少女は“ヒロイン”と出会う
15才になったアレクサンドラは、国立ボリス学院の最終学年へと進学した。
うまく溶け込めるか心配していたが、今はすっかり馴染んで学校生活を楽しんでいる。
同級生も、先輩も、後輩も、先生も、みんながとても優しいのだ。ちょっと転びそうになったらすぐに誰かが手を伸ばしてくれるし、高いところの本を取ろうとしたら我先にと周囲が取ってくれるし、難しい問題に悩んだら先生が他の生徒を置いてまで懇切丁寧に教えてくれる。みんなが親切すぎて、こちらが恐縮してしまうくらいだ。
ヴィクトールとミハイルの世話焼きっぷりも加速度を増している。
幼児じゃないから、もう少し、離れて見守ってくれても大丈夫なのに……と時々、思う。でも“アレクサンドラ”はずっと病気知らずだったので、きっとあの高熱が二人に多大な心痛を与えてしまったのだろう。
今日もアレクサンドラを熱愛する大勢の崇拝者が彼女を囲み、朝から大騒ぎだ。
「はい、並んで、並んで!順番にクジを引いてくださいませ!」
すっかり薄化粧になったイヴァンナとベアトリーサが手際よく居並ぶ生徒をさばく。
アレクサンドラの右隣はヴィクトールと決まっているが、その前後の席は毎朝、クジで決めているのだ。ちなみに左隣は、日替わりでイヴァンナとベアトリーサが座っている。“親友”の特権である。
「うぉぉぉ!アレクサンドラ様の真後ろの席!!やったぁぁぁぁ!」
「あああ~……は、外れたぁぁぁぁ」
悲喜こもごもな叫びが教室に響くなか、がらりと扉が開いて教師が入ってきた。その後ろには、一人の少女の姿。ふわふわとしたピンクブロンドの髪の、可愛い少女だ。
「はい、みなさん、早く席に着いて!今日は、編入生を紹介します」
冴えない中年男性教師のヤコブは精一杯、威厳を保った調子で声を張り上げた。
「ユーリア・ソロキン君だ。聖女候補なことは知っているな?このような時期の編入となったが、みな、仲良くするように」
少女は愛らしい微笑みを浮かべて、可愛く首を傾げた。
「ユーリアです。よろしくお願いします!」
ユーリア・ソロキン―――木内 佳苗は納得がいかなかった。
そう、彼女は元日本人の転生者である。
ブラック企業での残業続きな日々、体力も精神力もすり減って、ある日、駅のホームからふらついて落ちた。恐らく即死したのではないかと思う。
そんな自分が、『薔薇色のリェータ』という大好きな乙女ゲームのヒロインに転生したと気付いたのは、今世の自分・ユーリアが12才のときだ。階段から落ちた拍子に、前世を思い出したのである。
前世のツイてなかった人生が、今世で報われるのだと喜んだ。なにせ一番お気に入りだったゲームのヒロインに転生したのだから!
このゲームはかなりやり込んでいる。一番の推しの王太子と結ばれるのは確実だ。
うきうきして学院へ入学するのを心待ちにしていたが……ゲームスタートとなるユーリア編入時の王太子の様子が明らかにおかしかった。
いや、王太子だけではない。
二番推しのミハイルも、三番推しのアイヴァンも、ロディオンも……全員、おかしい。
一番おかしいのは、アレクサンドラ・ヴォルコフだ。『薔薇色のリェータ』の圧倒的悪役令嬢。ユーリアは彼女の手によって結構エグい目にも遭うのだが、その悪役令嬢が全くの別人なのである。
初めて彼女と会ったとき、誰か分からなかった。
何故、このゲームにこんな天使のような美少女がいるのか?と驚いたくらいだ。しかも、攻略対象者全員が彼女に夢中である。それだけではない。モブ達のアレクサンドラ崇拝ぶりはただごとではない。
(バグ?)
最初はそう思った。
だが、もう一つの可能性も思い至った。
アレクサンドラも自分と同じ転生者という、可能性だ。
(そりゃまあ、処刑エンドを回避しようとしてたんなら、仕方ないと思うわよ。思うけど……悪役令嬢が逆ハーエンドってヒドくない?せめて、一人くらいは私に残しなさいよ!)
前世では異性と付き合ったことが一度もなかった。だからというわけではないが、今世でイケメンの一人とハッピーエンドを願っても罰は当たらないのではないだろうか。それに、自分は別に逆ハーまでは狙っていない。
ユーリアは意を決して、ある日、アレクサンドラを校舎裏に呼び出した。
どこへ行くにも、ヴィクトールを筆頭に常に崇拝者に囲まれているアレクサンドラである。一人だけ呼び出すのは無理かと思われたが……こっそり机に忍ばせたメモに“一人っきりで来て欲しい”と書いたら、彼女はきちんと従ってくれた。
「ユーリアさんですね」
「突然、お呼びたてして申し訳ありません。でも、一度、アレクサンドラ様とお話をしてみたくて……」
「うれしいです。わたしもユーリアさんと お話してみたかったです」
にこにこ。
邪気のない心からの笑顔に、ユーリアは思わず目を瞑った。眩しい。眩しすぎる。
転生のことを問い詰めるつもりだったが、あまりの眩しさに、なんだかどうでも良くなってきた。それでも、必死で言葉を押し出す。
「あの……えーと、“日本”って言葉がわかりますか?」
「! ユーリアさんも前は日本人だったんですか?!」
目映い笑顔が、更に数倍パワーアップしてユーリアに降り注いだ。
「え?奈々ちゃん、8才で死んじゃったの?!」
お互いに前世の話をする。そして知った“桜井 奈々”の生涯に、ユーリアは大きなショックを受けた。
「そ、それも病院から一度も出たことがないなんて……」
「でも、おとうさんも おかあさんも やさしかったし、病院の先生も かんごしさんも やさしかったから」
ふわりと儚い微笑みを向けられ、ユーリアは思わず涙した。そう、こんな話を聞いては涙せずにいられない。
「奈々ちゃん……今世ではいっぱい楽しいことしよう、幸せに過ごそう!おねぃちゃん、手伝うからね!」
「うわぁ、ありがとうございます!えーと…かなえ おねえちゃん!!」
純真無垢な信頼の眼差しを向けられ、ユーリアはぎゅっと少女を抱きしめた。
―――二人での話を終え、仲良く教室へ戻る。
教室の扉を開けるなり、ヴィクトールがすっ飛んできた。ユーリアを突き飛ばさんばかりの勢いでアレクサンドラの隣を陣取る。
思わずヴィクトールを睨みつけて、ユーリアは重要なワードを突然思い出した。
(そういえば……この乙ゲー、18禁じゃなかった!?)
しかも“アレクサンドラ”は断罪されたあと、凌辱される展開もあったような?
(奈々ちゃんは、8才なのよーーーっ)
ユーリアは決意した。
このピュアな魂は、自分が命がけで守らねばならない、と。
とうとうヒロインも落とました。もはや無敵。
※ 明日の更新は、作者都合により時間不定です。最終話なのにすみません。
といっても、期待するほどの終わり方ではないんですが……。たぶん、夜になると思います。




