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Report 38 シュプレヒコールにかき消されるもの(後編)(1)

 翔栄の長い過去話が終わってもなお、彼と夕の二人はまだカラオケボックス「はるぴゅいあ」にいた。

 まず翔栄は、この間旭宇隆を調べていて、彼の行動や判明したことについて夕に話した。もちろん、局の機密情報にかかわる部分は除いて。

 そしてタブレットの地図アプリで新東京自治区の地図を表示し、デモのルートが何かしらの「陣」である可能性に気づいたと、翔栄は伝えた。そして、明日と明後日の二日間にまたがって行われる大規模デモ「本気(ガチ)で止めよう! 両界防衛法反対アクション」は、このルートを通ることを公式サイトで調べたことも。

 証拠がないから、道路使用許可を出す魔導警察にルート変更の指示を出すことも難しい。そのため翔栄は、独力で中止に追い込むか妨害しなくてはならないと考えていることを、夕に打ち明けた。


「そういうわけで、手を貸して欲しいんだ」


 率直にそう言う翔栄に夕は、


「もちろん。友だちの頼みを断れるわけないじゃないか」


 と、嬉しそうに快諾した。


「……悪いな。じゃあ、こっから具体的な話に入る。俺はデモを妨害するのには朱雀がうってつけだと考えている」


 朱雀とは十二天将の一柱(ひとはしら)であり、中国の道教において四聖獣の一つに数えられる召喚精霊だ。


「召喚精霊としての能力は、炎による攻撃。そして、電波や通信機器のコントロールだ。ヤツラのスマホやトランシーバーの通話は、完全にコントロールできる」


 翔栄は説明を続ける。


「デモの行進で『陣』を描くという大規模な術を行使するなら、デモ中に盗聴防止結界など張り切れるわけがねえ。だから、電波の乗っ取りさえできればいい。あとはお前の声帯模写で、デモの行進を妨害できる」

「朱雀の霊紋は残らないの?」

「朱雀は〔幻鳳威風(げんほういふう)〕という隠形能力によって、霊紋をほぼ残さない。そのくらい、お前だって知ってんだろ」

「そっか。さすが五星院くんだね」


 夕じゃなかったら、「バカにしてんのかテメエ」とすごんでいたかもしれない。しかし今は、悪い気持ちがしない。

 こんな気持ちは初めてだと、翔栄は思った。


「五星院くんなら、人工衛星そのものを乗っ取ることもできるんじゃ?」

「それはいくら俺でも、射程外で無理だ。だから、個々の電話の電波を乗っ取る。そんで割り込みさえできれば、お前の声帯模写で全然違う指示を出して混乱させてやるんだ」

「なるほど、任せておいて」

「ああ。だが、今回の作戦を行うにおいて警戒するべき相手が二人ほどいる。――猫寺師佐武朗と日魔三年の巨椋だ」

「さっき話に出てきた、反アンシーライズ騎士団の首領と紅の暁の幹部だね」

「そうだ。二人は妨害に対して、何かしら手を打っている可能性がある。特に底知れないのが猫寺師だ。奇門遁甲をあそこまで完璧に使える術師を、俺は見たことがねえ。六合でも見破れなかったほどだ。逆探とかされないよう、徹底的に警戒する必要がある」


 すると夕は「りょーかい。あ、話戻っちゃうけど、地図見て気づいたことがあるんだよね」と告げた。


「なんだ?」

「このデモのルート。交点にあたる部分すべてに地下変電所があるね」


 翔栄は目を見開き、タブレットを操作する。ルートの交点にあたる部分を拡大したり、住所を検索すると、夕の指摘通り全て変電所があった。


「でも、これは証拠にならないよね。何の術かもわからないし」

「ああ……、だがこれは不穏なつながりだな……」


 夕は「つながり?」と首を捻る。


「新東京自治区のエネルギーを供給しているのは羽後自治区発電所。そして、反アンシーライズ騎士団の主要メンバーである猫寺師と爪詰は、発電所内の原発部が動いていたときに、解体デモに参加している……」

「うーん。考えすぎな気もするけど、五星院くんが自分の勘を信じるなら僕も信じるよ」


 翔栄は「何だそりゃ」と、素っ気なく答える。


「あと警戒するべき相手に加えて、懸念している勢力が別に一ついる。そいつらは紅の暁と対立していて、その名は――」


 その時、夕がうずうずと肩を震わせているのが見えた。

 時折、横にいく視線。その先には、カラオケの機材があった。


「……歌いたいのか?」

「!」


 夕は「ドキーン」というオノマトペが目に見えるような、わざとらしい図星の表情を見せた。


「ご、ごめん。マジメなミーティング中に……」

「いいぜ、一旦休憩しよう。好きなの歌えよ」


 すると夕は途端に顔が明るくなった。


「悪いね……。な、何かリクエストとかあるかい?」

「あ? ……じゃあ、お前が動画でアップしていたワンプロの曲。《絶対革命》だったか」


 すると夕は「《絶対革命――オッツキイムの冒険者たち》ね! オッケー!」と快活に返事して、驚くべき速さでリモコンを入力していった。




   ★


 同じ頃、日本魔導大学新東京キャンパス法学部二号館の中型教室にて。


「……という感じで、明日のデモは廻ろうと思うんだけれど、ここまでで異議はありますか?」


 ホワイトボードの前に立つ宇隆が、教室内にいる紅の暁のメンバーおよび関係者に確認する。

 すると、猫寺師が発言をする。


「おさらい。夏南に近づいたときは、魔導大衆党の党員や夏南界隈の連中による妨害が必ずあるだろう。それについては、どう対処する?」


 魔導大衆党(まどうたいしゅうとう)とは、妖魔同盟・退魔連合のどちらにも与さない政党であり、近年議席数を急激に増やしてきた新進政治術師結社である。

 首領にして党首である手洛田厦堂(てらくだかどう)は、「日本人の生活を守ろう」をシングルイシューとしており、ノアルティング移民を含めて外国人術師の受け入れや彼らを支援する政策に反対的な立場を示している。主な主張は「日本を直すには投票しかない」というもので、先述のイシューとこの主張以外の発言は、場当たり的なものが多い。それでも一貫している理念は、「日本を揺るがそうとしている売国奴がいる」という陰謀論であり、その仮想的として紅の暁や関連団体を位置づけている。

 このように排外的な立場から煽動的な政治活動を繰り返しており、右派ポピュリズムもしくは極右ポピュリズムと位置付けられることが多い。

 そして、紅火町の東部である夏南地区にたむろする少年少女――夏南界隈が魔導大衆党に動員されているという事実が、紅の暁にとって最大の懸念事項であった。その手口は、彼らが入り浸る水商売系飲食店を始めとした盛り場の店員や常連客が党員で誘われたり、飲食代や宿泊代の代わりとしてバイト感覚で参加したりと、様々だった。


「白銀衆が壊滅した今、夏南界隈は最大の脅威です……。だけど、あっちが襲いかかってきても、僕らは基本的に手を出せない」


 これまで、夏南の連中には何度となくデモを妨害されてきた。いつもは彼らを摘発する魔導警察も、デモの妨害の際は彼らに寛容であり、正当な防衛手段を取ったこちらが逮捕されそうになったことすらあった。警察と極右の癒着という、体勢側の汚い面を宇隆はこの間何度となく見てきた。このような、カウンターに対する「バックラッシュ」は、現在の紅の暁において最大の懸念事項だった。


「正解。だから、荒事は俺たち反アンシーライズ騎士団に任せろ。ただし、言い返すのは君たちでもOKだ。直接手を出すのはダメだが、罵声なら逮捕されない」


 泰然とそう言う猫寺師に、宇隆は承服しかねる表情をする。


「……しかし、彼らもまた格差社会に追い詰められた者たちです。どうにか対話をする手段はないのでしょうか」

「旭くん。この期に及んで何を周回遅れなこと言っているの」


 横やりが入った。巨椋だった。


「アイツらは差別主義者(アンシーライザー)と同じ。同情なんてしちゃダメ。現政権を支持することしかできない、自分の肉を肉屋に売るブタなの。水商売とかくだらないゲームとか目先の快楽に溺れることしかできず、体制に与すること以外に能がないのは、自己責任よ」


 冷酷にそう言い放つ巨椋に、宇隆はカッと頭が熱くなるのを覚えた。


「巨椋さん! それじゃあ、格差を作って追い詰めておきながら自己責任論を唱える現政権や退魔連合と同じじゃないか!」

「は? 私が?? 四十山や連合と同じ!!!??」


 巨椋の霊力場が展開される。変化を解いて、頭に猫の耳が生えた。目が三日月のような細い瞳孔になったかと思うと、瞬時に満月のように大きく開いた。そしてツカツカと足音を立てて、宇隆に詰め寄り、胸ぐらをガッとつかんだ。


「ふざけんな!!!!! 戦争を本気で止めようとしている私と、戦争をする国にしようとしているヤツらと一緒くたにするなんて、誹謗中傷もいいところだ!! これだからヒトノコ(・・・・)は!! ヒトオス(・・・・)は……ッ!!!!!」

「お、巨椋さん! 落ち着いて! 放して!!」


 さっきまで怒りの熱に浮かされていた宇隆は、一瞬で血の気が引いて萎え始めた。

 そこに壮年の男性がヘラヘラ笑いながら、「まあまあ」と止めに入った。


「暴力はいけないけれど、巨椋さんの言う通りだね」

「縮筑(つづき)先生……!? あなたまで彼女の肩を持つんですか!?」

「いいかい。彼女が、自身が化け猫の亜人であり、女性であることを活動のたびにアピールしてきたのは何故か。それは、そうした被差別性(スティグマ)を前面に出すことによって存在自体が反駁となる。言い換えれば、反駁的(はんばくてき)実存性(じつぞんせい)を訴える行動なんだ」


 縮筑は日本魔導大学の魔導政治学科教授であり、亜人の魔導アイデンティティ・ポリティクスの一つであるデミニズムを専門とする。

 冷戦構造が崩壊した90年代以後、旧西側諸国が依拠してきたリチャードソニズムを土台とする魔導自由主義と、旧東側諸国が依拠してきた魔導人民主義、それぞれの権威性が失われた。特に旧西側諸国では、「リチャードソンの思想は『ヒト』『西洋人』『男性』『裕福な生育環境』という、一般的に優位性のあるアイデンティティを持っていることに起因している」という問題提起がなされた。そうしてリチャードソニズムの代わりに台頭したのは、種族や民族・国籍・魔術の流派・宗教や教派・ジェンダー・経済的背景・生育環境・年齢・障害・社会階級などといった術師個人の存在に備わる要素=アイデンティティに基づいた政治システム、およびその土台にある思想体系――魔導アイデンティティ・ポリティクスだ。

 この魔導アイデンティティ・ポリティクスの一つに、デミニズムがある。デミニズムとは、亜人がこれまで歴史的・構造的に本人の責任に寄らず背負わされた差別・迫害・社会的格差を、社会全体で是正に取り組もうという政治思想である。デミニズムでは、魔導アイデンティティ・ポリティクスの概念である「反駁的実存性 Refutable existancity」が重要視されている。

 この概念は、「発言者のアイデンティティそのものが、相手の言論に対して反駁/反論となる性質を持ち合わせている」というものだ。言い換えれば、「生きているだけで抗議している」ということである。デミニズムが提唱された歴史的背景を考慮すれば、こうした概念が出てくる必然性は十分にある。そして実際に、亜人であり女性であるという二重のマイノリティである巨椋を、反駁的実存性の実践者としてデミニズムの専門家である縮筑が支持するというのも、筋は通っている。

 縮筑はこう続ける。


「だからさっき彼女は、ヒトの術師の差別用語である『ヒトノコ』という言葉を使ったけれど、これは倫理的に許容される。何故なら、亜人の差別用語である『ジンガイ』を使うアンシーライザーは反駁的実存性を持たないマジョリティでありこれは憎悪煽動だけれど、存在しているだけで『反駁的実存性』を備えている巨椋さんが発言すれば全部正当な反駁になるからね」


 だがそれでも、宇隆は納得できなかった。


「お、巨椋さんのやっていることが、反駁的実存性の実践だということは僕も認識しています! でもそれだったら、夏南界隈だって同じじゃないですか! 彼らのなかにも亜人だったり、障害を持っていたり、生育環境が悪い人間がたくさんいる! 僕らのように考えを言葉として表現できる技術や知識を持っていないだけで、反駁的実存性は十分にある! それでも対話の機会を開かなくていいというのですか! そもそも反駁的実存性とは、彼らのような反駁の技術や知識のない社会的弱者が、『生きているだけで政治に参加している』ことを理論化にするために、パイソンが提唱した概念だったはずです!!」


 すると隣から、「それはそうだけど、今はそれどころじゃないわ。旭くん」と中年の女性の声が響いた。


「志野路(しのろ)先生まで!?」


 志野路と呼ばれたふくよかな女性は、滔々(とうとう)と持論を述べた。


「たしかに、夏南界隈の人たちは、マイノリティ的なアイデンティティを抱えているわ。でも今は、この国がさらに戦争ができる国になってしまうかどうか――ノアルティング内戦のような悲惨な戦争に巻き込まれるかどうかの瀬戸際なの。このような喫緊の情況では、たとえ本人の責任に寄るところでなく判断能力が劣っていて選択肢を奪われていたとしても、自らの意志で新自由主義かつ排外主義を表明する政治術師結社の傘下に加わった人間まで救う必要はないのよ」

「そんな!! 時局によって、敵味方を色分けして対話を拒絶するなんて、戦前の銃後の人びとと変わらないじゃないですか!! 彼らは抗う方向を間違えているだけで、対話の窓口を開けばきっと――」


 宇隆がそこまで言いかけると、「ご高説はその辺にしてもらおうか」と腹に響くような野太い声があがった。

 猫寺師だった。


「そんなことは散々議論し尽くしたことだ。降りかかる火の粉は払わねばならないんだよ」


 猫寺師の態度はひどく威圧的で、宇隆はその身を震わせる。


「それは……、たしかにそうです。だけど、以前に対話の道がなかったからといって、いつまでも道を閉ざしていては……」

「『考えるな、行動しろ』。それが、お前たちがやってきた政治運動の新しさだろ。だったら、今回もそうしろよ。夏南の連中は実力で排除する、これは決定事項だ。いいな?」


 バン!!

 そのとき、閉じていたホワイトボード脇の扉が勢いよく開いた。

 開け放たれた扉の向こうには、身なりの良い初老の一つ目鬼の亜人が立っていた。


「猫寺師……。何故、部外者のお前がここにいる!!」

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