Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(5)
紅の暁の主催するデモの参加者は、フローティングアイランド離着陸場公園に集合していた。いまスピーチしているのは、第二次世界大戦の空襲で戦災孤児となった化け狐の女性である。
――爆弾が直撃した私の母と妹は……、変化が解けた狐の耳しか残りませんでした。
――焼夷弾の降る中、ひどい火傷を負って『助けて、助けて……』という人をいったいどれだけ見殺しにしたでしょう。
――戦争を生き延びた先に待っていたのは、ヒトの孤児と亜人の孤児同士の縄張り争いです。お腹を空かせた子どもたちが、店や闇市から盗んだ食料を奪い合って……。
――「戦災孤児」で「亜人」というレッテルは、術師界が成立して、社会人になってもまとわりつきました。やれ「かわいそうに」、やれ「素行が悪そうだ」……。
――もう二度と、こんな思いをする人をこの国に生み出してはいけません。軍靴の音が再び鳴り響くのを、止めなくてはならないのです。
宇隆はその演説を聞いていて、申し訳ない気持ちになる。
彼女の言っていることは正しい。というより、誰も反論などできない。大切な人を理不尽に殺され、筆舌に尽くしがたい苦労を強いられた戦後を生き抜いた彼女は、紛れもなく反駁的実存性の体現者と言っていいだろう。
そんな彼女をダシにして、自分たちの浅はかな自己満足に突き合わせていいのだろうか。
宇隆の頭の中は、ぐるぐると蟠っていた。
『野狐さん。貴重なお話、本当にありがとうございました。――さあ、それじゃあ時間も迫って参りました! いよいよ出発になりますが、合言葉は覚えていますかぁー!?』
体格の良い金髪のチャラ男――木島が参加者に向かってトラメガで呼びかける。
「「「「「本気で止めよう!」」」」」
『それな!!!!! じゃあ行くぞぉ、「本気で止めよう! 両界防衛法反対アクション」!!』
うおおおお――ッという歓声があがり、参加者が既定の位置に整列していく。
肩を叩かれた。振り向くと猫寺師がいた。そのかたわらには、爪詰の姿もあった。
「先頭、気張れよ」
猫寺師にそう言われた宇隆は、不安で張り詰めた表情をしつつも、「はい!!」とカラ元気で返事した。ここで腑抜けた返答をしていたら、軽めのボディブローが飛んでいただろう。
宇隆は先頭へ向かう。
すると、見覚えのあるワインレッドの髪の少年を見かけた。
(昨日の男子だ)
その顔は、どこか元気がなさそうだった。
だが構ってあげている暇もないので、一瞥するだけで通り過ぎた。
ようやく前の方にいくと、既に先に行った巨椋の姿があった。
キッ。
目が合った。
「腹括りなよ」
釘を刺された宇隆はウッ、となった。
(そうだ……。何が間違っていようと、ここまで来たらやるしかないんだ。その旗振り役は誰か。……僕しかいない!)
そうしてデモ隊ができあがる。
目の前には、デモ隊を先導する魔導警察のミニバンが鎮座していた。その前には、自分たちを威圧するように防護服に身を包んだ魔道機動隊が並んでいた。
腕時計を見る。道路使用時間まで、あと5秒。
4、3、2、1……
機動隊が妨げていた道を空けた。出発の時間だ。
スウッ――宇隆は息を大きく吸い込む。そして、トラメガに向かって鬨の声をあげる。
『出、発、だぁぁぁ――ッ!!!!!』
★
翔栄の眼下の、遥か下にいたデモ隊が道路に進みだした。それはさながら、平安京の朱雀大路を練り歩く百鬼夜行のようであった。
ブーッ、ブーッ……
買ったばかりのスマホに、通知が入った。夕だった。
PSINEのチャット機能でメッセージが来た。
“動き始めたね”
翔栄は速攻で返信を送る。
“黒水魔導大学正門前に近づいたら合図を出す”
★
『汎人、術師、再び混じる二つの世界。無視されるは、広がる格差。推されるのは、人死ぬ兵器。フ○ックな法律、通すぜ政府。言うぜおれたち、やめろよ政府。政府はNo-think。民意はNothing。You say, 法案! We say, 廃案!』
新東京自治区北部のビジネス街、黒水。
デモ隊が黒水魔導大学の前、二つ目の大きな交差点に差し掛かろうとしたしたときだった。
ザーッ……
「!」
宇隆の霊波トランシーバーに、送信が入った。
『こちら猫寺師。夏南界隈に先回りされて、魔導警察から指示が出た。白金草原魔導病院方向へ曲がれ。』
「!?」
宇隆は混乱に陥った。
魔導警察に提出する道路使用のルールとして、「ルート変更は厳禁」だからだ。万が一あるとすれば、警察からの指示がある場合のみだ。
だが、デモ隊と並列する機動隊に動きはない。先導しているミニバンも他の警察官も、誘導を変えようとしている様子がない。
宇隆はこの状況から、一つの予断にいたった。
――術で猫寺師の声を真似た人間による妨害だ。
宇隆は即行で、猫寺師にPSINEで「猫寺師さん、いま僕の霊波トランシーバーにルート変更の指示しましたか?」と送った。
すると、ポーン。と、混乱する宇隆のスマホに通知が入った。
猫寺師からのメッセージだ。
“妨害だ。俺の声真似をしているヤツによるデマだ。そのまま行け。誰にも言うな”
宇隆は「了解しました」とだけ送った。
そのとき、背後がざわついた。
「猫寺師さん……? 後ろに夏南界隈のヤツらがついている……?」
「前からも来てるって、どういうことだ!?」
「宇隆さん、ルート変更って何考えているんだ!?」
「私そんなこと言ってないよ!」
どうやら自分と同じようなことが、他の紅の暁のメンバーにも起こったらしい。
混乱が大きくなってくる。
まずい。
そう思った宇隆は、トラメガで声をあげた。
『みんな騙されるな!!』
そうして、混乱を抑え込むための指示を出す。
『誰かが電波を乗っ取って、僕や猫寺師さんの声を真似たデマを飛ばしている!! ルート変更なんてしない!! 通話には一切出るな!! 僕と猫寺師さんのトラメガだけを信じろッ!!』
そうだ。
ルートは決まっている。もし本当に夏南界隈の連中が襲ってきても、そのために猫寺師さん反アンシーライズ騎士団がいるんじゃないか。何も気にせず、デモを完遂するだけだ。
そう思い直した宇隆は、デモを続行させた。
★
「対策されちゃったね」
夕がPSINEの通話機能を使って翔栄にそう言った。
『ああ。思ったより早く立て直されたが、問題ない』
夕がいるのは、寮の自室である。
彼女はいま、翔栄と霊力場共鳴の状態にあり、朱雀と交信している。朱雀からは霊波動によって、ハッキングしたトランシーバーやスマホで使っている霊力場の種類が伝えられる。すると、実際に発声するだけで、対象の相手に自分の声が伝わる仕組みになっているのだ。
〔盗波鳴響〕。この朱雀の第二の能力を使って、翔栄と夕の二人は電波・霊波の乗っ取りを行い、デタラメな指示を紅の暁のデモ隊に出して混乱を起こし、デモを中止させようと画策していた。さっき宇隆のトランシーバーが受信した猫寺師の声は、夕の声である。
『〔盗波鳴響〕が破られた以上、フェーズ2に移行する』
★
デモ隊は、黒水魔導大学の前を通り過ぎる逆三角形の区道2号から円状になっている区道1号へ切り替え時計回りにぐるっと回る。そしてイラン人コミュニティがある蒼木西部エリアを通り過ぎて、三角形の区道3号に出る。そこから三角を描くように区道3号を渡り、紅火に差し掛かった。そして夏南を通り過ぎる交差点に出たその時、であった。
パンッ、パパンッ。
ミニバンの前に、爆竹が破裂したような火花と音が立った。
『全体、止まれ!!』
拡声呪文によって声量を強化された先導係の魔導警察官が指示を出した。
その直後、それは起こった。
『魔導大衆党の手洛田だ! これ以上、反日左翼・売国奴のてめえらの好きにはさせねえぜ!! こっから先は行かせねえよ!!』
天から、声が降ってきたのだ。
そしてまたしても、目の前で火花が上がった。
『確認がとれるまで、デモ隊を動かすな!!』
魔導警察の指示により、デモはストップされた。
宇隆は唸った。
これは本当に、手洛田とその一味による襲撃なのか?
いや、違う。
さっきと同じ術師による、手洛田たちのせいに見せかけた妨害だ。
五分ほど待っていると、先導係の魔導警察官から指示が出た。
『ルート変更! このまま2号線に入り、当初予定していた術師界大魔導図書館前のゴール地点でデモを終了とせよ!』
すると宇隆が『何故変更なのですか?』と訊いた。
『安全が確認できないからだ!』
その返答を聞いて、宇隆は食い下がるどころかホッとした。
そのルートなら夏南の周辺を廻ることがないので、想定していた夏南界隈との激突は起こらないだろう。
『みんな、聞いてくれ!』
宇隆はトラメガで叫んだ。
『魔導警察から指示があった! このまま直進せず、区道2号へ左折する!! 理由は、安全が確認できないからだ!』
それから傍らにいた女子学生に『ミンジさん!! 後ろに伝えてくれないか! 左折して区道2号に僕らは入る!』
ポーン。
スマホに通知が入った。猫寺師からのメッセージだった。
“食い下がれ。ルートを変更するな。”
「……??」
できるわけないだろう、と宇隆は思った。
道路使用において、魔導警察の指示は絶対だ。これを守らなければ道路交通法違反となる。自分よりもずっと場数を踏んでいる猫寺師が、そんなことを知らないはずがないはずだ。ルート変更したら都合の悪いことでも、あるというのだろうか。
宇隆がそんなふうに訝っていると――それ、は起こった。
「「「「「くたばれ――ッ!! 反日売国奴ども――ッ!!」」」」」
突如、罵声を浴びせられかけた。
夏南・零番通町のネオン立て看板がある北方面入り口から、杖を持った無数の若者や子どもが大挙して押し寄せてきた。夏南界隈による襲撃である。
★
(くっ……! 〔響波鳴声〕で、夕に手洛田の声を真似させたが、間に合わなかったか……!)
〔響波鳴声〕。朱雀・第三の能力であり、射程内の任意の場所で、任意の音量で自分の声を出せる術だ。これで夕に手洛田の声を真似させて、魔導警察にルート変更をさせることまでは成功した。
だが、本物の手洛田および夏南界隈たちの行動が思ったより早かった。いま翔栄の眼科で、紅の暁と夏南界隈が衝突し始めた。夏南界隈の後ろに控えている強面の男たちは、魔導大衆党の一般党員だ。
(いや……。考えようによってはこれはチャンスかもしれない。この混乱は、確実にデモを中止に追い詰められる。そうすれば、紅の暁の学生たちが儀式呪文の犠牲になることは避けられる)
そこまで考えたところで、夕がURL付きでチャットを送ってきた。
“どうしよう、Wisperでお兄ちゃんがケガしたって https-s://wisperXXX-XXXXXX”
翔栄はURLを開く。
「……!」
するとそこには、額から血を流す宇隆の姿があった。
翔栄は〔天游竜眼〕の力で、宇隆の方を見た。
そこにはたしかに、額から血を流して仲間に抱えられる宇隆の姿があった。
このことを伝えてきた夕の真意は、考えるまでもない。
――お兄ちゃんを助けて。
静観を決めかけていた翔栄の心が、ぐらりと揺らぐ。
(……〔焔花燦羽〕で両方に火花を当てて、双方を委縮させるか? いや、ダメだ。紅の暁側が崩れ始めたら、機動隊は一方的に逮捕するだろう。何故なら、夏南界隈および魔導大衆党員を突撃させるための抜け穴は、そもそも魔導警察がわざと作ったからだ!)
これで宇隆が逮捕されれば、一旦は助かることになる。だが、逮捕されて「正しいことをしたから権力の走狗に攻撃された」と増長した紅の暁たちを、猫寺師は間違いなく煽動して、次の計画に打って出るだろう。
それではダメだ。
ここで確実に猫寺師を失脚させて、宇隆から引き離す必要がある。
「……畜生がッ!!」
翔栄はミノルヴァ孛星を起動させる。マフラーから、虹色の排出霊気が噴き出す。ボディに跨り、左手でシンク・コレクティブ・グリップを捻って発進させた。
★
「宇隆さん! しっかりしてください!」
宇隆の後輩であるミンジが、額からの出血でふらつく彼を支えていた。鋭利な流線型の石が飛んできたから、恐らくは《リッパー・ストーン》だろう。
彼らの前では、反アンシーライズ騎士団が夏南界隈および魔導大衆党員と思しき者たちと激突していた。互いに杖でひたすら光線を打ちあったり、投石呪文を繰り返している。
魔導大衆党の党員たちは、比較的ガッシリした体格の人間が目立った。一方で夏南界隈の若者・子どもたちは、男女ともになよっとしたタイプが多かった。黒っぽい服や黒いマスクを着用した者が多く、あとはピアスを空けている割合が高かった。ヘアスタイルは、女子はピンクや紫のメッシュを入れているものが多く、男子は手洛田と同じようにマッシュヘアが多かった。
「行くぞガキども!! 反日左翼どもをぶっつぶせーッ!!!!!」
プロレスラーのように体格の良い男がそう叫ぶと、夏南界隈の若者・子どもが「あげ~ッ!!!!!」と応答した。
そして紅の暁や反アンシーライズ騎士団に杖を向け、呪文を連射しまくった。
「うるせーよっ、偽善者がッ!!」
「くたばれ売国奴!! 本当の日本人は、アタシたちや手洛田さんのような人だッ!」
「お前たちの救いたい貧しい人って、おれたちのことじゃねえんだろ!? だったら死ねやーッ!!」
罵声を上げながら突撃する子どもたち。
だが、《スタン・フラッシュ》を霊力の盾と、その分厚い筋肉によってものともしない猫寺師の圧倒的な力によって、次々と粉砕されていく。
「ぶげらっ!」
黒マスクにピアスバチバチという、黒ゴスとパンクを併せた独特のファッションに身を固めた女の子が、猫寺師の鉄拳を顔面に受けて鼻血を噴き出し吹っ飛ぶ。
魔導警官が何人も「おい、やめろ!」と猫寺師に絡みつくが、ものともしない。
「うっせーんだよバーカ!! 何もわかってねえガキどもがぁぁぁ!!!!! 水商売狂いやソシャゲ漬けになってるヒマあんなら、本読めバーカ!!!!!」
反アンシーライズ騎士団に守られた志野路が全力で罵倒する。
同じように縮筑も「帰れ!! ド腐れ脳みそが――ッ!!!!!」と、親指を下に向けて罵声をあげる。
「せ、先生たち……。ダメだ……教師が、それ言っちゃ……!」
宇隆が気力を振り絞って掣肘の言葉を口にする。だが、二人の耳には届いていないようだった。
罵倒しているのは、教員だけではなかった。
「来るな来るな来るなヒトノコッ!! 名誉ヒトノコ――ッ!! 自分の肉を売るクソ豚どもがああああ――ッ!!!!!」
キレた巨椋が、夏南界隈に対して全力で怒鳴り散らす。
「テメ、今なんつった? 肉を売っているだと??」
「好きで身体をキモいオヤジに売ってるワケじゃねーんだよ、このクソお嬢様が!! 死ね――ッ!!!!!」
巨椋の言葉にキレた飛行部隊の女子たちが、上空から襲いかかってくる。反アンシーライズ騎士団も対空攻撃をするが、数が多くて何機かはすり抜けてしまった。
「いい大学入れて、小難しい本読めて、ブランド物買って、高い店で飲み食いして!! テメーらにアタシたちのことなんかわかってたまるかよ!!!!!」
上空部隊の女子たちが、デモ隊に向かって《ファイアボール》を連射する。そのうちの小さな一発が、巨椋に当たった。
「熱ッ……! やったなクソビッチがッ!!!!!」
巨椋が杖を出す。
すると「お前、何を出している!」と、それまで紅の暁の学生たちには手を出さなかった警官隊が、巨椋を確保しようと詰め寄った。
「巨椋さん……!」
かすむ視界がスローモーションに見える。
そして(ああ、もう終わりだ)と思いかけたその時――
キン、キンッ!
紅の暁の学生たちと夏南界隈女子空中部隊との中空に、虹色の流星がきらめいたと思ったら、瑠璃色の盾が出現した。それが、いくつもの火の玉や光線を遮った。
そして、盾の中央には漆黒の影が棚引いていた。
「何がしてえんだよテメエら……!!」
そこには、ミノルヴァ孛星に乗った五星院翔栄がいた。




