Report 35 シュプレヒコールにかき消されるもの(前編)(4)
(結局、夜明けまで踊るハメになった……)
時刻は、午前4時半を過ぎたところだった。空は既に明け白み始めており、朝を迎えようとしていた。
夜明けの紅火では、遊び疲れた若者たちがあちらこちらに見受けられた。まだ元気を持て余している者。フラフラの様子で帰路に着こうとしている者。酔いつぶれて寝床に着く前に寝落ちしている者。家出などで元々宿がない者。
総合ショッピング施設である夏南ビルの周辺は、特に家出した子どもや行き場のない若者たちがそこら中にたむろしていた。
(コイツらが、いわゆる「夏南界隈」ってヤツらか……)
「やー、楽しかったッス。ね?」
彼の目の前でそう話しかけるのは、今宵彼をエスコートしたンネだった。
「ああ、誰かさんのおかげでな」
「それは良かったッス!」
翔栄は「皮肉もスルーかよ」と毒づいた。
するとンネは、ふと立ち止まる。そして振り返って翔栄の顔をじっと見つめた。
「んだよ……」
意図が分からず眉根を寄せる翔栄。
するとンネは朗らかな笑顔を湛えたまま、こう告げた。
「君、本当はまだハイティーンになり立てッスよね? もう夜遅くに、こんなところに来ちゃダメッスよ」
ビルの間から太陽が覗き、ンネの顔を照らし出す。
「……本当、よく見てるな」
翔栄は「敵わねえ」と、ため息をついた。それから、率直に思ったことが口を突いて出た。
「アンタこそ、光の中の方がよく似合うぜ。クラブの毒々しい照明じゃなくて、空に輝く太陽のな」
レスポンスが返って来るとは思わなかったのか。ンネは目を丸くする。
「……」
少しばかり黙り、気恥ずかしそうに笑った。それまで飄々としていた彼女が、初めて見せる動揺だった。
「そ、そんな風に言われたのは初めてッス……」
それからンネとは、「Tutaonana!(またね!)」と言われて別れた。
(……ここのところ、女に調子を狂わされっぱなしだな)
そんな詮無いことを考えながら帰路に着こうとした――そのとき、だった。
「ウッ!」
目の前にいた黒ゴシック系ファッションの女の子が、突然胸を抑えて横に倒れようとした。
「なっ……!」
翔栄は思わず駆け出して、その少女を抱きかかえた。
体重が異常に軽い。30度を超えた朝方なのに、体温がやけに低い。そして、黒いマスクから漏れ出す据えた甘酸っぱい口臭。
間違いない。四係から教えてもらった、ヨアルデパストリス・カルテルが捌いている新型の魔薬依存者の徴候だ。
「クソッ!」
翔栄はスマホを取り出して、魔導救急車を呼ぶ救急ダイヤルを押した。
★
夜が明けてから六時間。
南中へ向かう太陽がブラインドで閉ざされた陰陽保安局本局庁舎六階の貴賓室に、五星院真が訪れていた。
――コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」という声とともに、天然パーマの若い男性が入ってくる。
五星院壱誠であった。
「壱誠くん、こないだはお疲れだったね」
「いえ。いつものに比べれば何と言うこともありません」
壱誠が軽い口ぶりでそう言うと、「はは。これは頼もしい」と真は笑った。
「それじゃあ、また頼むことがありそうだ」
「へえ。それは何時、誰で?」
すると真が「いや。まだどれを的にするかは決めていない」と切り出す。
「昨日までね、翔栄に旭宇隆を調べるようにお使いを出していたんだけどやめたんだ」
「宇隆? 群青家の人間で、紅の暁の?」
「そう。その紅の暁の周りで、連続殺人事件が起きているだろう? 和久くんが、どうもその話を翔栄にしたらしくてね」
もちろん和久――エルワンが直接真に漏らしたわけではない。真はある筋から、そのことを知ったのだ。
「それで危ないから、ご子息を離したと?」
「まあね。だけど、これでやめるようなタマなら苦労はない。むしろムキになって一層調べるだろうね。どうもこのごろ、群青のお嬢さんと仲が良いらしいし」
「はあ。で、その殺人犯というのは一体誰なんですか?」
真は壱誠のカンの鋭さに、話が早くて助かると思った。
「呼び出したのは目星がついたから」というところに、すぐ頭を回してくれる。さすがに自分が見込んだだけある。
「反アンシーライズ騎士団の首領・猫寺師佐武朗こと、偽・五星六道祭によって復活した、和谷製薬創業者にして甲賀忍者の抜け忍である和谷露陣だ」
「偽……? 何ですかそれは」
首を捻る壱誠に、真は「まず、五星六道祭とは何なのかから説明する」と言った。
「五星六道祭とは、泰山府君祭の強化版と伝えられている伝説の秘儀だ」
「へえ。泰山府君祭は知っていますが、そのパワーアップ版なんてあったんですね」
「あるんだ。魂に干渉して死者を転生させるという効能は泰山府君祭と同じだが、君もご存じの通り、泰山府君祭は実際のところ死者蘇生などはできず『生きているものを生き永らえさせる』効果しか働かない。しかし、五星六道祭ならそれを成し遂げると伝えられている」
すると壱誠は率直に「眉唾モンですね」と言った。
「ああ、そうだ。しかも効能はわかっても、そのやり方はわかっていないときた。わかっているのは――これの紛い物である偽・五星六道祭だけだ」
「紛い物ですか」
「ああ、紛い物だ。いつ頃作られたのかはわからないが、安土桃山時代には作成されていたことは確実視されている。三角を二つ重ねた『陣』の上に、代償としての動物と依代となる人間を用意して、依代に乗り移ることで転生される。依代は転生対象と血が近いほど成功率は上がる。しかしこれによって転生された魂は、雑多な霊障物が混じった不完全なものであり、転生後は内臓に様々な疾患――特に心臓から異常を引き起こす」
「心臓……。現代魔術では、魂と肉体を結び付ける臓器という説が有力視されているんでしたっけ」
真は「そうだ。現代魔術だけでなく、陰陽道でもその解釈が優勢だ」と言った。
「魂は『命の灯』というように炎に例えられる。陰陽道において心臓は火行に対応する臓器だ。したがって、心臓が魂の宿るところと解釈される。……もっとも、『魂』というものが目に見えず触れられない、非常に抽象的な構造体でしかないから、定説として裏付ける実証は未だできていないんだけどね。――話を戻そう。ともあれ偽・五星六道祭によって転生されたヒトは、心臓に異常が現れると、定期的に他のヒトの心臓を経口摂取しなくてはならない」
「他のヒトの心臓をですか? 移植ではなく口で?」
「ああ。『心臓を食らう』という行動そのものが、偽・五星六道祭を維持する『詠唱』の一部となっている」
「そこだけは、ずいぶん断定されますね。失礼ですが根拠はあるのでしょうか?」
すると真は「ある。今から16年前。そこからさらに30年前にかけて、今回のように心臓が抜き取られた死体が間隔を空けて断続的に見つかる事件があったんだ」と言った。
「16年前……。ああ、それなら知っています。和谷製薬が治験で事故死した人間から、秘密裏に心臓だけ抜き取って闇ルートで売買していた事件ですよね? たしか、社長が家ごと焼け死んで明るみになった不祥事だったかと。でも、あれは組織犯罪でしょう?」
「君の言う通りだ。だが、心臓を抜き取られた理由は実験や臓器売買ではない。偽・五星六道祭によって蘇った和谷露陣が、その身体と魂を維持するために心臓を食うためだ」
「ん? ちょっと待ってください。露陣は和谷製薬の創業者ですよね? 不祥事が明るみになった当時の社長は孫の明陣だったハズじゃ――」
そこまで言いかけて、壱誠は言葉を止めた。
「まさか……」
真はニヤリと、口角を上げる。
「どうやらつながったようだね。そう、和谷露陣は偽・五星六道祭によって孫である明陣の身体を乗っ取って転生していたんだよ。そして、最も重要なのが猫寺師佐武朗は明陣の孫、つまり露陣の玄孫にあたる人物だ。露陣が彼を依代として復活している可能性は非常に高い」
突拍子もないことと思われたのか。壱誠は、コメントに困っている様子だった。
「そりゃあ、何とも……」
「信じがたいと思うのは無理もない。だが明陣に露陣が取りついていたことは、第五係の捜査によってわかっていることだ」
「第五係が……!」
陰陽捜査課には、五つの係がある。指定暴力術師結社、つまりヤクザを担当する第一係。マガツなどの過激派である反社会的政治術師結社を取り締まる第二係。汎人界でいうところの破壊的活動や信者の経済的搾取を行うカルト宗教反社会的宗教術師結社を取り締まる第三係。外国の反社会的術師結社や犯罪術師結社が絡んだ事件、つまり外事を担当する第四係。
そして、日本の術師界の体制を脅かす全ての事件に対応し、監視や諜報活動を行う第五係。通称「ダイゴ」。
彼らの特徴は、徹底した秘密主義にある。陰陽保安局は魔導警察と比べても機密性の高く独立性の強い組織であると知られているが、ダイゴは局内においても突出して排他的な性質を持っている。同じ庁舎に所属する陰陽保安士に対しても、一切連携をせず、情報を明かさない。壱誠ですら知らなかったのも、道理である。
「そしてスキームリキッドの報告によれば、明陣の孫である猫寺師佐武朗が今の連続殺人事件の犯人である可能性が濃厚だという。そしてもう一度、偽・五星六道祭を執り行う可能性が高いとも」
「スキームリキッドが言うんなら、そうでしょう」
スキームリキッドとは、【絡繰】のエージェントである。情報収集と諜報のスペシャリストであるが、その正体は【絡繰】のなかでもほとんど知られてない。わかっているのは、「レスター」と呼ばれる、また正体不明なエージェントとコンビを組んでいることだけだ。さっきのエルワンと翔栄の情報も、スキームリキッドによるものである。
彼らの正体は、真=ローゲン含む一部の幹部しか知らない。
「これを見てくれ」
そう言って真はタブレットを取り出して、一枚の画像を見せた。それは新東京自治区の航空写真であり、その上に二つの三角を互い違いにして、四つの頂点を円で囲んだ図形が描かれていた。
「これって、さっきおっしゃっていた五星六道祭の『陣』では?」
「その通りだ。この間の紅の暁のデモのコースを線で引いたらこうなった。つまり猫寺師は、紅の暁の学生を代償にして、今の身体から新しい依代に乗り移る気だろうな」
「しかしこんな大掛かりなことをやれば、転生の秘密が世間の明るみに出てしまうんでは……?」
壱誠がそう言うと、真は頷いた。
「だから奴が企んでいることは、ただ転生するだけじゃない。これだけの代価を支払いリスクを負ってでも手に入れたい、大きなものがある。……ここから先は、まだ想像の段階に過ぎないんだが、それは――」
真が自分の考えを壱誠に伝える。
「……」
余りに荒唐無稽と感じたのだろう。さすがの壱誠も、目を丸くして黙る。
だが少しの間を置いて、こう言った。
「……で、俺は何すればいいんですか?」
期待通りの反応で、真は口の端を吊り上げた。
ここで「落ち着いて話している場合じゃないですよ」などと慌てたり、「何を馬鹿言ってるんですか」と信じたりしないことは、二流のやることだ。壱誠は、そんな間抜けな素振りは見せない。真がここに呼び出し、落ち着いた態度で話している以上、この話は真実であり、何らかの手は打ってあると踏んで然るべきだ。そして壱誠は、そのことを察してくれている。
「限界まで露陣を泳がせておくから、まだ何もしなくていい。そうして紅の暁の煤払いや、反基柱派の牽制をするとともに、偽・五星六道祭の手がかりをつかむ。もちろん、紅の暁の学生とその関係者以外には被害を出さないようにする。そのための駒も、既に用意してあるよ」
基柱。それは、【絡繰】の運営決定機関である。
現在【絡繰】はこの基柱に忠実な派閥――その筆頭である真=ローゲン――と、それに逆らう派閥・反基柱派に割れている状態にある。
「紅の暁はわかりますが、反基柱派?」
「ああ。これもスキームリキッドが教えてくれた情報なんだけどね、猫寺師は反基柱派のあるチームと接触しているというんだ。それは――」
★
夕暮れの蒼木の倉庫街。独り歩くンネは、いつになく浮足立っていた。
(あんなウブな子、久しぶりッスね)
昨晩行ったフルムーン・ミッドナイトで、思わぬ楽しい出来事があったからだ。
(でも、相手が言って欲しい言葉を言うときははっきりと言う……。とっても素敵ッス)
だが、待ち合わせ場所である廃倉庫が近づくと――
スンッ……。
その足取りは一気に重くなり、綻んでいた顔は真顔になる。
(……あんな素敵な子が、どうして警戒対象の一人なんだろうなあ)
誰も寄り付かない、閉ざされた廃倉庫。ンネは倉庫と倉庫の隙間の道に入り込み、いつもの出入り口である裏口に向かう。錆だらけのアルミの扉に、決まりである三回のノックをする。
「……入って」
なかからか細い声が響いた。ンネはドアノブを握って、中に入る。
暗闇のなか、パッとハンドライトの灯りがついた。それを握っているのは、一重に小さな団子鼻をした東洋系の少女だった。
「トゥエット。お疲れッス」
東洋系の少女――トゥエットはこくりと頷いた。
「ンネこそ……。無事でよかった……」
そして彼女の先導で、ベニャ板のパーテーションで区切られた倉庫の内部に入っていく。
中央には、ハンドライトの照明のみで三人の女子がたむろしていた。
マスクをつけたキャラメルブロンドの少女。
肩甲骨の下まで伸ばしたハニーブロンドの女性。
それから、少し高台になっているところに立つアシンメトリーの黒ボブカットの女性。
「……どうだった? ツェジールW」
黒髪の女性がンネにそう訊いた。
そしてンネは彼女――チーム・シソーラスのリーダーであるシソーラスこと、山吹竜子にこう答える。
「竜子の言った通りッス。やっぱり来たッスね、五星院翔栄」




