↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/308

Report 37 FRI-END(後編)(4)

 そこにいたのは、赤マントの衣装を着たオトロシだった。


「無事だったの? でも、どうして赤マントの恰好を……。まさか、オトロシが赤マントなの?」


 異様な風体の彼女に、俺は目を白黒させる。

 そして、彼女が赤マントの恰好をしているのにもかかわらず、「彼女が赤マントじゃない」と信じたくない気持ちが、頭の中をグルグルとしていた。

 その時、望夢の母親がそんな俺をおしのけてすがりつくようにオトロシに訊ねた。


「同志奈部! 何故か五星六道祭が発動しません!」

「当たり前じゃない。あなたたちに教えた『呪文』は、天曺地府祭(てんちゅうちふさい)という全く別の秘密儀式呪文に用いられる十二の神々を羅列しただけのデタラメよ。『陣』も『式』も、もちろん適当」


 すると望夢の両親は驚愕の余り、顎が外れるのではないかというくらい、あんぐりと口を開けた。


「デ、デタラメ!?」

「同志奈部、何故そのようなことを……」


 二人に対してオトロシは、「相手するのも面倒くさい」と言わんばかりに大きくため息をついた。


「あなたたちは、松元と私の二人(・・・・・・・)の愛の結晶(・・・・・)が〔淵(アビソス)〕をコントロールできる年齢になるまで、匿って育ててくれればよかったの。学生運動崩れで、陰陽保安局にも汎人界の警察にも追われて、片田舎で隠れ住んでいるあなたたちに、それ以上のことなんて期待していないわ」

「そ、そんな……」


 余りの物言いだったのだろう。望夢の父は、へなへなと崩れ落ちた。


「――でも、もう用済みね」


 オトロシがそう言うなり、生温かいものが俺の頬に触れた。

 ――しぱんっ。

 彼女の右手から伸びた、二条の鞭のような硬化した血の刃が望夢の両親の首を胴体から切り離したのだ。

 失われた首の根本から、血がピューピューと噴き出した。


「お、ろろろろっ――」


 俺は堪らず、その場に伏せて胃の中のものを全て吐き出した。

 首が刎ねてから音がしたのは、血の刃を音速を超えた速度かつ何らかの方法で衝撃波も出さずに運動させたからだ。前に見た赤マントとは、次元の違う技量であった。

 オトロシは、望夢に手を差し伸べた。


「おいで、望夢。私があなたのお母さん(・・・・・・・・・・)よ」


 その声はさっきと打って変わって、甲高く甘ったるいものだった。

 だが、裏山での優しかったオトロシのそれとは違って――どこか毒を感じる声音だった。


「オトロシが……、僕のお母さん??」

「そうよ。私と一緒に行けば、魔術が使えるようになるわよ」

「僕が……、魔術を……」


 望夢は、その手を取ろうとした。


「やめろ望夢!!」


 俺は吐き気を堪えて、望夢の胴体にしがみついた。


「今のオトロシは何か変だ!! ついていっちゃダメだ!!」

「《土克水(ドコクスイ)魔酔蟲(マスイチュウ)》」


 オトロシの足許に霧が噴き出したと思ったら、黄褐色の煙に変化した。それはやがて銀色の光となり、瞬く間に凝縮して二匹の蠕虫(ぜんちゅう)の形になった。ミミズのような銀色の虫は宙を舞って、俺目がけて飛んできた。


「ひっ――痛ッ!!」


 銀色の虫は右腕に嚙みついた。すると、スッと皮膚に浸透するように溶けて消えてしまった。


「う……」


 そして、猛烈な睡魔に襲われた。

 腕の力が抜けて、望夢を手放してしまう。


「あなたがいじめっ子のままだったら、ここで殺していたわ。でもこの子の遊び相手になってくれたから、眠らせるだけで許してあげる」


 オトロシは淡々とそう言った。

 彼女は俺のことなんて一顧だにせず、望夢の方を向き直す。


「行きましょう、望夢」

「行く、な……。望、夢……」


 眠気に抗いながら、俺は言った。

 望夢は振り向いて、こう告げる。


「――ゴメンね翔。僕も、魔術ができるようになりたいよ」

「の……、ぞ……」


 そして俺は、意識を手放した。




   ★


 目覚めると、窓の外が真っ赤に光っていた。


「ぐ……」


 俺はどうやら、夕方まで眠ってしまったらしい。

 フラフラとする頭でどうにか立ち上がると、後ろには血の池に沈む望夢の両親の死体が横たわっていた。


「……」


 正直言ってこの時の俺は、こいつらが話していることの意味がほとんどがわからなかった。

 けれども、やらなきゃいけないことが自分にはある。その意識だけが、俺を突き動かした。


「望夢を追わなきゃ……!」


 俺は警察に通報することも忘れ、望夢の跡を追った。

 二人がどこに行ったのか、俺には確信があった。

 裏山だ。

 望夢が通い続け、俺を誘ってくれてオトロシと引き合わせてくれたあそこに、二人はいるに違いない。そう俺は確信して、ひた走った。

 通り過ぎた公園の柱時計を見ると、時刻は七時に近づいていた。

 俺は県道を走り抜け、いつもの裏山に通じる細い路地裏に入った。

 その時、先客がいることに気づく。


「……こんばんは、植杉くん」


 それは、渡邊だった。


「渡邊先生?」


 予想外の遭遇に、俺は戸惑った。


「いけないね。こんな時間に」


 俺は補導されるのではないかと身構える。今こいつに捕まるわけにはいかない。


「でも……。ここで君に会えたのはよかった」

「!?」


 ぐわんっ。

 その時、不思議なことが起こった。


 渡邊の周囲の空間が歪んだと思ったら――ヤツはいつの間に赤いコートを羽織り、山高帽を被っていた。


「赤……マント」


 俺は、思わず口をこぼした。

 そして直感した。

 背格好からして、俺が金曜日に見た赤マントはオトロシじゃない。コイツだ、と。


「僕も、君を探していたからね」


 そう言って渡邊は、右手をかざす。

 俺は、とっさに「来る」と思った。

 さっき、オトロシが血の刃を生成したときと同じポーズだったからだ。


「ひ、ひい」

「悲鳴をあげても無駄だよ……、この辺は空き家ばかりなんだから」


 渡邊の右手が赤く光る。

 絶体絶命で、全てがスローモーションに感じる最中――それ(・・)は起こった。

 ……、チリン、チリン……………………。

 俺の頭のなかで、鈴の音が響いた。

 俺は何故かそれを、「金の気」であると知覚できた。

 そして、脳が高速で回り出す。

 金に克(か)つには火が必要だ。だが、ここにあるのは土だけだ。

 だったら、土から金を作って対抗するしかない。

 俺はイメージした。

 地面から頑丈な鉄板が突き出して、ヤツの赤い刃を防ぐ映像を。


「うわああああ!!」


 ボッ!!

 俺の足許から、鉄板が生成された。

 それが渡邊の刃から、俺を守った。


「!」


 渡邊が目を見開いて驚く。


「くっ、何でお前が魔術を使える……!」


 歯噛みをして、渡邊は攻撃を続ける。刃が鉄板にぶつかる轟音が鳴る。鉄板には深い切り傷ができ、今にも切り裂けれそうだった。


(――今だ)


 俺はこのスキに、林の方へと駆け出した。


「ま、待て!」


 あの泉に通じるけもの道を、俺はひたすら走った。

 だが地の利はあるとは言え、子どもの足と大人の足。どちらが早く追いつくかは、言わずもがなであった。


「ゼエゼエッ……、追いついたぞ。」


 あの血の刃の射程に射程に入ったのだろう。渡邊が手をかざす。

 ――チリン、チリン。

 またさっきの鈴の音が頭の中で響いた。


「ひっ!」


 俺はとっさに、地面から手斧が生み出されて樹が切り倒される映像をイメージした。

 カッ!

 すると、俺が今通り過ぎた樹木の根元から鈍い銀色の光が放たれて、幹を両断した。


「くっ――」


 ズズゥゥゥウウウン――という轟音を立てて、樹が倒された。


(や、やったか!?)


 もうもうと立つ土煙と木の枝葉で渡邊の姿が見えなくなった。樹の下敷きになったのだろうか。 

 俺は立ち止まって振り返る。

 ――ジャキッ!


「わあっ!」


 枝葉から赤い刃が突き出して、俺の鼻先まで伸びた。驚いた俺は尻もちを突く。


「クソッ! 道を塞がれた!!」


 渡邊の声がした。ヤツは無事だった。 

 刃を前後に動かして、ギコギコと鋸の要領で木の幹を切断していく。


「ひ、ひいいいっ!」


 俺はへたり込む腰を何とか持ち上げて、再び走り出そうとした。


「うわっ!」


 だが、木の根につまずいて倒れた。

 木々の間から、ぬうっと渡邊の姿が現われた。

 墨を流したようなどんよりとした黒目は、完全に正気を失っていた。


「……お前らが悪いんだ。飯間も、お前も……! お前らが目撃さえしなければ、殺すのは【絡繰(オルガノン)】の魔女と使い魔だけで済んだのに……!!」


 渡邊は半狂乱の状態で口走りながら、俺に右手をかざす。


「わ――わああああっ!!!!!」


 その時、「伏せてッ!!」という凛とした声が夕闇の森に響いた。

 ガァーオン!!

 直後、銃声が鳴り響く。

 渡邊の赤い刃に、鮮やかな朱色の火花が飛び散った。


「……!」


 狂乱に満ちた渡邊の顔に、正気の驚愕が宿る。

 血の刃はどろどろに溶けていって、半ばのところでポッキリと折れた。

 視線を上にやると、そこには魔導自動拳銃――K(ケルヒェンシュタイナ)&(ー・ウント)H(・ヒューン・)B9(べーノイン) 九星(きゅうせい)を構えた中田の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。