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Report 37 FRI-END(後編)(3)

 望夢の父親に発見された後、俺と望夢の二人は警察による取り調べを受けた。

 パトカーに乗せられ、警察署がある町外れまでつれていかれた。そこは、「連続通り魔殺傷事件捜査本部」が設置されているところだった。

 俺と望夢は、一人ずつ小さな部屋に入れられて取り調べを受けた。保護者は、別室で待たされた。

 俺が中に入ると、中年の刑事がいた。髪はぼさぼさの天然パーマで、ワイシャツにペイズリー柄のネクタイという格好をしている。歳は岸川と同じくらいというところ。彼は、扉から見てテーブルの反対側の席に腰かけていた。


「まあ、座りなよ」


 しわがれた覇気のない声だった。命じられるまま、俺はパイプ椅子に座る。

 まず刑事から、洋平の死についてその全容を話された。


 夕方。翔たちを追いかけ回した洋平たちは、先回りしようとして細い道に入った。すると、少し離れた辻のところに人影が見えた。逆光のうえ遠いため、詳しい容姿は分からない。中折れ帽のような帽子を被って、コートのようなものを着ていることは分かる。

 体の向きを、変えた。そして、通り魔は音もなく急接近してきた。立ち込める鉄の臭い。そして、赤マントが腕を軽く振った。黒い紐のようなものが飛んできた。それは、瞬く間に彼奴の右手に納まってしまった。

 そして、鮮血が噴き出した。洋平の首と胴体が、切り離されたのだ。

 樹たちは一様に、腰を抜かしたという。

 通り魔は、手をもう一度動かす。

 ガァーオン!

 その時、どこからともなく銃声が聞こえた。

 通り魔はびくりと身を震わせて、その場からあっという間に逃げ去った。

 そして、樹たちは近所の人に発見されるまで、その場に座り込んでいたという。


 以上が、刑事の説明する事件の状況だった。


 目撃者は、直前まで面と向かっていた翔と望夢を除いて、他にいない。樹たちの精神的ショックは大きく、市営病院に収容された。

 ここまでの話を終えると刑事は、樹たちから逃げたあと俺達が何をしていたのかを問い詰めてきた。

 俺は、裏山に向かったといった。そしてスネコスリや畏のことは伏せて、中田教諭と怪しい戦闘部隊の男たちのことを話した。

 すると刑事は、「夢でも見たんじゃないか」と一蹴してしまった。


 俺は「他に赤マントについて、何か知っていないか」と訊かれた。先々週の金曜のことがちらりと頭に浮かぶ。


 気取られぬよう「知りません」と答えた。


 いくつかの他愛もない質問の後、翔は解放された。

 その後望夢が、別の部屋から出てきた。


 二人は、それぞれの保護者につれられて帰宅した。

 その夜は、食事もろくに喉を通らず、ほとんど眠ることもできなかった。




   ★


 川辺に建てられた斎場で、洋平の葬式が行われた。

 俺たちの学年は午前中の授業が取り止めとなり、タカ、樹、章太の三人以外は全員参列した。渡邊教諭をはじめとして、教師たちも顔を連ねている。

 喪主を務めたのは、樹の父親であった。息子と同様の小柄で痩せぎすの男性だった。

 まず、僧侶による読経がなされた。それが終わると、喪主が登壇し挨拶を読まれた。


「本日はお忙しい中、また平日であるにもかかわらず、大勢ご会葬いただき、心からお礼を申し上げます。五年一組のお友だちも、洋平のために本当にありがとうございます。……ニュースなどでお聞き及びの方もいらっしゃることと存じますが、昨日、私どもの息子洋平は、残忍な通り魔の手により、――その短い命を終えました」


 涙で途切れ途切れになりながら、洋平の父親は整列する児童たちの前で挨拶をする。そのかたわらでは、泣き腫らした目元に隈をためた洋平の母親が、じっとうつむいていた。


「親としては、痛恨の極みとしかいいようがありません。子どものためにも、また子どもを見守る親御さんや先生方のためにも、一刻も早く、この人物が法の下で裁かれる日が来ることを、願ってやみません。……」


 挨拶が終わると、渡邊による弔辞が読まれた。

 その後は、少し時間を置いて別れの儀となる。

 参列者の一人一人が、花を棺の中に入れていく。

 俺も当然、列に加わった。


(――まるで、眠ってるみたいだな)


 この段階にきてもまだ、俺は洋平の死を実感できなかった。花や書き置きの中で眠る洋平は、今にも起き上がってきそうである。けれども首の根元に見えた縫合線が、彼の「死」を否が応でも翔に悟らせた。

 赤マント。

 洋平の首を切り取った張本人の姿を、俺は遺体をみて幻視した。込み上げる吐き気に堪え、翔は供花を終える。

 両親や親族の手により、蓋が閉められる。出棺である。霊柩車が、発進の準備に入る。

 会場の外に出ると、強い日差しと喧騒とが翔を襲った。ひどく疲れている上に一睡もしていない彼に、軽い目眩が襲う。


「こちらが、被害者の少年の葬式が執り行われているホールです」

「ご遺族は、今どのような心境ですか?」

「スイマセン、少しお話を……」

「君! 飯間君の友だちかい? 少し、聞かせてくれないかな!」


 ずらりと並ぶカメラ。テープラインを乗り越えんばかりに迫る、新聞記者やテレビリポーター。マスコミと警官隊が揉み合っていた。


「取材は控えてください!」


 屈強そうな警官が報道陣に対して、怒鳴った。参列者に対してマイクを向けるリポーターを制止する。

 その日、俺たちは休校となった。




   ★


 翌日。登校すると、マスコミは学校にまで張っていた。

 不快な気分でマスコミの脇を潜り抜ける。

 教室に着くと自分の席に座り、そのままぼんやりしていると、朝のチャイムが鳴った。


「――?」


 そのとき、違和感を覚えた。

 俺の二つ後ろの席――望夢が空っぽのままだった。


(休みか……?)


 それからすぐに渡邊が来て、俺たちは体育館に移動となった。

 全校集会だ。

 校長から、詳しい事情を知らない他学年のために事件の説明がされて、それから黙祷が行われた。そして集団登校・集団下校の徹底と、放課後や休みの日でもけして一人で出歩かないよう、きつく申し渡される。

 その日、結局望夢は学校に来なかった。




   ★


 放課後。俺はランドセルを岸川家に置いて、すぐに望夢の家に向かった。

 川沿いの道をしばらく歩くと、望夢の家であるボロアパートが見えてきた。

 俺は望夢の部屋である102号室へ向かう。

 ドアを二、三回ノックする。

 応答がない。


(留守かな……?)


 諦めかけたその時、だった。


 ――五星(ごじょう)に奉るは、六道を経て……。

 

 昨日聞いたお経のようなうなり声が、中からかすかに聞こえてきたのだ。

 ゾクッ。

 それを聞くと、何故か全身を怖気が走った。

 聞こえてくる声はお経に似ているが、そんなありがたいものじゃない。もっと、おぞましい何かだ。

 これに似た雰囲気を、俺は何度となく味わったことがある。

 それは、怪異が俺に敵意を向けてくるときの空気だ。

 ドン!

 俺は堪らず、扉に握り拳二つを叩きつけた。


「おい! 望夢! 中でいったい何をやっているんだ!!」


 ドンドンと扉を叩き続けていると、突然バン! と開いた。


「がっ!」


 俺は額をぶつけて、後ろへとひっくり返った。

 中から、のそりと人影が現われる。


「……何だ、翔くんかい」


 それは、望夢の父親だった。

 だが、その格好は異様そのものだった。

 烏帽子に水干という、当時の俺は名称こそ知らなかったが神社の神職のような恰好をしていた。


「おじさん!」

「入りなさい……」


 望夢の父は俺をギョロリとにらみつけて、部屋の中へと招く。

 薄気味悪さを感じながらも、俺は言うことに従った。


「お、お邪魔します……」


 まず目に入ったのは、台所と一緒のリビングだ。障子で閉められている奥の部屋は恐らく和室だろう。そこに望夢はいるのだろうか。


「客人だ」


 そう言って望夢の父親はを障子を開けた。

 そして目に飛び込んできたのは――逆さの五芒星の魔法陣が描かれた赤い布の上に横たわる望夢の姿だった。


「――! 望夢ッ!!」


 俺は望夢に駆け寄ろうとしたその時、

 ガンッ!

 後頭部を固い物でしたたかに殴られた。

 脳を揺らされた俺は、その場にドサリと倒れ込む。

 

「お、おじさん……。何を……」


 鉄パイプを手にした望夢の父親、そして母親が俺を見下ろす。母親もまた、烏帽子に水干という奇妙な恰好をしていた。

 朦朧(もうろう)とする意識のなか、俺は魔法陣の向こうの光景を見る。

 酒やコメなどの捧げものが置かれた祭壇のようなものが作られ、その中心にある写真建てには一人の男を移した白黒写真が入っていた。

 彫りの深い国籍不明な顔立ちに、衣装は中折れ帽に長いコート。

 その見た目から、思わず俺は口にした。


「赤……、マント……」

 

 すると、望夢の母が耳元で怒鳴りつけた。


「官憲が流して、衆愚どもが吹聴しているそのような醜い仇名で同志を呼ぶな! この方は我らが偉大なる同志、松元精輝(まつもとせいき)である!!」


 望夢の父は、大仰に両手を広げて大声で宣言する。


「同志松元精輝よ!! いま、あなたの(・・・・)実の子である望夢(・・・・・・・・)の身体を差し出します! この依代に乗り移って、我らが同志は再び蘇らん!!」

「同志基(もとい)よ、詠唱するぞ!!」

「うむ! 同志望美(のぞみ)よ!!」


 そして二人は、祝詞のような呪文を唱え始めた。


「〈掛けまくも畏(かしこ)き、泰山府君(たいざんふくん)よ。天曺(てんちゅう)よ。地府(ちふ)よ。

 冥界の神々に恐(かしこ)み恐(かしこ)み申す!

 亡者の瘴気は水官(すいかん)に祓われ、

 北帝大王(ほくていだいおう)に加護を受け、

 五道大王(ごどうだいおう)に許しを請う!」


 呪文を聞いているうちに、俺は腹の底から煮え滾るような怒りが込み上げてきた。

 こいつらが何を言っているのか、何をやっているのかは分からない。


「司命(しめい)と司禄(しろく)によっていま一度、寿命を定められ、

 六曹判官(ろくそうはんがん)の稟議を経(ヘ)て、

 南斗(なんと)、北斗(ほくと)に導かれ、

 家親丈人(かしんじょうにん)の目にかけられた汝、松元精輝よ!〉」


 だがさっき、「望夢の身体を差し出す」と確かに言った。

 なんでこんなことをしているのかなんて、知ったことじゃない。

 ただ、望夢を犠牲にしようとしていることが確実である。それだけで俺にとっては、こいつらを力づくで止める理由になった。


「……や、めっ、ろぉぉぉおおお!!」

「――《十二の神の御力を借り、我らのたなごころに、いざ蘇らん!》っ、おおッ!?」


 俺は力を振り絞って立ち上がり、望夢の父親にタックルした。


「な、何をする!」

「うるさい! お前ら、望夢を一体どうするつもりだ……!」

「聞いていなかったのか。この子は偉大なる同志、松元精輝が蘇るための尊い犠牲となる」


 望夢の母が割り込んできた。


 俺は業を煮やして「誰なんだよ、マツモトセイキって!」と言った。


「松元精輝は、お前のような未登録術師をはじめとした術師人民を解放する偉大なる魔術師にして革命家だ。同志は戦前に術師結社『ロマネスク R∴M∴』を結成して、革命を起こそうとした。しかし今より82年前、甲賀忍の抜け忍・和谷露陣による卑劣な裏切りによって松元は消息を絶ち、ロマネスクは解体に追い込まれた。戦後、日本は帝国主義勢力に言われるまま術師だけの社会である術師界を作り上げたが、松元の名誉回復はされなかった」

「だが、47年前! 密かにアメリカへ密入国していた松元は、帝国主義のイデオローグであるマイケル・リチャードソンに鉄槌を降すという偉業を成し遂げた!! 魔導人民党の日和見主義者どもはこれを非難したが、これは我々革命的人民主義者にとっての悲願であった!!」

「ところがであった。11年前、松元は死んだと別の同志から知らされた」

「悲嘆に喘ぐ我らにその同志より与えられたのが、望夢だったのだ」


 その言葉を聞いて、俺は愕然とした。


「アンタらは望夢の実の親じゃない……!? そ、そういえばさっき、松元の実の子だって……!」


 俺は半ば聞き流してしまっていたが、たしかに二人はさっきこう言っていた。


 ――同志松元精輝よ!! いま、あなたの(・・・・)実の子である望夢(・・・・・・・・)の身体を差し出します! 


 しかし、俺の疑問はまだあった。


「だ、だけど、今起きている事件とその松元と、何の関係があるんだよ!」


 それは松元なる男の存在と望夢の出自が、現在進行形で起こっている殺傷事件と何ら関係性を見い出せないことだった。


「あれは日帝(にってい)の走狗たる退魔連合が、松元の名を貶める目的と、潜伏する我々を炙(あぶ)り出すために起こしている事件だと、別の同志より聞いている」

「だが、そんな策略に我々は乗らぬ! いま!! 詠唱は完遂された!! 松元精輝は実の子を依代として復活したのだ!!」


 その言葉に、俺の注意は再び望夢に向かう。


「! しまった!! 望夢ッ!!」


 俺は眠る望夢の身体を揺さぶった。


「う……、うん……」


 望夢は、かすかなうめき声をあげる。そして、覚醒した。


「……翔? あれ、僕どうしていたんだっけ? どうしてここにいるの?」


 それは紛れもなく望夢であった。松元ナントカなどという魔術師ではない。


「望夢……!」


 俺は顔を綻ばせて喜んだ。

 だが、望夢の両親は大いに狼狽えた。


「バカな!! 『式』も『陣』も『呪文』も揃っているのに、何故術が発動していない! 同志奈部(いかんべ)が渡してくれた文献によれば、五星六道祭(ごじょうりくどうさい)はこれで正しいはずだ!」

「十年以上も、我々はわざわざ『制約』まで課して陰陽道を習得したのに!」


 ギィィィ……。

 その時、背後の扉がきしむ音を立てて開いた。開け放たれた扉のところには、外の光を背に受けた人影が立っていた。


「赤マント……!」


 中折れ帽に赤いインバネスコート。俺は人影を見てそう言った。

 顔は逆光でよく見えない。


「おお、同志奈部!」


 望夢の父親が乱入者に向かって、換気と困惑が入り混じった声で言った。

 逆光に目が慣れてくる。おぼろげに見えてきたその相貌を見て、俺は言った。


「オトロシ?」

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