Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(6)
(この声……五星院翔栄!! なんでここにいるの!? このヤマ、アンタが出張るほどなの!?)
デモの後列の方にいた、圭子は、混乱の渦中にいた。
彼女はデモが始まる前、霊波動で遠隔で盗聴できる霊力場を作る呪文、《サイブレーティブ・ワイアタップ》を、巨椋の着ているパーカーにこっそりとかけた。だが、聞こえてくる音のなかに知っている声を聞き取ったのだ。京都五星院家の惣領である、五星院翔栄である。この諜報作戦に彼が加わっているなど、知らされていない。
「な、なんだアイツは……」
「五星院翔栄って、有名な陰陽師だよ! アタシたちよりも年下なのに、陰陽保安士なんだ……!」
「で、でも警察なら、私たちの味方じゃ……」
「何あのロン毛。ちょっとイケメンじゃない?」
困惑の表情で翔栄を見る、飛行部隊の女子たち。
どうやら自分たちに都合良く計らってくれるように思っているようだ。
だが、翔栄の思惑は違ったようだ。
「《後三水神、凶将・玄武――再召喚申!》」
翔栄の目の前に青い円陣が現われる。
そして右手に喚起した玄武を、円陣へと再召喚した。真っ黒な甲羅を持った巨大な亀が現われる。その尾は長大な大蛇であり、身体に巻き付いている。
【十二天将「玄武」 Genbu】
戦闘力 S2(攻撃 S1 体力 S2 射程 E 防御 S5 機動 E 警戒 A+)
霊力 S1 力場安定性 S 教養 C 技術 A+ 崇高 A 美 D 忠誠心 E 使役難易度 I
五行:水 干支:子 吉凶:凶将 所掌:遺失物・盗賊
ヒュバッ!!
尾っぽの大蛇が空の夏南界隈女子たち目がけて高速で伸長した。大蛇は無数に枝分かれして、それぞれが一匹の蛇となって彼女らの飛行箒や胴体に巻き付く。
「ヒッ!」
「ぎゃっ! ヌルヌルして気持ち悪い!」
〔蛟尾の縛〕。尾の蛟を自在に伸ばし、枝分かれさせて、相手を拘束する、玄武・第二の能力である。
(「体制側なら味方をしてくれる」「空中なら自分たちに分がある」という油断も利用して、S2級相当の召喚精霊で一気に拘束するか……。さすがに京都の惣領ね)
圭子は、思わず感心した。
「よし! 今のうちに追撃だ!」
反アンシーライズ騎士団の一人がそう言って、妨害側の方へ前進しようとした。
それを爪詰は「よせ!」と止めようとしたが、聞いていなかった。
ベキベキベキベキ――ブッシャアアアアッ!!
だが、反アンシーライズ騎士団の軍勢と夏南界隈の間のアスファルトに亀裂が走り、そこから五メートルを超す噴水が並んで噴き上がって隔てられた。
玄武・第三の能力〔金生噴壁〕である。地中の水道管を、金生水の法則に則って水に変化させ、その間隙から水圧によりアスファルトを砕いたのだ。
「ぎゃっ! 水圧が強すぎて手が折れる!」
「くっ……。これでは通れん!」
カウンター側とバックラッシュ側、双方の動きが止まったのを確認するや否や、翔栄は朱雀の〔響波鳴声〕の対象を自分に定めた。
『全員その場で止まれぇ!!!!!』
騒然とした夏南に、翔栄による静止の呼びかけが轟いた。
そして、縦開き式のバッジホルダータイプの身分証を懐から取り出して、呈示する。
『特務陰陽保安士の五星院翔栄だ。このデモは、即刻中止しろ。さもなくば、デモ隊側も妨害側も全員逮捕する』
★
「なんだよ、あの黒いの……」
隊列の真ん中の辺りにいた火村は、中空に浮かぶ黒い半袖のレザーブルゾンを着込んだ少年――翔栄を見ていた。
突然のバックラッシュ的な襲撃に対し好戦的に迎撃する反アンシーライズ騎士団に対して、火村はもやもやとした気持ちでいっぱいだった。醜い憎悪煽動の贖罪のつもりで「争いを止める」この活動に加わったのに、やっているのはまた「争い」という矛盾に堪え兼ねかけていた。もう、この場から逃げ出したいとさえ思った。
だが、そこへ翔栄が介入してきた。感覚勁路が鈍いため、引き起こしている現象を見て「何か強そう」ぐらいにしかわからなかったが、そのきびきびとした態度で警察関係者であることが察せられた。そのうえ「逮捕」という言葉を聞いて、その場に留まることにした。
「ちょっと! 妨害されているのはこっちの方! 勝手なことしないで!!」
先頭の方にいた巨椋が、翔栄に食ってかかった。だが、昨日よりも少しばかりトーンが弱いように聞こえた。
すると翔栄が、くるりと隊列の先頭を向く。
『旭宇隆、巨椋を抑えておけ。さもなくば、二人とも逮捕するぞ』
ここからだと宇隆の表情は見えない。だが、巨椋の肩に手をかけたことから、制止の命令に従おうとしているのだろう。巨椋も宇隆の手は払うが、それ以上何かをしようとはしない。
水の壁の向こうを見ると、騒ぎが起こっていない。それだけで、ただ一人だけ妨害部隊の隊列まで進撃していた猫寺師までその場で止まっていることがわかった。彼が暴れているなら、もっと騒がしくなっているだろうし、また翔栄や魔導警察が全力で制圧しに来るだろうからだ。
そして気になるのは、魔導学校の機動隊員までもが、どこか所在なさげにしていたところだ。恐らく、この翔栄の乱入が想定外だったのだろう。
(オレ、こんな風に状況を冷静に見られる人間だっけ? いや、白銀衆の活動で鍛えられたのか)
そう思い、(皮肉だな)と心のなかで自嘲した。
妨害側も行動を止める。空中で玄武の尾で縛られた女子たちは、ゆっくりと地面へ安全に降ろされる。
やがて両陣営は、完全に止まった。
すると翔栄も、噴水の壁を止めた。
全てが制止してもなお、翔栄はしばらくのあいだ両方を睨みつけ続けた。
どちらの側も「まだ喋らないのか」と痺れを切らしかけたその時、
『……俺も一歩間違えりゃ、夏南界隈に加わっていただろうな』
と、突然言葉を発した。
何故そんなことを言うのか。意図が分からないまま、両陣営は翔栄の言葉を静聴する。
『だけど、わかるなんて言わねえよ。そこまで恥知らずにはなれねえ』
そう翔栄が言うと、夏南界隈から「うるせーよ、バーカ!」という罵声が響いた。
その一人を皮切りにして、次々と妨害側の若者や子どもが罵詈雑言を浴びせかける。
「お前のような魔導貴族のボンボンに、おれたちのことが分かってたまるかよ!!」
「イミフなんだよ! 自分語りしてーだけなら、Wisperにでもつぶやいていろよ!!」
「運が良かったっていいてえのか!? あぁん!?」
魔導大衆党党員の大人たちは食って掛かる夏南界隈の子どもたちとは対照的に、「おいやめろ」「ここは黙っているんだ」と彼らを押さえつけようとした。
『そのとおりだ。俺は運が良かった』
翔栄は、応答するように言った。
そして――
『ク、クカカッ……ヒャハハハハ!!!!!』
翔栄は盛大に哄笑した。
『そーだよ!! 運がいいヤツは運の悪いヤツらを好きにできるってこった!!』
その言葉に、夏南界隈からブーイングが起こる。
「なっ……テメエ!!」
「降りてこい! ぶっ殺しやる!!」
すると翔栄は間髪入れずに『テメーらが推してる手洛田っていう、お山の大将みてーになぁ!!!!!』と、叫んだ。
夏南界隈の若者や子どもたちは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をする。
そして、いきり立つ前に『おい手洛田ァ!!!!!』と罵声をあげた。
『てめえ、今これ見てんだろ!! 身寄りのねえガキどもにツケ払わすため鉄砲玉やらせて、挙句の果てにゃ魔薬の運び屋や実験台の闇バイトまで斡旋しやがって!! ネタは上がってんだよ!!』
応答が返ってこない。
「え……? 闇バイト?? マジ??」
「たしかに、これに参加したらツケを減らしてくれるって言ったけど……」
「クミがこないだ物をコインロッカーのなかに入れるだけの簡単なバイトしたって言ってた。まさか……」
聞こえるのは、夏南界隈のざわつきだけだ。
『ホォー……? まだ、雲隠れするつもりかあ?? 恥ずくねえのかよてめえ、何も持ってねえガキどもを盾にしてよ。何が日本を直そうだ、治すのはてめえの性根だ!! このクソ野郎が!!!!!』
そのとき、遠くから「《ギラギラ・アポーツ――ガルガリン》!!!!!」という若い男のがなり声がかすかに聞こえた。
黒い塊が、妨害側の隊列の向こうから飛んでくる。
それは放物線を描きドンドン大きくなって――黒塗りの高級車であることが視認できた。
――逃げなきゃ。
避難の思考が火村の頭を過ぎる火村。だが、足が動かない。竦んでしまっているのだ。
やがて脳裏に「死」の文字が浮かんだその時、それは起こった。
『〔克金颱昇華〕!!』
翔栄はガルガリンに向かって左手の刀印を向けて、そう命じた。対象の金行に分類される物体を一つ破壊する、騰虵・第一の能力だ。勁路負担率15。
ヴォオウッ!!!!!
すると中空でガルガリンは爆炎をあげて、チリ一つ降らさずに炎の渦となり、曇天の彼方へと消えていった。あれだけ大きな自動車が熱で昇華したというのに、嫌な臭い一つしない。有毒ガスの大半が発生しないほどの高温度で昇華されたのだ。残りカスは、もう成層圏にまで達してしまっている。
『うるせえんだよ!! このV系気取りの痛いクソガキが!!!!!』
さっきと同じ声質の怒鳴り声が、妨害側の隊列の向こうから道路一帯に反響した。どうやら拡声呪文をあちらも使っているらしい。
『ククク……、本性を現したな手洛田ァ! テメエ今、俺が対応できなかったら死人が出ていたところだぞ!!』
そして翔栄は、またしても夏南界隈に呼びかけた。
『おいお前ら!! まだこのバカの言いなりになって、命とプライドまで使い捨てにされてえのか!! それが嫌なら大人しく投降して、管轄の役所や福祉のお世話になりやがれ!!!!!』
★
(チクショウ……!! 足がつかないために、寄る辺のないガキどもを使っていたのに……!)
手洛田は憤激していた。飛行箒の柄の部分に立ち上がったまま、身に着けているブレスレット型の霊波式遠隔操作用リモコンで発進させる。靴はシャフトスタンダーという、靴と柄が重力霊力場でくっつく特殊な魔道具となっている。
(だがバレた理由なんてどうでもいい。陰陽保安士に魔薬のことを突き止められた以上、言い逃れなど無駄だ。このままじゃ俺は、ヨアルデパストリス・カルテルの背後にいる【絡繰】まで辿られるだろう。こうなったら、五星院翔栄だけでも地獄へ道連れにしてやる!!)
空中を疾駆すると、波が引くように人が引いていく。そして、五星院翔栄の顔がはっきりと見える距離にまで近づいた。
「ホォー……、自首しにきたってことか。その殊勝な態度だけは褒めてやるよ」
そこには、黒いブルゾンを羽織った少年が待ち構えていた。もう拡声術は使っていなかった。
『うるせえ!! これでも食らいやがれ!! 《メガロブラスター――MAX》!!!!!』
手洛田は、杖を構えて全力で唱える。
杖の先から、目もくらむような光が放たれる。極太の霊力場レーザーが、翔栄に襲い掛かった。
だが、夏南界隈女子飛行編隊を抑え込んだのと同じ水の盾が出現し、簡単に防がれてしまった。
「《メガロブラスター》……。物質に浸透した極大の熱線で粒子状に解体してしまう火力呪文。現代陰陽道では『火気』と解釈される。だったら、玄武の〔水鏡の盾〕で十分だ。そんな定番の火力呪文、陰陽保安士が対策してないとでも思ったか?」
綽々とした様子で説明する翔栄。
ところが、であった。
「今だ!」
手洛田はそう合図すると、隊列の最前列に派手な衣装を着こんだ一団が出てきた。恐らくは、「アタラクシアン」のスタッフと思われる。彼らは小瓶をポケットから取り出した。
「《Set, All》!!」
そして、この手洛田の指示呪文を合図として一斉に投擲した。
「《トリトリー、ディオディオー、モノモノ――》》」
「! ――玄武! 《無限泡容――投げられた全ての小瓶》!!」
翔栄がそう命じると、玄武はしわがれた声で「《無限泡容――投げられた全ての小瓶》」と呪文を詠唱した。
すると放物線を描く小瓶は全て、弾力のある泡に包まれた。
喋ることのできる召喚精霊は珍しくないが、今はそんなことに構っている余裕はない。
「――《ポォオオオン》!!!!!」
手洛田が最後の詠唱を終えると、泡の中の小瓶の栓が一斉に抜けた。
ジュウウウ、という何かが焼ける音が泡の中で響いた。
「なっ――」
手洛田は驚愕した。
瓶に入っていたのは、アイスランド・グリーンドラゴンの胃液だからだ。それに耐えうる泡を、あれだけの数だけ一瞬で生成するとは。
玄武の力量に慄いていると、その視界が鉄拳によって塞がれた。
バキッ!!
手洛田は「ぬがっ」という悲鳴をあげて、空中でもんどり打つ。
そして翔栄に、ワイシャツの襟首を捕まれる。
『テメエ……、仮にも魔導院議員様がアシッドアタックを民草に対して党員にさせるとはな。世も末だぜ』
翔栄は再び拡声術を使っていた。
翔栄の声にさっきまでの余裕は見えず、ひどく冷え切っていた。
そして――
「ばげらッ!!!!!」
追加の鉄拳を食らった手洛田は、盛大に鼻血を噴き出した。
「そんな……中身はゲラゲラダケの抽出液だって聞いていたぞ!」
「なんてものを投げさせるんだ手洛田さん! 俺たちに人殺しをさせる気か!!」
党員たちやスタッフたちからブーイングが響く。
夏南界隈の若者や子どもたちも、冷ややかな目で手洛田を見ていた。
もはや、四面楚歌の状態であった。
『不逮捕特権のある魔導院議員だが、院外における現行犯は例外だ。――手洛田ァ! そして金魚のフンどもが!! 暴行罪で全員逮捕する!!』
それから魔導警官たちに向かって、『てめえら何をボーッとしてやがる! 現行犯だッつってんだろ! さっさと仕事しろ!!』と叱り飛ばした。
当初は紅の暁の学生たちに向けていた敵意が、一気に妨害側の夏南界隈や魔導大衆党の党員たちに向かう。
『手洛田厦堂、手洛田厦堂。あなたを暴行罪の現行犯で逮捕します。すみやかに飛行箒を降下させなさい。繰り返す……』
魔導警官の一人がスピーカーで手洛田に命ずる。
呆然自失の面持ちでぐったりとした手洛田は翔栄に降ろされ、そのまま魔導警察官たちに引き渡された。




