Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(3)
火村の問いに対して、宇隆は「ど……。どうして、そう思うんだい?」と返した。
「彼らは……追い詰められた人たちです。本来、オレたちが説得するべき相手だと思うんです」
だが巨椋の取り巻きの一人である女子学生が横から入ってきて、「それは議論し尽くしたことだから」と冷たい口調で火村に言い放った。
「今更そんなことを言われても困るのよ。決定事項なんだから。――さあ行きましょ、旭くん」
宇隆は巨椋たちに促されて、後ろ髪を引かれるようにその場を去った。
「あ、あの……」
一人その場に取り残される火村。
射水が肩を叩いて、「火村氏!」と助け船を出す。
「余り突っ込んだことには口を出さず、当たり障りない趣味の話などはいかがであろうか?」
「はあ……。でもさっきから聞こえる話題って、ブランドものの服とか、香水とか、旅行とか、短期留学とか、現代芸術とか、マニアックな洋楽とか、難しい本とか、高い酒とか、高級レストランとか……上級国民っぽい話ばっかりというか、そんなのオレ全然話せないっスよ。射水さん、正直楽しめています?」
実際、射水も火村と同じくアニメ・マンガ・ゲーム・音楽と共通の趣味を持っていて、昼休みのたびに話しかけてくるのだが、今日はそうした話を全然していない。哲学以外の話は適当な相槌を打つだけで、玩具のように首をカクカク縦に振るだけだった。
「まあまあまあ! たまには聞き手に回るのもよいではないか!」
そんな不毛なやり取りをしていると、さっきの巨椋のグループからこんな言葉が聞こえてきた。
「モノレールの停留所とかにある、オタクっぽい亜人の女の子の絵? 『萌え』っていうの? あれ、本当にキモいです」
「動物の耳を生やしたり耳がヘンに尖った女の子が、内股だったり、頬を赤らめていたり……。あの性的に眼差している感じ、吐きそうになります」
「家だけにしろって感じだよな」
それは、街頭などで見かけるポップカルチャー表現への非難だった。
アニメやゲームが好きな火村はこんな風に自分の好きなものがバッシングされるのが嫌で、白銀衆にいた頃は感情的にSNSに書き込みをしていた。白銀衆を辞めた今は反省したが、それでもバッシングする側の言い分は言い過ぎだという気持ちがまだあり、オタク趣味に対して刺々しい言葉を使うアカウントはミュートしたり、関連する単語を非表示ワードとして登録するなどして、見ないようにしている。
だが彼女たちのポップカルチャーへのバッシングは、さらにヒートアップした。
「オタクが好む作品って、亜人へのバイアスがかかった作品が多くて、存在自体が差別的と言っていいよ」
「特定の亜人を悪者にしたり、かと思えば一部の亜人の胸とかが性的に強調されていたり……。差別主義者が好きなの、そういう作品多いよね。作者自身が差別主義者の場合もあるし」
「そういう作品が世に出回ること自体が、退廃的だよな。キャンセルカルチャー呼ばわりとかふざけんなし。正当な批判だろうが」
火村は射水の方を見た。射水もそうしたオタク向けの作品が大好きのはずだから。
しかし射水は反論するどころか、「ええ、ええ、そうですなあ!」と阿諛追従していた。好きなものが不当に叩かれているのに。
聞くに堪えなくなり、火村はその場を離れようとした。
「この間、小中学生で流行っている動画。ワンプロ……だっけ、たまたま見たんだけどさ。ひどいね」
巨椋がそう言ったのが聞こえて、火村は足を止めた。
動画楽曲シリーズ「ワンダーツリープロジェクト」およびそのアニメ『オッツキイムワンダラーズ』は、火村が大好きな作品だからだ。
「リーダーの目の見えない女の子がかわいい感じで、『架空の世界でも女子は「カワイイ」を求められるのかよ』って、舌打ちしたくなった」
「わかりますー。私も見ましたが、アフリカ系の女の子が可愛らしさを強調されて無邪気な感じで『うわステレオタイプ』って吐き気がしました」
「あと、やたらヒステリックな女の子もいるよね。全体的に女子がバカにされているように思えるよ」
「男も、浅黒い肌に銀髪とかありえないでしょ。もっと現実を見ろよオタク。こういうの、子どもが触れて欲しくないよね」
堪りかねて「あ、あの!!」と、火村は声を上げてしまった。
巨椋たちが、怪訝な顔で火村の方を向く。
しかし火村はすっかりアツくなり、一気呵成にワンプロの魅力について語り始める。
「それらは、『ワンプロ』の本筋じゃないですよ。そんなとこじゃなくて、もっといいところを見てください。あれは、身勝手な大人たちが作った社会の犠牲になった子どもたちが反乱を起こす物語なんです。他の作品はわかりませんけれど、『ワンプロ』はエッチな表現もほとんどないですし、ジュゼもナヴィもミストもアキラも、みんな事情を抱えた芯のある強い女の子なんです」
するとチャラ目で体格のいい男子学生が、「はいはい、わかったからオタクくん」とあしらってきた。
それでも火村は止まらなかった。
「ある意味では、紅の暁の活動と通じるところがあるっていうか」
そう火村が言った途端、巨椋が変化を解いた。頭に猫の耳が生えて、目が三日月のような細い瞳孔から満月のように大きく開く。
「は? キモいオタク向けの作品が、私たちと一緒?? あなた、馬鹿にしているの!!!??」
いきなり罵声を浴びせられ、火村は「ヒッ」と青ざめる。
「被害者ぶらないで!! この差別主義者が!!!!!」
その面罵は、火村に刺さった。
巨椋は火村の素性など知らずに言ったのだろうが、言葉のままに取ればこの上なく以前の火村の状況を批判するものだった。
「やめろ巨椋さん!! 言い過ぎだ!!」
だがすぐさま危機を察した旭が割って入って止めた。
しかし巨椋は「旭くん、放して!!」と腕を回して振り払った。
「あの……。何かあったのでしょうか?」
その時、射水に黒い短髪の女子が声をかけてきた。
「ああ、いえ! 何でもござらんよ! ちょっとアニメ談義がヒートアップしただけでござる!!」
「そうですか。でもそれにしては、剣呑な空気に見えるのですが……」
彼女の立つ位置はちょうど、火村と巨椋の間を割って入るような立ち位置だった。
女子は無言で火村に視線を向ける。「今のうちに離れなさい」という意図だろう。他人の機微に疎い火村ですら、これはわかった。
けれども、火村はそうしなかった。
その顔つきに、見覚えがあったからだ。
「山吹圭子さん?」
★
「火村……くん?」
圭子は目を丸くして言った。
すると、火村は破顔して「やっぱり、ブッキーだ!」と言った。
「オレだよ、ヒロだよ! 火村弘之!! 小学校とき以来じゃん、超久しぶり!! 元気だった!?」
「う、うん。久しぶり」
いきなりテンションが高くなった火村に圭子は、多少引き気味に頷いた。
「ブッキー? たしかあなた、『山田』さんって名乗ってなかった?」
全体説明会で一緒だった大学生の一人が、圭子に訊く。
まずい、と圭子は思った。
今回彼女は、山田徳子という偽名を使って潜入している。これ以上ボロが出ないうちに、火村をここから遠ざけなければならないと思った。
「あ、あだ名ですよ。――それより火村くん! ちょっと外出て積もる話でもしよっ!」
圭子は火村の背中を押して、階段の方へ押しやった。
「ちょ、ちょっとブッキー!?」
そして強引に火村を店の外に連れ出す。
重いドアを開いて入り込んできた夜気は蒸し暑く、明日が曇天であることを予感させた。
「どしたの突然」
圭子は(少し察しろよ、ぶっ飛ばすぞ)と言いたくなるのを堪えて、「いや……。話するのは、騒がしくないとこの方がいいかなと思って」と返した。
「そっか、それもそうだね。しっかし奇遇だな~。相州第六魔導小学校から、私立の中学校に行ったんだよな?」
何か勘付かれていないかと冷や冷やしている圭子とは対照的に、心の底から嬉しそうに火村は捲し立てた。
圭子は「そうよ」と流すように答えた。
圭子はかつて、相州自治区の公立魔導小学校に通っていた。将来、連合の特別諜報員になるにあたって、見識を広げるため様々な社会層の子どもが集まる公立学校へ通わせるというのが、陽圭の教育方針だった。
(何で今日に限って、こんな立て続けに顔見知りと遭遇するのよ……!!)
「オレたち、よく遊んだよな! 覚えてる?」
「ええ、そうだったわね……」
火村はハシャいでいるが、圭子にとって小学校時代は余りいい思い出がない。
それは、彼女が小学二年生の冬にある事件が起きたからだ。
陽圭が経営する八重花塾の塾生である有坂奈津美が殺人に近い事故死に見舞われて、同じく塾生で山吹家の使用人一族である麻枝鐵亜季が、有坂を死に追いやった本多将斗を暴行した罪で逮捕された。このことがクラスでも噂となり、圭子はイジメの対象となった。
一年生の頃は火村ともよく話したが、これらのことが余りにもショック過ぎて、今では記憶もおぼろげだ。イジメが始まってから火村との関係はどうなったかは、うろ覚えである。恐らくは三年のクラス替えで、イジメとともに自然解消していったのだろう。
「そん時オレがハマっていた特撮ごっことかしてさー」
「――あのね、火村くん」
改まった声音になって圭子が口を開く。
「今の今まで何年も全然交流がなかった元クラスメイトが、また会えたからってグイグイ来るの、普通に馴れ馴れしいわよ。距離感バグってると思わない?」
「え……」
「小学校の時は仲良くしてくれてありがとう。でも、もう二度と会うこともないと思うわ」
「……そっか。ゴメン……」
蚊の鳴くような声で火村が言った。さっきまでとは一転し、泣きだしそうな顔になる。
「さよなら、火村くん」
圭子はそう言い残して踵を返し、店のなかに戻っていった。
(言い過ぎたかしら……)
圭子の胸中に、少しばかり罪悪感と後悔が生まれた。
しかし、すぐにこう思い直した。
(でも、ヘンに「これからまた友だちでいよう」なんて期待を持たせる方がよっぽど残酷だわ。……これでいいのよ)
★
メインホールが宴も酣になってきた頃、VIPルームではフルムーン・ミッドナイトの店長である爪詰と猫寺師が密談をしていた。
「爪詰さぁん。アンタ日和ってんじゃないでしょうねえ」
革張りの椅子に座りながら、猫寺師がネトッとした声音で言った。
「日和るとかそういう問題じゃない。いい大人が、未成年に対して暴力に訴えることを良しとするのに反対だと言っているんだ」
すると猫寺師は、わざとらしくため息をしてから「この期に及んで、アンタまで旭のぼっちゃんみたいなことを言うのか」と毒づいた。
その態度に、爪詰は怒りを露わにする。
「我々は最初のうちは、プラカードを突き付けたり、私服警官のフリをして牽制したり、あっちが手を出してもこっちは手を出さず警察にパクらせたり、徹底した非暴力方針を執っていたじゃあないか! それをお前は、警察が白銀衆どもを護らなくなった途端、『実力行使も止む無し』となし崩し的に行動を先鋭化させていった!! 権力の出方によって、手を上げたり引っ込めたりするのが、お前の言うカウンターか!! 日和見主義者はどっちだ!!」
「情勢は変わったんです。少しは大人になりましょうよ」
「ぐぐ……。羽後を原発稼働停止に追い込んだ功績から反差別運動での首領に仕立て上げたのだが、どうやら買い被りだったようだな! お前にできることは、ただの煽動でしかない!! そんなことでは、一度は成功しても二度目はない! 大衆の支持を得て、両界防衛法を止めるなどということは不可能だ!!」
「フン。そんな、何の成果を出せなかった既成左翼のようなキレイゴトを言うとは……。もうアンタも落ち目だな」
「この野郎……!!」
握り拳を振りかぶる爪詰。だが、猫寺師は瞼一つ動かさない。
「なんですか? 両界防衛法が通るかどうかの瀬戸際なのに、仲間割れですか。こんなことがWisperにでも漏れたら、一体どうなることでしょうねえ」
「クッ……!」
爪詰は、振りかぶった拳を引っ込めた。
「それと、まだお前には訊きたいことがある」
猫寺師は横柄さすら感じられる態度で「なんですか」と訊き返す。
「ウチの客が立て続けに殺害されている、一連の事件……。本当にお前は無関係なのか!? 被害者は全員、お前に声をかけられている! 俺は見ていたぞ!!」




