Report 35 シュプレヒコールにかき消されるもの(前編)(6)
「ちくしょう! ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうッ!!」
そう喚きながら、竜子は廃棄された緩衝材を何度も蹴っ飛ばした。
そんな彼女をンネとトゥエットは、心配半分呆れ半分で見守っていた。
「家のクソオスどもからやっと逃れられると思ったら、今度は化け物みてーな男にイイようにされるのかよッ! こんちくしょう!!」
ンネは以前竜子から聞かされた話に加え、山吹家自体が著名な家系であることから内情をある程度知っていた。それは竜子の父親も二人の兄も、【絡繰】と非常に関係の深い存在であり、男尊女子的傾向の強い人物であり、山吹家自体が封建的な傾向で強いということだ。
竜子の父親である光圭は魔導宰相補佐官であり、東京五星院家派の人間で、【絡繰】の反基柱派に接近していた。だが、反亜人主義を掲げる反社会的政治術師結社・白銀衆の首領であった義理の弟・廣銀蔵人が不祥事を起こして、結社は解散。その後、義理の兄である廣銀成博ともども何者かに暗殺されてしまった。このスキャンダルにより、補佐官の職を更迭されてしまった。私生活では、何かと妻であり竜子の母であるりょうに強く当たる男尊女卑的な人物であったことも、SNSで流出した。
それから、二人の兄がいる。一番上の兄である光影は、叔父である蔵人と仲が良く、マチズモな感性の持ち主だったという。本人も被害にあったマガツの襲撃事件と、義理の伯父たちの暗殺以後は引きこもりがちになり、目立った活動はしていないという。
二番目の兄の活己はS級術師であり、魔導実践術の魔導剣部門において大会上位入賞の実力の持ち主だ。だが性格が悪く、特に女性に対してあたりが強いことで知られている。また【絡繰】、特に基柱派との関係が疑われており、竜子含めチーム・シソーラスは警戒対象として認識されている。
こうした女性蔑視の雰囲気が強い環境で育った竜子に対し、ンネは貧富の差はあれど少しばかりの共感の念を覚えた。彼女も故郷のヴィクトリア自治区では育ての親を除いて、男が力で女子どもに言うことを聞かせようとする場面に何度も遭遇してきたからだ。
いや、このチームの面々は多かれ少なかれそういった経験を経て、それを潔しとしない女子たちなのだ。だからこそ、これだけ心がバラバラなのに一つにまとまっていられるのだろう。
「……!」
その時、出入り口の方に何かが現われたと心がざわついて振り向いた。
何の音も気配もなかったが、経験からくる勘がそう言ったのだ。
……シュウウウ。
中空に突如出現した白い霧が証明に照らされて光り出す。
霧の中には、飛行箒にまたがったカテリーナとサリタ、そして猫寺師の姿があった。
これは、サリタの異能〔ミスティ・ナイト〕の効果である。
自身を含む対象の術師に、五感と霊力場を隠す霊的結界を張る白い霧を生成する。この白い霧は光学迷彩および温度迷彩にもなっており、視覚情報を対して特に強い遮蔽効果を発揮する。この結界は、S級術師でもそう簡単に看破することはできない。なお、サリタを含めて最大三人まで、射程内なら結界に入れることが可能である。唯一の弱点は射程が半径二十メートルまでであることだが、ほとんどデメリットになっていない広さである。
「戻ったぞ」
猫寺師の野太い声が反響する。
すると、さっきまで癇癪もどこへやら。竜子が「お疲れ様です」と労った。
「翔栄というガキは、簡単に見つかったぞ。途中でヤツの凶方と儂の吉方の『繋がり』を解かれたときはちと苛立ったがな」
「それで……五星院翔栄はどうしたのですか?」
竜子が問う。
すると、猫寺師は大儀そうに答えた。
「とりあえず一発蹴りをかまして、『二度と猫寺師佐武朗と紅の暁に探りを入れるな』と脅しかけといたわ」
「死なせたり、再起不能にしたりは?」
「あんなもんで人は死なん。せいぜい肋骨にヒビが入った程度だろう」
その報告を聞いて、ンネはホッとした。とりあえず、命に別状はなさそうだ。
「五星院翔栄は、少し脅されたくらいで引くような人間じゃないと思います。また大きく動かない限りは、泳がせ続けましょう」
★
翔栄は目覚めると、見覚えのある天井が視界に入った。
ベッドに身体を横たえたまま眼球だけを動かし、周囲を探る。
(二週間近く前に見た光景だ……)
ここは、白金草原病院の個室病棟である。
十二日前。翔栄は夕を助けた夜、二人は五星院家の人間に、検査を受けるためこの病院に連れてこられたのだ。
翔栄は自分の具合をたしかめる。
(痛みがあるが、このくらいなら骨まではイッてねえな……。ただの打撲だ)
その時、扉が開いた。
「あれえ? 気が付いたんなら言ってよぉ」
それは、ネットリとした不明門小路の野太い声だった。
しかし、そこにいたのは細身の少女――夕だった。
「群青……」
「冷たいんじゃないかい? ずっと連絡していたのに、全く返信を返してこないの」
予想外の見舞い客に驚き、翔栄はゆっくりと起き上がる。
「僕が倒れているところを見つけたんだからね。なあに、お礼なんていらないさ。友だちなら当然のことだから」
「……どうしてお前が俺のマンションの近くにいたんだ」
翔栄は、疑問を口に出す。
たしかに終業式の日、夕にせびられて連絡先を教えた。だが、住所までは教えていないはずだ。
「今日用事があって学校に行ったらさ、田沢先生に『渡し損ねた公欠中のプリントがあるから、届けて欲しい』って言われたんだ。それで、君の住所を伝えられてね」
「あのクソ教師……」
思わぬ、情報セキュリティの抜け穴だった。今日びの学校の教員が、ここまで個人情報の取り扱いに疎いとは。夕だったから良かったものの、もし翔栄に対して悪意を持つ人間だったらどうなっていたことか。
「そうだ。さっき、『身内の人間だ』って名乗るお腹が大きいおじさんが来たよ。翔栄に『目が覚めたら私に連絡するよう伝えて欲しい』って。不明門小路さんって人」
(それで、不明門小路の声を知ったのか……)
翔栄は「わかった」とだけ返した。
「本当に心配したんだからね、五星院くん。まだ助けて欲しいことはあるかい?」
「……」
翔栄は、少し黙って考える。
それから霊力場をごく微量に展開させた。誰もいないし、聴かれてもいない。盗聴系の術もかけられていない。そのことを確認すると、翔栄は一拍置いてこう告げた。
「お前に、話しておきたいことがある」




