少女、おじいちゃんに初めて甘える
久しぶりに訪れた息子の屋敷の雰囲気に、ニコライは眉を寄せた。
この屋敷に来るのは何年ぶりだろうか。来年の聖王統治三十年祭に伯爵家としてどのような物を献上するか、息子と相談するための訪問なのだが……気のせいか、使用人も含め、息子も息子の妻も妙にふわふわしているように感じる。
格式高いヴォルコフ家として、この浮ついた空気はどういうことか。
元来から険しい顔を更に険しくし、客間で腕組みをして座っていると、扉が開いて白っぽい頭がそっとこちらを覗いているのに気付いた。
……アレクサンドラだ。
ニコライは、孫のアレクサンドラの顔を見るのが嫌だった。セルゲイを生んだあと、旅芸人と恋仲になり伯爵家を出て行った妻とあまりにも似通った色彩故に。
髪か瞳、どちらかの色が違えば、恐らく問題はなかっただろう。セルゲイは妻と同じ白銀の髪だが、瞳の色は自分と同じハシバミ色だ。そして性別も違う。
だけれど、アレクサンドラは恐ろしいまでに祖母の美しい色合いを引き継いでいた。
初めて孫を抱き、あの神秘的な青紫の瞳で見上げられたときの嫌悪感を今でも鮮明に思い出す。
そのせいだろう、アレクサンドラが三歳のとき、ヴェロニカが重い病に罹ったため一月ほど預かったことがあるのだが……ろくに顔を合わすことがなかった。三歳児に手酷い真似をしないとは言い切れなかったからだ。以来、息子家族とは手紙くらいしか付き合いはない。
なお、主の冷たい態度が使用人にも影響し、一月間、アレクサンドラが“自分は要らない子だ”と思い込むほど辛い日々を送ったとはニコライは全く知らない。そして、それこそがアレクサンドラを“悪女”にした要因であることも。
「サーシャ。そんなところにいないで、こちらへおいで」
息子のセルゲイが、これまでに聞いたことのない甘い声で娘を呼ぶ。思わずニコライは息子の顔を二度見してしまった。
アレクサンドラの悪評は、田舎に引っ込んでいる自分にも聞こえている。息子の心痛の種だということも。噂は、嘘だったのだろうか。というより、息子が非常にデレデレして見えるのだが、それは自分の目が悪くなったせいだろうか。
「……おじいさま、いらっしゃいませ」
か細い震える声がして、頭巾をかぶった娘がそっと部屋に入ってきた。
「サーシャ?その頭巾は……」
「お、おじいさまは、サーシャのかみと目が お好きでないので……見えないように……」
「!!」
ニコライは愕然とした。
―――その忌まわしい髪と瞳を、儂の前に見せるな。
11年前に一度だけ言ったあの言葉。あれを、孫は覚えているのだ。
「父上?」
ニコライがアレクサンドラを忌避していたことを知らないセルゲイが、不審な眼差しでこちらを見る。
憮然とニコライは孫を振り返った。
「そんな頭巾を被る方がみっともない。取りなさい」
逃げられた妻への未練や愛憎を悟られたくなく、思わず強い語気で言い放つ。
アレクサンドラはびくりと身を震わせながら、ゆっくりと頭巾を取った。
「………………」
潤んだ青紫の大きな瞳が、じっとこちらを見ている。
思い出の妻より、何倍も美しい瞳が。
「お、おじいさま、おひさしぶりです。お会いできて、うれしいです……」
「う、うむ……」
声が上擦ってしまった。
妻とそっくり?いや、違う。これは……妖精か天使ではないか?
「ほ、本当に、おいやでは ないですか」
「嫌な訳はなかろう。美しい髪と瞳だ……」
「よかった」
にこり。
心から安堵した様子で、アレクサンドラは微笑んだ。
その途端、彼女の全身から眩い光が迸ったようにニコライは感じた。その眩い光は、ニコライの心の底に澱のように溜まっていた何かを、優しく浄化させてゆく。
「お、おじいちゃんのそばに来なさい。も、もうすぐ15の誕生日だったな。何か欲しいものはないか」
気が付けば、記憶の端っこにさえ、もはや妻の姿は無かった―――。
アレクサンドラがニコライの屋敷で過ごしてから半年後くらいにミハイルが養子になりました。
ヴェロニカにもう子供は望めないかも知れないという事情があったためですが、幼いアレクサンドラにとっては、“自分は要らない子”の認識がさらに強くなる結果を引き起こしました。
なので、大人の見ていない影でミハイルを思いっきりイジメることに……。
ちなみに、祖母とは容貌は似ていません。同じなのは色だけ。
顔は母のヴェロニカ似ですね。
奈々ちゃんにとっては“初おじいちゃん”。どうやらアレクサンドラの幼い記憶は間違いだったらしいと素直に信じて、このあとはおじいちゃんに甘えまくりです。




