は少し口ごもったように思えた。
「あと少しだ」
短い答えのあと会話は途切れて、足音と小石の転がる音だけが聞こえる時間が流れた。
採掘の終わった広い空間をいくつか通り過ぎ、これまでより大きな空間に出て一同がホッと足を止める。
「外が近いな」
言ったシリウスの声が明るい。
高い天井に小さな穴が数個開いていて、そこからわずかに外の光が漏れ落ちていた。
「父ちゃーん!」
静かだった空間に子供の声が響いて全員がぎょっとした。
場所に不釣り合いな幼い声が坑道の壁に当たり岩に当たって反響する。声の主を探して皆の視線がばらつく。
「妖魔か!?」
「待て!」
剣に手を掛けるダルフたちをドワーブの男が止めた。
「父ちゃん!」
小さな岩を乗り越えて暗い岩影から少女が姿を現した。
「ティット!」
懐へ飛び込んできた少女をしばし抱きしめて、男はすぐに少女を引き剥がした。
「大丈夫か? どこもなんともないか!?」
少女の首を確認し、両手両足を調べて男はほっと膝を着いた。
「その子はあんたの子か? こんな所で何をしてる?」
ダルフの質問に背を向けたまま、男は娘を抱き上げてそっと振り返り、言った。
「巻き込まれて、しかたなかった」
ドワーブの男がこちらから距離をとる。
「おいっ」
そっと離れる男の体が影へと入っていく。顔が隠れ少女ごと上半身が影に飲まれて、とうとう下半身も影の中へ消えていった。
「待て!」
慌ててダルフが追う。
しかし、男の姿はもうどこにもなかった。




