Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(2)
宇隆が「壹目先生……!」と、初老の一つ目鬼の男性――壹目涙人の名前を呼んだ。
「学外の人間が入り浸って、ウチの学生を唆さんでもらいたい! 出ていってもらおうか!」
壹目がそうがなると、縮筑が「まあまあ」と止めに入った。
「猫寺師さんについては、私と志野路先生が大学に話を通しております。ですから、ここにいることには何の不都合もありません」
「縮筑先生、アンタそれでも教員か! この男がいったいこれまで何をしてきたと思っている! 自分と考えが異なる個人や勢力に対しての、たび重なる暴力と誹謗中傷!! そのような人物を学生部部長である私に何の断りもなく入れるとは!!」
「ほう。壹目教授はかつて学生運動華やかりし時代、全学術師共闘会議の幹部学生だったと聞いている。そのあなたが、今は権力を楯にするとは」
不意に猫寺師が割り込んできた。
「あのときあなたたちは、散々自分より目上の教授を吊るし上げたはずです。自分はやっていたのに、フェアな議論すら今の学生はダメだと?」
そう言われた壹目は、苦々しい表情になった。ずっと封印してきた罪悪感が、胸を内側から締め付ける。
だがそれを無理やり押さえつけて、猫寺師に反論する。
「お前は学生ではない! 本学学生の自発的な議論を妨げて誘導しているのは、お前の方だ!!」
すると志野路が「先生、なんてことを言うの!」と声を荒げた。
「反アンシーライズ騎士団がアンシーライザーと戦ってきたから、いま私たちは自由に学問ができるのです! 彼らの活躍なくしては、今ごろ白銀衆や魔導大衆党の構成員が魔導自由党と連立政権を組んで政権を牛耳り、学問の自由は大いに妨げられたことでしょう!!」
「志野路先生! アンタ、ネットの見過ぎだよ!! そんな陰謀論じみたことを学者が言うなんて!!」
それから壹目は「百歩譲って、白銀衆の連中に対しては反アンシーライズ騎士団のような実力行使が必要だったとしよう! だが白銀衆が壊滅した今、猫寺師を始めとして彼らがやっていることは、自らの勢力を維持するために暴走しているだけだ!! そんな連中を学生と関わらせることはできん!!」と喝破した。
「では私たちではなく、学生の方を見ていただきましょう。あなたはこの場にいる学生に求められているかどうか、わかるはずです」
猫寺師にそう言われ、壹目は教室の学生たちに目をやる。
すると、無数の白い眼が壹目に突き刺さった。それは言うまでもなく、彼がこの場を退出することを望んでいる声なき抗議だった。
「これでお分かりでしょう。さあ、出ていくのはあなたの方です」
「ぐ……」
壹目は渋面を浮かべて、入ってきた扉から退室した。
(時代は繰り返す。順番が、来てしまった。……今度は私が、批判の的となる番なのか)
★
(日魔広すぎでしょ……。正門どこだっけ)
山吹圭子は新東京キャンパス内をさまよっていた。学生自治会館内ホールでの「本気で止めよう! 両界防衛法反対アクション」の全体説明会が終わり、紅の暁の幹部と関係者は法学部2号館でミーティングがある。新首都魔導大学の一年生と偽り、「今回のデモが初めて」という名目で潜入している彼女は、当然参加することはできない。
(これ以上、徘徊していても怪しまれそう。決起会と称した飲み会もまだまだ時間があるし、外で時間潰すしかないか……)
二週間ほど前。麻枝の一件以来、退魔連合の特別諜報員を自ら辞した圭子に、京都五星院家の執事を名乗るものから連絡があった。何かと思って連絡してみると、なんと五星院真に取り次がれた。
余りのことに恐縮に恐縮する圭子。用件は、「特別諜報員として再登用するから、紅の暁に潜入して欲しい」というものだった。
諜報活動は普通の学生が行動する範囲で構わないので、気づいたことがあったら逐一、連合の諜報部に報告すること、というのが任務として課せられた内容だった。
最初は断ろうとしたのだが、圭子の父親である陽圭の許可も得ているとのことだった。外堀を埋められてしまい断ることもできず、圭子は真の言うことに従うしかなかった。
こうして圭子は特別諜報員として復帰し、日魔に潜入しているということである。一度返納した特別諜報員の証である銅のメダルが、改鋳されて手元に戻されて。
(テツ兄やなっちゃんが行きたかった大学に、私が潜入ね……)
日魔は、兄や姉のように慕っていた鐵亜季や奈津美が行きたかった大学だ。
感傷的な気持ちが込み上げてきたその時、
「あら。奇遇ね、圭子」
不意に声をかけられた。
後ろを向くと、いとこである山吹竜子の姿があった。
「竜子……」
圭子は怪訝な声で言った。
「どうしてこんなところにいるの? 今日オープンキャンパスだったかしら」
「あなたなら、何で私がここにいるかわかるでしょう。何か用でもあるの?」
「別に。ただ見かけたから」
すると圭子は突き放すように「だったら話しかけないで」と、圭子は言った。
「それは失礼。しかし、あの泣き虫圭子が言うようになったものね」
「昔の話でしょ。蒸し返さないで!」
竜子は幼い頃から、何かと圭子に突っかかってきた。何度となく勝負を挑まれては、敗けて泣かされたものだった。その度に「強くなってやる」と克己して、鍛錬に励んだ日が脳裏に浮かぶ。
だからといって、圭子は竜子に感謝を示すつもりなど一つもなかった。「そんなこともできないの?」と言わんばかりの彼女の態度は、圭子のひどく自信や尊厳を傷つけるものだった。一歳差とはいえ、年少の人間に対して傲然と振舞う人間に、敬意や感謝の念を持てるはずなどない。
「あらら、怒らせてしまったようね。それじゃ、御機嫌よう」
圭子は大変腹立たしい気分で、赤い両扉が特徴的な正門に向かった。
予定は、決まった。
正門からすぐそこにあるタイ料理屋で、激辛のグリーンカレーとソムタムのセットをドカ食いしなければ、この憤懣は消し飛ばないだろう。
★
紅火町のDJクラブ「フルムーン・ミッドナイト」。今夜は、紅の暁の貸し切りであった。
ミラーボールとレーザーが放つ光の嵐と、踊り狂う客の歓声、そしてメロウなソウルミュージックが織りなす音色の波が交じり合う空間で、火村弘行は飲み物を持ったまま壁の花となって困惑していた。
(溶け込めないなあ……)
ここは。彼は、職場の先輩である射水が「紅の暁」のメンバーであることから、ここに誘われてきたのだ。だが初めてクラブに来た彼は、完全に浮いてしまっていた。モッシュには乗れず、トークも全然話題についていけない。
紅の暁には大学生だけじゃなくて、高校生や社会人もいるのだが、会話の内容から裕福な人間ばかりであることが伺い知れて、自分のような低所得の術師はほとんどいなかった。仮にいたとしても、自分と同じような境遇の人間は――例えば、大学を経済的事情で中退した射水のような人間は――裕福な学生の腰巾着と化していて、反論が許されない雰囲気だった。
火村は助けてを求めるように、射水に声をかける。
「い、射水さぁん……」
すると射水は振り返り、「む、どうした火村氏」と言った。
彼もまたロン毛に牛乳瓶メガネ、タータンチェックのシャツといったナードファッションで浮いていたが、裕福な学生たちをひたすらヨイショすることで、どうにか会話に加われていた。
「そっちは、何を話しているんですか?」
「うむ、よくぞ訊いてくれた! こっちは、リチャードソニズムのマチズモ批判で花を咲かせていたところである!! 多様性が尊ばれる時代で、未だに『男らしさ』を前提にしたリチャードソニズムなどにうつつを抜かしている連中がいるなどは、お笑いでござるな! うははは!」
火村は「そうですか」と言いつつも、(アンタ、大学での専攻リチャードソンじゃなかったけ?)と心のなかでつぶやいた。
もっとも火村はリチャードソンの本はおろか、哲学書なんて一冊も読んだことがないのだが。
(いくら俺が「行きたい」って言ったからって、もう少しフォロー欲しいな……)
二か月前に白銀衆を脱退した火村は、マガツによって負わされたケガも完治した後、懊悩とした日々を過ごしていた。円島特別訓練魔導学校の島嵜に諭された後、自分がいかに罪深い行為に加担してきたかを思い知らされ、罪悪感を蟠らせていた。だからといって、罪を償う方法も思いつかない。
そんなとき、同僚である射水から教えられたのが「紅の暁」という団体だったのだ。アンシーライズと戦ってきた彼らの活動に加わることで、贖罪になるかもしれない。そう思ったのだ。
だが白銀衆が壊滅した今、彼らの活動はもっぱら両界防衛法に反対することだった。「戦争に反対すること」が、どう差別へのカウンターにつながるのか。火村にはどうにも、そのつながりがわからなかった。それについては射水が、「よいか火村氏。人が何かを攻撃したいと思うのは、貧しさゆえに満たされないからだ。差別も戦争も外に敵を作り、社会の矛盾を起こしている政府の責任から目を逸らさせるという点では同じなのだ。だから、術師界のなかの格差を解消せずに戦争を推し進める両界防衛法には反対せねばならぬのだ」と説明してくれたが、わかったようなわからないような気分になった。
「いい? 明日は夏南界隈の妨害があると思うけど、絶対に同情とかしないでよ。アイツらは、自分の肉を肉屋に売るブタなのだから。そうよね、旭くん?」
巨椋が自分の取り巻きにそう言った。
同意を求められた宇隆も「あ、ああ。そうだ。体勢側についた彼らの自己責任だ」と言った。
その言葉は、火村に響いた。
偏った情報しか摂取してこなかった火村でも、夏南界隈のことは聞いたことがある。紅火町の東地区でたむろしている、方々から家出してきた若者や子どもの集団だ。
しかし、紅の暁の幹部が彼らを切り捨てていいとする主張するのは、腑に落ちなかった。射水の説明では、「人が何かを攻撃したいと思うのは、貧しさゆえに満たされないから」と言っていた。ならば夏南界隈の子どもたちは、自分の責めではない理由での状態に陥らされている弱者というわけだ。排除していいはずがない。自分を諭してくれた島嵜のように、まずは対話を試みるべきではないのか。
さっき旭は、巨椋に同意を求められて複雑な表情をしていた。ならば、わかってくれるのではないか。
そう思うや否や、火村は半ば衝動的に行動に出ていた。
「あの、そのう……」
火村はおずおずと、宇隆に話しかける。
「何だい?」
宇隆は笑顔で応対する。
「夏南界隈の人たちにも、『対話の機会』を与えるべきなんじゃないんですか」
すると宇隆は、目を見開いて息を呑んだ。




