Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(4)
すると猫寺師は肩を竦めて、「やれやれ。今後は殺人鬼扱いですか」と呆れたように言った。
「疑うからには、証拠を出してもらわないとですね。あるんですか?」
「……うち二人は店からお前と出ていったところを、ウチの冬月と流山が見ている!」
「それじゃあ証拠にはなりませんね」
「グッ……。これ以上、何か起こったらウチは営業停止になりかねん! お前も二度、魔導警察から事情聴取を受けているだろう! 少しは身の振り方を考えろ!!」
「そう言われても、無関係なものは無関係なんで」
のらりくらりと追及を躱す猫寺師に対し、爪詰はギリギリと歯ぎしりをする。
「まあまあ、ワイルドターキー12年でも呑んで落ち着いてくださいよ。出陣の盃としてはやや贅沢ですが」
そう言って猫寺師は、ショットグラスに入ったバーボンを一気に呷った。
対する爪詰は頭を抱えていた。
(内側にしか向かない運動は、遅かれ早かれ衰退する。猫寺師はそんなこと承知で、あぐらをかいでいやがる……!)
猫寺師の目的は、組織を維持して自分の権威を保身したいだけだ。旭宇隆含む紅の暁の幹部格を始めとした一部のデモ参加者には、そのことが見透かされつつある。内部でさえこうなのだから、外からはもっと疑念をかけられているだろう。今回の行動は、恐らく失敗する。
(いや、成果なしで済めばまだいい。魔導警察や陰陽保安局からしたら、「いざとなれば警察の権威を利用する」という方法を戦術的にとってきた我々は、憎たらしい存在のはずだ。白銀衆という体制側の暴力装置がなくなった今、新たな武器として夏南界隈を利用する可能性すらある! もしそうなったら、反アンシーライズ騎士団も紅の暁も、解散に追い込まれるかもしれない……! そして恐らく、この狡猾な男は、そうなったときでも逃げおおせる算段がついているのだろう)
だが今更それがわかっても遅すぎた。もうデモは、明日に迫っているのだ。
爪詰は全く気が進まないものの、勧められたワイルドターキー12年をロックグラスに注いで、唇を濡らした。
★
紅火・夏南の零番通町。新東京自治区切っての歓楽街として知られるこの通りは金曜の夜だけあって、大いに賑わっていた。
各店は色とりどりのネオンを輝かせているが、その中でも一際目立つのが、区道3号線から入ってすぐ右手にある水商売系飲食店「アタラクシアン」である。5階建てのこのビルの入口は、ニューヨークのギリシャ復古風様式を彷彿とさせるような建築様式であり、とにかく人目を引いた。そして5階建てのこのビルは、「アタラクシアン」の完全な持ちビルなのである。
そのアタラクシアンの前に、霊動ハイブリット高級車・ガルガリンのブラックが停止した。
中から一人の男が出てくる。男は、上等なリネンを使ったチャコールグレイのスリーピースに身を固めていた。ヘアスタイルはややアレンジの入ったアッシュシルバーのマッシュと今風の水商売スタッフのそれだが、風格は年季を感じさせた。
「すみません、何の御用でしょうか?」
男のただならぬ雰囲気に、黒服の一人が駆け寄って確認に来た。
すると、別の黒服が注釈するように言った。
「馬鹿! かつてアタラクシアンで殿堂入りを果たして、オーナーにまで上り詰めた方だッ!!」
そう言うともう一人の黒服は、ザアッと青ざめた顔になり弁明する。
「え――するとこの人が手洛田様!? も、申し訳ございませんでしたあッ!!」
男――手洛田厦堂は、「いーよ。別に」と返した。
そうして手洛田は黒服につれられて、店内へと入っていく。
手筈通り、一番安く飲めるフロアにつれていかれる。そこには男性客もおり、本来ならこの店に入ることのできない年齢の少女の姿もあった。彼らは夏南界隈の若者・子どもたちだ。手洛田の姿を見るなり立ち上がって、歓声をあげた。
「わあっ、手洛田さん! 本物だ!!」
「Chan-tripのショート見てました!! 会えて嬉しいです!!」
「応援しています!! これからもずっと推し続けます!!」
手洛田は柔和な笑顔を浮かべて、一人一人にハイタッチなどのスキンシップを取った。
「ウェーイ! いいね、いいねー! お前らの愛、バンバンちょうだいよ!!」
背後で黒服が合図をする。
すると、カーテンの向こうから系列の水商売から呼んできた女性スタッフ二人が現われて、手洛田の両隣に侍らせた。
パチンッ。
手洛田が指をならすと、テーブルの上でピラミッドのシルエットになったクロスを黒服の一人がはぎ取った。それは均等に積み上げられたグラスタワーであった。
そこへ、金髪に染め上げたスタッフの一人がシャンパンを持ってきた。
「《トリトリー、ディオディオー、モノモノー、POM!》」
スタッフは、シャンパンの栓を抜く呪文の詠唱をした。
ポンッ! と音を立てて空中に飛んだ栓は、熱くない花火となって弾けて消える。
「「「ハイ! 注ーいで注いで注いで、ドンドン注いで!!」」」
周囲のスタッフたちが、頂上のグラスに注いでいく金髪のスタッフに向かってコールを上げる。全てのグラスにシャンパンが流れ渡って、シャンパンタワーの完成だ。
すると手洛田は、懐から杖をケースから取り出した。
「《ギラギラ・アポーツ――シャンパングラッシーズ》!!」
そう詠唱すると霊力場が展開されて、全てのグラスが消えた。すると、その場にいた一人一人全員の手に瞬間移動させた。
「「「「「カ・ド・ウ! カ・ド・ウ!! 生ける伝説、カ・ド・ウ!! 魔導院でも作るぜ伝説、カ・ド・ウ!! カッコいいジャン、ジャンジャン呑んで、カ・ド・ウ!!!!!」」」」」
スタッフたちのコールに合わせて、手洛田はグラスのシャンパンを一気に飲み干した。
「お前ら乗ってんね~!! その調子で反日左翼の売国奴『紅の暁』どもをギッタギッタにしてやろうぜえ~ッ!!」
手洛田がそう言うと、スタッフと夏南界隈の子どもたちが合いの手のコールを入れる。
「「「「「カ・ド・ウ! カ・ド・ウ!! 本物の日本男児、アンタだけ!!!!!」」」」」
★
夜も更けた頃。
チーム・シソーラスは、蒼木倉庫街の廃倉庫で猫寺師を待っていた。
「いよいよ明日か……」
カテリーナが言った。
「話を聞いても、未だに信じられねえよな。本当に上手くいくのか?」
すると、サリタが怪訝な声で応答した。
「でも……。上手くいかなければ、私たちは破滅です」
暗い声でトゥエットが述べる。
「大丈夫ッスよ。……そう信じ込まないと、やってられないッス」
ンネは伏し目がちに言った。
「シッ、猫寺師が来るわ。愚痴を聞かれたら殺されるわよ」
竜子が皆を制止させる。
暗がりから、大きな人影がこっちににじり寄ってきた。
猫寺師――露陣である。
「お待たせしてしまったかね?」
すると竜子は、「いいえ。今来たところです、Λ・スピーカー」と答えた。
「いやはや、若い者は元気でかなわん。まあ、儂も今はそこまで歳ではな……ゴバァッ!!」
そう言いかけたとき、露陣は激しく吐血した。そして心臓を抑えて、苦しそうにうずくまった。
「Λ!」
そのままドサリと横に倒れる。そのまま動かなくなった。
ンネが駆け寄り、首筋に触る。そして口元に手をやる。
「脈が止まって、息をしてないッス」
一同は、冷めた目でその光景を眺めていた。
竜子――いや、この場にいた全員が「このまま死んでくれないか」とさえ思った。
ところが、であった。
「ぶはあっ!」
露陣は息を吹き返した。
全員、心のなかで舌打ちをした。
「ぐ、ぐぐ……。この身体も魂もすり減り、満足に動けて術も万全に使えるのはあと二日が限界……。次の依代は完全に人間の規格を超えた霊力がなければ――『門』の保有者のような者でなければ、転生は失敗するだろうな。絶対に、明日の偽・五星六道祭は成功させねばならん」
ゆっくりと立ち上がる露陣がそう言うと、一同に緊張が走った。
「つつがなく終われば、基本的にお前たちがやることはない。むしろ依代に乗り移った途端、膨大な霊力場が展開され、有り余ってお前たちまで巻き込む可能性があるから、新東京自治区から出ていた方がいいとすら言えるな」
「それは……。さすがに、そういうわけにはいきませんよ」
竜子が力なく言った。
「どうなったか、見届ける責任がありますから」
「……おい」
猫寺師は不意に、竜子の顎をつかんだ。
「お前、この期に及んで信じていないわけではあるまいな? いいか新東京自治区の電力は、羽後自治区の発電所で賄われている。原発が停止した今、羽後発電所は一人の『門』保有者によって、補われているんだ」
「い、いえ。信じておりますとも、Λ・スピーカー」
竜子は今にも泣きそうな声で言った。
「フン、年寄りの戯言とでも思っているのではないか? ――いいか。『門』保有者による発電というプロジェクトは、儂が明陣の身体にいた頃から、生化学研究の一端として和谷製薬も関わっていたのだ。あの頃は、保有者のアテもなかったから仮説でしかなかったが、今はそうではない。確実に『門』保有者、それも『〔天秤〕持ち』が電力源となっている。それは、スキーム・リキッドも保障してくれたではないか! そして儂らが行動する前に別働隊を用意して、羽後発電所の数々の霊的結界にセキュリティホールを作ってくれるとも約束してくれた!」
竜子は、自説に舞い上がっている露陣に対して、絶望的な感情しか抱けなかった。
羽後発電所は、基柱派の管轄のなかでも最高レベルのセキュリティを誇る機関だ。いかに、【絡繰】のなかで最大の諜報能力を持つスキーム・リキッドとは言えど、造反者がそう簡単に侵入できるほどのセキュリティの穴を作れるとは思えない。
そもそも竜子は、露陣の後ろ盾にいるスキーム・リキッド自体を信じていなかった。
竜子がシソーラスであることを猫寺師に教えたのも、スキーム・リキッドだ。彼もしくは彼女は基本的に中立の立場で、自分の利益のためなら、基柱派にも反基柱派にも情報を渡す。だが、圧倒的に反基柱派がアドバンテージを得るこの計画の結末は、両者が拮抗状態で一番恩恵を得られるであろうスキーム・リキッドにとって不利益な結果になるのではないか。したがって今回のことは、反基柱派を炙り出すために、基柱派がスキーム・リキッドに通じて自分たちを誘導しようとしている。そのような罠としか、思えないのだ。
恐らくは露陣も、うすうすそのことに気づいてはいるだろう。だが彼の場合、自らにかけられた術の限界も近づいていて、この計画を完遂することでしか生き残る術がない。だから無根拠に、「いざとなればスキーム・リキッドさえも出し抜ける」とでも思っているのだろう。おめでたいことだ。
これだけ無能なくせに元経営者なだけあって、ある種の人たらしの才能、カリスマ性は持っているから、紅の暁や反アンシーライズ騎士団もコントロールできてしまう。そこの辺り、実に厄介だ。
はっきり言って竜子は、反基柱派の姿を見せぬリーダー・ガロに密告するか、もしくは反基柱派事態から離脱して基柱派に回帰したかった。
「儂が偽・五星六道祭を行い、新東京自治区の変電所を介して、羽後発電所に霊力場接続する。そうして、新東京自治区の電力源である『門』保有者を乗っ取る。この方法なら、いかに『天秤持ちの「門」保有者』の力が規格外とはいえ、奪われることを防ぐことはできまい。『制約』を課されて、電力供給以外に力を行使できず、電力網に拘束されているのだからな! これもスキーム・リキッドに教えてもらった!」
だが、それはできなかった。この頭の固い老人の無謀な賭けに付き合わなければ、自分たちが殺される。それほど、この若々しい肉体を持つ老人は強力無比で、間違いなくS4級以上の力を持っているだろう。こいつに勝てるエージェントもアルターも、チーム・シソーラスにはいない。
またこの老人は、術師としての実力だけでなく「他人の裏切りの臭い」にも敏感だ。少しでも、自分たち以外の誰かに漏らそうなどと行動すれば、たちまち露陣は勘付いて皆殺しにするだろう。
「案ずるな。全て儂に任せればよいのだ」
竜子は諦念に満ちたまま、成り行きを見守るしかなかった。
★
様々な思惑が交錯する夜が明けて――デモが始まる時刻が迫っていた。
曇天の下。新東京パフィシックビルディング裏の寂れた小さな公園に、翔栄は立っていた。そのかたわらには、制約のかけられた陰陽師でも飛行できる飛行箒「ミノルヴァ 孛星」があった。陰陽保安局本局より、拝借したものだ。
自身の身長の三倍はある柵の向こうには、新東京自治区の街並みが広がっていた。スカイハイ・ターミナルなどの交通機関や工場が立ち並ぶ産業エリアのなかに、芝生が広がったエリアがある。そこに、黒く蠢く群れがあった。紅の暁のデモ隊である。
ここは、新東京自治区の結界内を巡回して浮遊するフローティングアイランド。形は円錐型で、地面の面積は約2ヘクタール。高度はおよそ地上300メートルを維持している。移動速度は、毎時0.197キロメートル。ものすごくゆっくりと回転しながら、20時間かけて新東京自治区の外縁をほぼ一周する。島には飛行箒や飛行車両、その他公共飛行車両で離発着する。だが、新東京自治区は飛行箒類の操縦に法律で制限をかけられている。そのためフローティングアイランドに行くには、フローティングアイランドが最接近した際に一時停止する、五つのビルステーションから突き出したパイプラインを使うしかない。
またフローティングアイランドは、午前0時から4時の間は蒼木にある離着陸場に着陸する(離着陸場はフローティングアイランドがないときは公園として利用することができ、いま紅の暁がスタンバイしている)。スカイハイ・ターミナルとデッキによって接続され、電力と霊力が供給される。エネルギーの充填が終わったら、また衛星のごとく決まった軌道を浮遊するのである。
この人工島、実は和谷製薬の持ち物であった。当時は同社の研究施設と魔導警察の分署などを始めとした公的術師結社の施設があったのだが、会社の倒産とともに研究所を閉鎖。その後5年かけて、産官学連携施設である新東京パフィシックビルディングが竣工されたのだ。
「《前五木神、吉将・青竜》――急急如律令》」
翔栄がそう唱えると、彼の左目が青く光った。その目に、青竜を喚起させたのだ。
【十二天将「青竜」 Seiryu】
戦闘力 S2(攻撃 S2 体力 S1 射程 S2 防御 A+ 機動 S1 警戒 S1)
霊力 S2 力場安定性 S2 教養 A 技術 C 崇高 S2 美 S1 忠誠心 E 使役難易度 I
五行:木 干支:寅 吉凶:吉将 所掌:財産・お祝いごと・視覚
〔天游竜眼〕――青竜・第一の能力であり、遥か遠くも望遠鏡で見たように拡大されて見えるようになるのである。
続けて翔栄は、別の十二天将を左手に喚起させる。
「《前一火神、凶将・騰虵――急急如律令》」
【十二天将「騰虵」 Tosha】
戦闘力 S3(攻撃 S4 体力 S2 射程 S1 防御 S1 機動 A+ 警戒 A+)
霊力 S3 力場安定性 S1 教養 F 技術 E 崇高 SS 美 D 忠誠心 F 使役難易度 I
五行:火 干支:巳 吉凶:凶将 所掌:驚き・恐怖
翔栄は、詠唱を続ける。
「《前二火神、凶将・朱雀――急急如律令》」
【十二天将「朱雀」 Suzaku】
戦闘力 S2(攻撃 S2 体力 S1 射程 S4 防御 A- 機動 S2 警戒 S1)
霊力 S2 力場安定性 S2 教養 S1 技術 S1 崇高 S1 美 S2 忠誠心 D 使役難易度 I
五行:火 干支:午 吉凶:凶将 所掌:舌禍・文章・情報・電波
朱雀を召喚して即、第四の能力〔幻鳳威風〕を発動させる。
これで常人の見た目には、翔栄の右手人差し指の先で幽かに赤い閃光が放たれた以上の何かを感知することはできない。
朱雀はその翼を広げ、分厚い雲の彼方へとあっという間に消えていった。
「フン……、動き出して見ろ。止められるのはテメエらの方だ」




