Report 37 FRI-END(後編)(6)
俺は気がつくと、羽後自治区の魔導警察に保護されていた。
健康状態がよかったから、同じ日に聴取を取られた。岸川も魔導警察に呼ばれ、事情を説明された。
そこで俺は、初めて術師界の存在を知らされた。
そして俺の方は、今度こそ全てを証言した。
赤マントの目撃情報と、俺が渡邊を殺したこと。望夢とオトロシの素性と、彼らが消息を絶つまでの経緯全て。俺の魔術の習得。――全部を。
消失した望夢については、どうなったのか全くわからないそうだ。一緒に消えた、オトロシと鳥居も。
あの裏山の鳥居は、特殊な霊的結界が貼られていて操作を断念していた最中だったようだ。その鳥居がなくなってしまい、重要参考人であるオトロシも消息を絶った今では、調べようがないというのが、魔導警察の見解だ。
今回の事件は、汎人界・術師界双方の警察組織の落ち度も相当にあったことを、刑事は陳謝した。洋平が殺された時点で、警察は翔たちが精霊術に関して深く関わっていることを察し、事情を訊いていれば、こうした結果に終わることはなかっと述べた。
それと、中田には懲戒処分が下ることを説明された。不可抗力とはいえ一般人である児童に犯人を殺害させてしまったこと。容疑者の一人であるオトロシに不意をつかれて望夢とオトロシといった重要参考人が逃亡を阻止できなかったこと。そして、鳥居の消失という証拠隠滅を防げなかったこと。これらは全て、中田の責任として処分の根拠となった。
俺は必死に「中田先生は悪くない!」と言ったのだが、聞き入れてもらえなかった。
この事件が汎人界に公表される際は、魔術関係の事象を抜きにして矛盾が起こらないよう、辻褄合わせが専門の司法機関・行政機関において行われることを話してくれた。
こうして、「赤マント連続通り魔殺傷事件」は容疑者死亡によって収束を迎えたと、汎人界・術師界ともに表向きには報道された。
そして、事件から一夜明けた夜。
術師界から、未登録術師対策局局員が岸川家に訪れた。痩せぎすな初老の男性と、三十前後くらいの若い男性の二人の職員である。
警察を通じて翔のことを知った彼らはまず、岸川と俺に釈明した。
「三親等以内に術師がいない場合は、検査を受ける義務がありません。当該の事情を親戚縁者が知らない場合、我々の方からこちら側の情報を開示し検査を進めることは、まずあり得ません。従って、このように発見が遅れるケースが多々ございました。しかし今回は、この規則を遠因として、重大事件の一端を翔くんが背負ってしまったことにつきましては、私どもとしても大変心苦しく思います。……」
彼らは術師界について、簡単に説明した。そして俺は術師界入りして、魔導教育を受けることを言い渡された。
岸川は、元々翔という存在を厄介者としか思っていなかったので、この言い渡しを快く承諾した。
俺は数日後、陰陽保安局の施設で行われる精密検査の後、一ヶ月後から羽後自治区の学校に転入することに決まった。
それからさらに翌日。
俺は放課後、裏門の方へ回って塀をよじのぼり、こっそりと学校の敷地内に入る。そして、保健室へ向かった。
ドアを引いて、中に入る。
「植杉くん……!」
丸イスには、ブラウスの上に白衣を羽織った中田鏡子が座っていた。私物と思しき荷物が綺麗に整理されていて、もうすぐここを出ていくことが伺えた。
「先生」
俺は笑顔をつくり、中田の許へと駆け寄る。
「よかった、まだいた」
俺がそう言うと、中田は唇の前に指を立てる。
「あのね、私は必要以上に被害者と関わっちゃいけないの。ましてや、私の職務上……」
「ごめん。どうしても、話がしたかったんだ」
俺と中田の二人は、革張りの長いすに腰掛けて話した。
「警察やめるの?」
翔が驚いて云う。
「警察じゃなくて陰陽保安局。……そう、この事件で私が関わったこと、調べ上げたことをもう少し書類にまとめあげたらね。そしたら、ここも出て行くわ」
「……クビ、っていうこと?」
「処分は降格と停職だけ。退職は自分の意志」
「でも、ひでえな。先生だけに責任押し付けるなんて。あの状況を一人でさばき切るなんてムリだよ」
「そういうものなのよ」
窓に掛かった清潔な白いカーテンがはためく。保健室特有のかすかな薬品の匂いが撹拌された。
「ねえ。先生は、初めて魔術がつかえたとき、どんな気持ちだった? オレはさ、すごくキレイで、嬉しいって思った」
「私も途中から術師界入りした身だけど、そんな風に思わなかったな……。ある目的のために、魔術を習い始めたし」
俺は「目的?」と首をかしげる。
「そう。あなた、間くんの家でお父さんお母さんが松元精輝を復活させようとしていたところに出くわしたんでしょ。その松元に、私は因縁があるの」
俺は松元の名前を聞いて、胸が悪くなった。
「松元……。何者かよく知らねえけど、オトロシと一緒に望夢を捨てたんだろ。俺は許せねえよ」
「そうね。――でも私と娘は、その松元に助けられたの」
予想外の返答に、俺は目を丸くした。
「マジで?」
「本当よ。私ね、あなたと同じくらい歳の娘がいるの。とある悪い魔術師に私と娘二人とも殺されそうになったところを、松元に救われたのよ。陰陽保安士になったのも、松元を追えると思ったから……」
俺は何と言っていいのかわからなかった。
しばし流れる沈黙。
すると、中田の方から話題を提供してきた。
「あなた、術師界行ったら何がしたいとかあるの?」
すると俺は迷うことなくこう言った。
「望夢を取り戻したい」
余りに間髪入れず答えたためか、中田は驚いた顔をした。
「オレは……俺は望夢が幸せならそれでいいかとも思いかけた。だけど、オトロシについていったアイツは幸せというより……酔っぱらっている感じだった。オトロシも、何を企んでいるかわからねえけど、望夢を利用したいだけって感じだ。はっきり言って、アイツの育ての親たちとおんなじだ。あんなヤツに望夢は任せられねえ!」
「それは……。言い方キツイけど、あなたの勝手な思い込みでは?」
「そうかもしれない。だけど、望夢が弱っているところにオトロシが付け込んだことは事実だ。それだけは許せねえ」
それから、「アイツには、オトロシから引き離されて一人で考える時間が必要なんだ」と付け加えた。
「一人の友だちのために……か。それは、とても殊勝なことだと思うわ。でもね、植杉くん」
ぎゅっ……。
中田が不意に、翔を抱きしめた。
「遠い目標を持つこともいいけれど、そのためにはまず『いま自分ができること、やるべきこと』を励みなさい」
低く、穏やかなトーンで中田が言った。
「先生……」
「他人との接し方も、魔術のことも、その他のことも……。そうやって続けていけば、いずれ間くんに辿り着くわ」
それから、「あなたが望むものを手に入れられることを、私も願っている」と言った。
その言葉はまるで、中田自身に言い聞かせているように俺には聞こえた。
彼女の柔らかい身体が、俺を優しく包む。そのまま中田の胸にうずくまり、鼓動を感じていた。
窓から初夏の暖かな風が舞い込み、抱き合う俺たちをなぜた。……
………………
…………
……
その後のことだ。
俺は陰陽寮の施設で精密検査を受けて、「安倍晴明の直系」であることが判明した。そしてDNA鑑定を始めとした様々な遺伝子調査および、戸籍調査や見聞調査でルーツを辿っていった結果、京都五星院家の祖である五星院翔一と使用人・植杉こゑとの間に生まれた不義の子の曾孫、つまり五星院翔一の玄孫であることがわかった。
こうして俺は、現当主である五星院真の養子となり、羽後自治区じゃなくて新東京自治区のペントハウスで暮らすことになった。
あとは桔梗印学園に入学して……、ここから先はお前も知っての通りだ。
それで、家じゃ権力争いをする大人たちの汚さを見せつけられ、特務の仕事じゃ血生臭え仕事をいくつもして――俺は、こんなクソみてえな最低の術師になった。
★
「……つまらねえ話だったろ? あと、一般人が聞いたらヤベえこともいっぱいあったことがわかっただろ。だからもう、俺みてーなヤツに構うんじゃねえ……」
語り終えた翔栄は、そのまま黙ってしまった。
この事件の顛末について、現在では見当がついていることがいくつかあった。
まずオトロシが最後に変化した形態についてである。松元精輝が「門」の一つである〔淵〕の保有者であることは、青梅賢治に関する資料で判明している。オトロシも渡邊も、河辺灯と同じく松元から〔淵〕を分け与えられた術師だ。
そして、渡邊は恐らく【絡繰】のエージェントだ。「【絡繰】の追っ手」と口走っていたこと、そして殺された女子高生と女子中学生が【絡繰】関係者かどうかはわかっていないが経歴に不審な点が多いことなどより、彼の正体は【絡繰】構成員だと本局では予断されている。
渡邊は、魚頭製薬のノアルティング支社に務めていたが、2009年に日本に帰国して、翌年より小学校教諭となっている。魚頭製薬は和谷製薬と同じく、経営陣が甲賀忍者の系譜を継いでいる。
2001年、和谷製薬は不祥事により術師界行政府より解散命令を受けたが、その製造流通規模から医薬品等生命関連商品の供給が滞る危険性があった。医療パニックを引き起こさないため、魔導内務省魔導厚生局は複数の製薬会社を指定して、その事業を譲渡および継承させた。その半分以上を担ったのが、魚頭製薬だった。
魚頭製薬と魔導厚生局は継承後すぐに、継承した事業内容や製造・流通ラインにおいて反社会勢力とつながりのあった部分は完全に切り離されて、健全な経営をしていることをアピールした。だが同社は、【絡繰】のフロント企業と目されているゼノ・ブレイブスと業務提携関係にあり、また反国家主席派の医療機関や製薬会社と取引をしていた。したがって、渡邊も何らかの形で【絡繰】と接触をした可能性があると、本局では考えられている。
それから最後に、中田についてのことだ。翔栄は入寮してから、「中田鏡子」なる偽名を使っていた職員について調べたが、梨のつぶてだった。恐らく秘匿性の強い「ダイゴ」の人間と思われる。彼女がオトロシに対して示した身分証。あそこに書いてあった名前が、術師名――本当の名前だったのだろう。だが、暗がりのなか一瞬しか見えなかったから、もはや憶えていない。
これらは全て局内の機密情報であって夕には伝えられないし、さっきの話の途中でもフェイクを入れたり端折ったりした。
「……あのさ、五星院くん」
ようやくのことで、夕が切り出した。
次に出てくるのはどんな言葉だ。安っぽい同情ならこの関係もここで終わりだ、と身構えた次の瞬間、
「今の君、当初の目的を見失っていないかい?」
彼女の口から出てきたのは、余りにも率直な指摘だった。
「不良のケンカの誘いにホイホイ乗ってしまったり、僕みたいなクラスメイトのちょっかいに必要以上にムキになったり。それらは、望夢くんの捜索につながること? 違うよね? 特務陰陽保安士として相応しくない行動をしたら、遠ざかってしまうんじゃないかな」
「お前……」
余りにも明け透けな物言いに、翔栄は思わず失笑してしまった。
夕は「あ、笑ったなー」と、頬を膨らませる。
こんな風に本音で語り合える相手と会ったのは、いつぶりだろうか。
すっかり肩の力が抜けてしまった翔栄は、夕にこう言った。
「わかったよ。――お前に、手伝って欲しいことがある」




