Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(7)
※ 高所から物を投げる・放つ行為は、他人の命を脅かす重大かつ悪質な犯罪行為です。絶対に真似をしないでください。
紅の暁の学生たちは、手洛田を始めとした妨害側の連中、そして反アンシーライズ騎士団の面々が次々と連行されていくところを茫然と眺めていた。
ただし、幹部格を除いて。
「巨椋さん。君は、次回のデモの参加は辞退してもらいたい」
救急隊の処置により、意識が回復した宇隆がそう告げた。
「なっ……どういうことよ!!」
巨椋が激しく反発した。
猫寺師は既に魔導警察に連行されたため、この場にはいない。
「夏南界隈の攻撃が激しくなった理由の一つは、君が無用な挑発をしたからだ。恐らく、このままでは明日のデモは決行不可能だろう。責任は取ってもらう」
「ふざけないで!!」
殴りかかろうとした巨椋を、志野路が「まあまあ、巨椋さん」と止めた。
「彼女は間違っていないわ。縮筑先生の言うように、反駁的実存性のある巨椋さんの罵倒は立派な批判として――」
宇隆は志野路の言葉を遮るように「屁理屈はやめてください、志野路先生!!」と喝破した。
「へ、屁理屈!? 私に向かって、屁理屈ですって!? あなた、自分の身を弁えなさい!」
「いいえ。僕は間違っていません。巨椋さんを助長させ、自分たちも無用な罵声を上げた志野路先生と縮筑先生は、次の行動に参加しないでください」
すると縮筑は顔を真っ赤にして、「なっ……少し祭り上げられたからって調子に乗るなよガキが!!」と額の血管を浮き上がらせて怒鳴った。
「壹目先生の言う通りです。先生二人は、頭を冷やしてください。――他の参加者の方々もです。『肉屋に自分の肉を売るブタ』なんて言い方、相手を人間扱いしていないのも同然だ。こんな言葉、百万人を虐殺した独裁者を支持する人間にだって言ってはいけない」
すると群衆の中から、「キレイ言を抜かすなよ、お坊ちゃんが!!」と罵声があがった。
「キレイ言を言って何が悪い!! 理想を口にすることを冷笑し始めたから、こうなったんだろうが!! 今の僕らは、薄っぺらい自称現実主義者のネットの連中、もしくは白銀衆や魔導大衆党とおんなじだ!!」
「ホォー……、ご高説じゃねえか」
声のした方を振り向くと、そこには五星院翔栄の姿があった。
「……君が、特務陰陽保安士の五星院翔栄か」
「議論に熱が入るのはいいが、これ以上騒ぎを起こすんなら承知しねえぜ。こっちからもパクるからな」
「ああ。これ以上の混乱は、僕が起こさせない。猫寺師とは手を切るし、巨椋たちにも言い聞かせる」
そして宇隆はすっくと立ちあがり、頭を下げた。
「ありがとう。君の介入がなかったら、死者が出るとこだった。心から、お礼を申し上げたい」
すると翔栄は「ケッ。別にてめえらを助けたわけじゃねえよ」とそっぽを向いた。
「……さっきの君の行動を見て、君もただ所属している組織の言いなりになっているだけじゃなくて、君なりの正しさ――格律に基づいて行動しているんだと感じた。だけどね、僕にも貫きたい正しさがあるんだ。理解できなくても、頭の片隅に置いておいてくれれば幸いだ」
そう言って宇隆は、救急車に乗り込んでいった。
(クソッ……。どうにも苦手だぜ、この兄妹は。調子を狂わされる)
こうしてデモは完全に中止となって解散させられ、魔導警察と陰陽保安局で聴取を受けるものだけがその場に残された。
★
「あなたねぇ、自分が何をしたのかわかっているのかい? ええ??」
恰幅の良い中年男性の声が、粘着質な言い方で声で翔栄を叱咤する。
ここは本局庁舎の十一階にある保安部部長室であり、この男性こそが翔栄の上長である不明門小路翼部長である。
彼の叱責を食らっているのは、現場から戻ってきた翔栄である。
「担当である二係や四係への連携もなく、勝手に捜査して現場に出て陣頭指揮を執るたあねえ……。内務省魔導薬物取締部からも、『管轄を侵犯された』と噴飯の御言葉が来ているよ」
「……申し訳ございませんでした」
翔栄は頭を下げた。
実際に自分がしたことは、管理職が現場を荒らしたに等しいのだから、大目玉は仕方がないと思っている。
「あと、予備の公用箒を勝手に使用したね。君もご存じの通り、新東京自治区ではパイプラインやビルステーションなど指定された場所以外では車両扱いだ。1.8メートル以上飛んじゃいけないんだよ。その例外が公用箒なんだよね。それを無断使用するってのは、拳銃の不正使用の次の次くらいに重い処罰が下るって、わかっているよねえ??」
翔栄は「おっしゃる通りです。軽率でした」と返した。
「あのねえ、特務陰陽保安士ってのは単独行動のライセンスじゃないんだよ。その銀バッジの重みを肝に銘じろと、大臣からも言われたんじゃなかったのかい? 前回の失態から何も学んでいないではないの?? ええ??」
「おっしゃる通りです。俺には、反省が足りていませんでした」
「君は戒告から、まだ三か月も経っていない。正式な処分が下るまでは時間がかかるが、最低でも一か月間減給5分の1処分は覚悟してもらおう。それまで、単独捜査は厳禁だよ? いいね??」
翔栄は「承知いたしました。猛省します」と言って、この部屋を辞去した。
「待った」
だが、不明門小路が呼び止めた。
「朱雀を介して発声された、偽の猫寺師と手洛田と声。あれも朱雀の能力なのかい……? 資料にはそんなこと書いてなかったよ」
「いや、朱雀の力ですよ」
「まさかとは思うが、もし関係者以外の人間に声を出させたなら、情報漏洩の嫌疑もかけねばならない。誓って、そうじゃないと言えるんだろうねえ??」
すると翔栄は「はい。全部、俺一人でやったことです」と言い残して、今度こそ本当に辞去した。
★
陰陽保安局六階の貴賓室には、真が来訪していた。そのかたわらには、漂海の姿があった。
「翔栄さ~。不明門小路さんに散々絞られちゃったんだよねえ」
真がそう言うと、漂海は顔をしかめた。
「はい。……僭越ながら、私も翔栄さんには銀バッジの重みをもっと思い知って欲しいです」
漂海は翔栄のことを、余り快く思っていなかった。
一見してつかみどころのないように見えるが、実際に現場に立つと秩序を重んじて指揮系統に則った行動をする真とは違い、翔栄は余りにも身勝手な単独行動が多い。彼の行動は、実の親子ではないとかそういう問題を超えていて、陰陽保安士として最低限の責務を果たせていないようにさえ感じていた。
「翔栄さんは、もう一度現場研修からやり直すべきだとさえ思いますよ」
「ははは、厳しいね。僕が甘すぎるのかな」
そう言って真は、萬音チョコをかじった。ピロリピロリという軽快な音が鳴った。
「まあ今の内はせいぜい、体制側のダーティヒーローごっこを楽しめばいいよ。……じきに厭でも、自分の使命と向き合わざるを得なくなるはずさ」
★
「ウェーイ! かんぱーい」
「……おう」
翔栄と夕は、互いのグラスに入ったオレンジジュースで乾杯した。
夕方。彼らは打ち上げとして、黒水三丁目にあるファミレス「魔女の大鍋」に来ていた。
「君とこんなことができる日がくるなんてね」
夕はカテージパイを切り分けながら、そう言った。
すると、さっきまでの明るい表情が急に曇り始めた。
「今回、想定外に派手に暴れちゃったけど怒られなかった?」
「気にするな。大した処分はくだらない」
「それならいいけど……」
「安心しろ。そんなことより、今は楽しめよ。お前の悲願だった、『友だちとの打ち上げ』だぜ」
「……うん! そうだね!!」
笑顔を取り戻した夕を見て、翔栄はどこかほっとした気持ちになった。
「あの《無限泡容》って呪文。あれ、陰陽道じゃないよね?」
「ああ、その通りだ。五星院秋久という東京五星院家の陰陽師が開発した、現代実践魔術の呪文だ」
夕が「陰陽師なのに、現代実戦魔術ができるの?」と首を捻る。
「『制約』を外して、現代陰陽道と現代実戦魔術の二刀流になったらしい。それで、代々継承されていく十二天将の使用呪文として組み込んだらしいな。他の制約がかかっている五星院家の人間が、この呪文が使えるように」
「へえー……。すごい人だったんだね。でもその人、東京の家の人でしょ? 京都の君がどうして使えるんだい?」
「秋久の才能は、東京・京都両方の垣根を超える凄さだったようだ。当時、A+級相当の陰陽師ですら歯が立たなかったみたいだぜ。そのため京都家でも、この呪文を唱えられる十二天将が継承できるようにしたんだよ。当時まだ子どもだった、五星院真に継承させてな」
「十二天将の継承って、普通親からだよね? 君のお父さんの真さんと秋久さんって、どれくらい離れている親戚なんだい?」
「三従兄。八親等っていったら魔導民法上は親族じゃないレベルで離れている。それだけ、秋久の才能がすごかったってことだ。……悔しいが、真の方もな」
それから翔栄は「あと真と秋久は仲が良くて、真が秋久のことを尊敬の目で見ていたらしい。どうでもいいがな」と付け加えた。
「へえ……。だけど、君がこんなに家族のことを喋ってくれるのすごく意外だな」
「この程度のことは、家の外の人間でも知っている。自分で言うのもなんだが、五星院家は有名過ぎるからな」
注文したものも出揃うと、口数が減った。
翔栄にとって外食は珍しいことではないのだが、今日のは妙に美味しく感じられた。
「ねえ」
不意に夕が言った。その顔は、少し強張っていた。
「それで、お兄ちゃんは……」
どこか言い淀むような言い方だ。
夕と落ち合った翔栄は、一番に彼が無事であることを伝えた。そこで一安心してくれなければ、今のような和やかな雰囲気の打ち上げはなかっただろう。
しかし、宇隆のことで懸念しているのはケガだけではない。紅の暁の活動そのものだ。
「猫寺師とは縁を切って、巨椋を始めとした過激な連中は次の行動に参加させないそうだ」
その翔栄の言葉を聞いて、夕は顔を綻ばせ「そっか」と言った。
「それなら、もうお兄ちゃんは心配ないかな」
「まだわかんねえがな」
「だけど、友だちと一緒にこんな『やり切って楽しい』気持ちになったの、生まれて初めてだよ。あんまり役に立てなかったけれど」
「何だ急に。気持ち悪い」
それからフォローするように、「お前は十分役に立ったよ。自分を下げるような発言はやめろ」と言った。
「えへへ。そう言ってくれると、嬉しいな」
そんな他愛もない話をしていると(……紅の暁の連中もこういうぬくい雰囲気が楽しくて、デモに参加していたりするのか?)などと、柄にもないことが翔栄の頭を過ぎってしまった。
★
今回のデモで逮捕された面々は、陰陽保安局本局庁舎から蒼木にある新東京拘置所に護送されようとしていた。地下5階にある留置場がいっぱいになってしまい、収容できないからだ。護送される容疑者のなかには、猫寺師と手洛田もいた。
ンネは彼らが護送される車両を、白金と紅火の境界部分にあるビル群の一つの屋上から見ていた。その左手には双眼鏡が握られていて、真っすぐ護送車の方へと伸ばされた右手は、薬指と人差し指でパチンコ玉が挟まれ、中指と親指で鉤が作られていた。言うまでもなく、「指弾」の構えである。そして耳に装着したワイヤレスイヤフォンでは、匿名通話アプリ「ハイデレフォン」でトゥエットと通話していた。
「この角度っすか? トゥエット」
『もう少し……、左へ2度』
指示通り角度を修正する。
そのとき、双眼鏡の視界に手洛田の姿が見えた。完全に消沈した様子で、「どうにでもなれ」と言った顔をしていた。
「見えたッス」
『撃って!』
ンネはトゥエットのサポートに従って、中指を放った。
手洛田までは100メートル近く距離があり、どう考えても届くはずがない。
だが、ンネの場合は違った。
パチンコ玉が中指に触れた瞬間、それは水の球となった。そしてパシンッ、という衝撃波とともに、超音速の弾丸と化した水滴は――手洛田の側頭部に穴を空けた。
〔ツェジール・ヴァサー〕。それが、タンザニア南東部で信仰されていた蛇神ボケロの使者である精霊ホンゴの異能者であるンネの異能だ。
あらゆる金属を水に変えて、任意の運動エネルギーを加えて操作する。加えられるエネルギーの上限は、12メガジュール。90式戦車が120mm滑腔砲で徹甲弾(APFSDS)を発射したのと、ほぼ同じ威力である。
仕事を終えたンネは、何事もなかったかのように屋上を去って、階段を降りていく。この辺りで階段に防犯カメラのないビルは、下調べ済みだ。
(あとは、この混乱に乗じてΛ・スピーカーが逃げ出してくれれば、作戦は成功ッス)
しかし、この作戦を実行した動機はそれだけじゃなかった。
手洛田は、ンネ個人としても殺したい相手だった。
タンザニア術師界ヴィクトリア自治区の最貧困地区に生まれたンネは、まだ赤ん坊であるうちに家族によって人身売買ギャング術師結社に売られた。ギャングと対立する反政府術師結社に助けられた彼女は、子どもの頃からギャングとの戦いに明け暮れた。だがある日、瀕死の重傷を負って【絡繰】に捕まり、異能者として改造された。
そのような経歴を持つ彼女にとって、若者や子ども、女性を食い物にする手洛田はどうしても許せなかった。
『ねえ』
不意にトゥエットが話しかけてきた。
『サリタとカテリーナも動き出したって』
「!」
ンネが目を見開き、顔が蒼ざめる。
何故なら、サリタたちの標的は――
★
夕は、浮足立って帰路へ着こうとしていた。門限まで時間がないので、早足で歩く。
(こんな日が、いつまでも続けばいいのにな)
友だちと一つのことを成し遂げた達成感が、いつまでも胸を満たしていた。
そんな快い気分で、寮に戻ろうとしたそのとき、だった。
――ガッ。
突然、見えない何者かにに自分が羽交い締めにされ、首にチクッとした刺激を受けた。
「!」
夕は、パーカーのポケットに入った五気符を短縮詠唱しようとした。
(あ――れ――)
だが意識の混濁がすぐに来てしまい、頭の中で「式」「陣」「呪文」がまるで組み立てられなかった。
そして夕の視界は、闇に包まれた。
★
「21時48分……被疑者死亡」
手洛田の遺体を前にして、陰陽保安士の一人がそう言った。
「どこだ! どこからの狙撃なんだ!!」
護送を取り仕切っていた陰陽保安士がそう喚いた。
「ライフルじゃない……。水気の霊波動を感じた。術だ!」
「こんな正確かつ威力のある狙撃ができる術師が早々いて堪るか! マガツの川天狗ですら、ここまでの力はなかったぞ!!」
現場は混乱していた。
そしてその隙を――猫寺師こと和谷露陣は見逃さなかった。
バキッ!!
両手首に施された手錠を、力づくで千切った。
「き、貴様ッ」
陰陽保安士たちが色めき立ち、各々K&H B9 九星や五気符を取り出そうとする。
その時、極めて面妖な変化が露陣に起こった。
めぎゃっ。めきめぎ、めきめきめきめぎめぎめぎ、めごめごべこめぎょぼこぼごおッ――
露陣は顎の下から腹までばっくりと裂けて、肋骨が触手のように一本一本独立して動き出した。そして剥き出しになった胃に口ができて、歯を覗かせた。
「なっ――ばら」
取り囲んでいた陰陽保安士たちは皆一様に、身体の一部を尖った肋骨で抉り取られた。致命傷を負った者はその場に崩れ、即死を免れたものはパニックで絶叫をあげた。
「かはっ、ごひゅっ」
首に穴を穿たれて口から喉からしとどに溢れる血を抑えていた保安士は、瀕死の状態でそれを見た。
触手のような肋骨で斃れた保安士の胸を抉り、心臓を直接胃の口に運んで咀嚼していた。
「ふう」
文字通り腹が満たされた露陣は、大きく屈んで――
ダンッ!!!!!
そのまま10メートル近くをひとっ跳びした。
それが、保安士が最期に見た光景だった。
★
ポーン。
翔栄の貸与された新しいスマホに、差出人不明のメールが来た。
「……?」
このアドレスは、公務でしか使っていない。したがって、迷惑メールでも送られてくること自体が問題なので、確認せざるを得ない。犯行予告である場合もあるのだ。(なお、エルワンからも何通かメッセージが来ていたが、確認したら今日の話を聞きつけての説教だったので、シカトしている)
その本文を読んで――翔栄は瞳孔を開かんばかりに瞠目した。
群青夕は預かった 蒼木倉庫街 第十六区画C倉庫にて待つ 口外したら夕は始末する
「……!」
メールには、画像が添付されていた。安全なセキュリティ・プレビューフィルターを通して、画像を確認する。
そこには、猿ぐつわをされて両手足を縛られた夕の姿があった。
バキッ!!
翔栄は握力と霊力場で、スマホを粉砕してしまった。
誰がこんなことをしたのか。それは、考えるまでもなかった。
「……猫寺師ィ!!!!!」




