少女は学校を楽しむ
体調を考慮して休学していたが、とうとう、学校へ行く許可が下りた。
アレクサンドラは憧れの“学校生活”に興奮が抑えきれない。
記憶の中の“アレクサンドラ”は勉強が好きではなかったようだが、桜井 奈々は勉強が好きだ。知らないことがどんどん知っていることになるのは楽しい。
深緑色の制服も、可愛い。いつかセーラー服かブレザーを着ることを夢に思い描いていたが、こういう、お洒落な制服も素敵だ。
自慢の長い髪は、アーニャに後ろで三つ編みにしてもらった。
「このような髪型でよろしいのですか?」
以前は、くるくるの縦ロールにしていたらしい。それはそれで、とても興味深いけれど。
「学校へ行くなら、こういう かみがたの方が良いと思うんです」
ニコニコしながら言ったら、アーニャが「お嬢様は、どんな髪型でも可愛いですよ~」と褒めてくれた。
学校までは、馬車だ。寮生活だったミハイルも、今は屋敷から学校へ通っている。今日も一緒に行ってくれるのだとか。おかげで心強い。
学校へ着くと、正門の前にはヴィクトールが待っていた。
「ヴィクトールさま」
「おはよう、サーシャ。教室まで、俺が荷物を持とう」
馬車から優しく抱きかかえて降ろし、恭しく手を取ってくれる。
自分がエスコートして降ろそうとしていたミハイルが、むっとした顔をヴィクトールに向けた。
「……王太子に荷物持ちなどさせられません」
「何を言う。婚約者だぞ、普通のことだろう」
「今まで、そんなことはなさらなかったのに」
「お前の方こそ。何故、寮に戻らない?ずっと実家から遠ざかっていたではないか」
バチバチバチ。
二人の間に激しい火花が散る。
アレクサンドラはそれに気付かず、婚約者と弟の手を取った。
「ヴィクトールさまと、ミーシャの三人で学校へ行けるって、うれしいですね!今日は、いっしょに お昼もたべましょうね。その前に、べんきょうも がんばらないと!わたし、ついていけるかなぁ」
「だ、大丈夫だ。わからないところは俺が教えてやる」
「ヴィクトール様。不要な心遣いですよ。屋敷で家庭教師に教えてもらいますから!」
「分からないところは、その場で確認した方が良いに決まっているではないか」
男二人の喧々囂々のやり取りをニコニコと聞きながら、アレクサンドラは正門をくぐった―――。
午前中はずっとヴィクトールが横に座り、あれこれ世話を焼いてくれた。
昼食はヴィクトールとミハイルと共に、食堂で食べた。
午後一番の授業は、女子のみのマナー講座だ。心配そうなヴィクトールに「だいじょうぶです!」と胸を叩いてアピールし、意気揚々と教室に入った。
「あの……アレクサンドラ様……?」
教室に入ってすぐ、黒髪と赤髪の二人組女生徒から声を掛けられた。
「はい?」
声を掛けられたのが嬉しくて、満面の笑みで振り返る。
学校に入ってから、何故かヴィクトールとミハイル以外の生徒は遠巻きに自分を眺めるばかりで、全然話す機会がなかったのだ。アレクサンドラの大変貌に教師でさえ慄いているという実態に、彼女は全く気付いていなかったが。
(学校でお友だちをたくさん作る)
密かな願望を叶える第一歩に、いつも以上に笑顔に力が入る。
「体調が良くなられたようで、良かったです。あの……今日は、いつもと雰囲気が違っておられます…ね……?」
黒髪の少女が目のやり場に困るようにきょろきょろしながら言う。
この黒髪の少女はイヴァンナ、隣の赤髪の少女はベアトリーサという名前だったような気がする。そう、思い出してきた。“アレクサンドラ”とよく一緒にご飯を食べたりしていた少女達だ。
「イヴァンナさまに ベアトリーサさま。ごしんぱいを おかけしました。もう だいじょうぶですの。……今日は、三つあみにしました。似合いますか?」
さすが、お友達だ。髪型の変化を一番に話題にしてくれた。せっかく綺麗に仕上がったのに、ヴィクトールやミハイルはそういうことに気付いてくれない。
「と、とても似合いますわ。そ、それにお化粧も違いますのね」
「ええ。ちょっと口紅をぬっただけなんです」
お化粧なんて、大人のすることだ。“アレクサンドラ”は桜井 奈々より年上だけど、まだ化粧をする年ではないと思う。
なので、保湿を兼ねて口紅を塗っただけである。
ほう、とベアトリーサが溜息をついた。
「口紅だけでしたの。アレクサンドラ様、さすがですわ。お美しい……」
「ベアトリーサさまの口紅も ステキな色ですね」
髪と同じ、派手な赤だ。目に鮮やかですごい。自分にこういう色は似合うだろうか?
心から称賛したら、ベアトリーサは真っ赤になって俯いた。
「イヴァンナさまも、アイシャドウがとても お似合いです」
「まあ……」
濃い紫のアイシャドウを褒めたら、イヴァンナも真っ赤になってしまった。
褒め方が下手で、二人とも怒ってしまったのだろうか?
アレクサンドラは揃って俯く友人を前に、目をパチパチさせながら首を傾げる。ほぼスッピンでも美しいアレクサンドラを見て、自分達の化粧の濃さを初めて自覚し二人が恥じ入ってるなど、思いも寄らない。
やがてベアトリーサが、おずおずと言葉を押し出した。
「ところで、きょ、今日はマナー講座を受けられるのですね」
「ミラーナ先生の授業はつまらないと仰っておられたのに……」
ミラーナ先生は、老齢のマナー講師だ。“アレクサンドラ”はミラーナのマナーは古臭いと馬鹿にして、きちんと講義を受けることは少なかった。授業中に面と向かってそう言い放ったこともある。
アレクサンドラは、はっと表情を改めた。
「わたし、今までとても先生にしつれいでした。今日から、心を入れかえて がんばろうと思っているんです」
「えっ」
「クラスのみんなとも もっと お話していこうと 思っていて。ベアトリーサさま、イヴァンナさま、わたしの悪いところ、えんりょなく言ってくださいね」
「ええっ」
「お二人は、わたしの学校で一番の友だちですもの。とても たよりにしているんです」
輝かんばかりの笑顔で言ったら、令嬢二人は硬直したのち……真っ赤な顔のまま鼻血を勢い良く噴き出した。間近でアレクサンドラの破壊級な天使の微笑みを見たのだから、当然である。
「きゃあ!だ、だいじょうぶですか、ベアトリーサさま!イヴァンナさま!」
一方、アレクサンドラは仰天して慌てて二人の鼻を押さえる。
ハンカチを取り出すヒマもない。
イヴァンナは息も絶え絶えに、その白い手を必死に押しのけた。
「ア、アレクサンドラさま、よ、汚れます……」
「血なんて、ふけば取れます!それよりお二人の体の方が……!」
血相を変えて二人の介抱をするアレクサンドラに二人の少女はさらに興奮、教室へ入ってきた教師のミラーナもまた腰を抜かすほど驚いて、この日のマナー講座は大騒動の末に休講となった―――。
ヴィクトールとミハイルは鼻血を出さなかったのに、女子に鼻血を出させちゃいました……。
ごめん、ベアトリーサ、イヴァンア……。
今まで“伯爵家”の肩書きに取り巻きをしていた彼女たちですが、以後、熱狂的なアレクサンドラ信者に変貌します。




