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Report 35 シュプレヒコールにかき消されるもの(前編)(3)

 真から出た余りの言葉に、翔栄は一秒ほど思考が凍ってしまった。


「……あ゛??」


 ようやくのことで出た声は、何とも間の抜けた唸り声であった。


『いや、だからね。旭宇隆に関する調査はもう終わり。何でも好きなものを買ってあげるって約束は守るからさ』

「いらねえよ! 納得できる説明をしろコラ」

『ああ、心配しないで。あのバア……お祖母様には、僕がわかってもらうよう言っておくよ』


 はぐらかそうとする真に翔栄は思わず、「そうじゃねーよッ!!」と怒鳴ってしまった。


「ここまで調べさせておいて、何の理由も告げず『終わり』ってふざけんじゃねえぞ! 大体――」

『おい』


 ――ぞくっ。

 そう威圧する真の声は、この前に叱責したときも数段冷え切っていた。


『聞き分けろよ、翔栄――終わりって言ったら終わりなんだ』


 それからまた、いつもの猫撫で声に切り替わって『お父さんは、翔ちゃんのことを思って言っているんだからね。それは忘れないでおくれよ』とだけ言い残し、一方的に通話を切った。


「……んだよ、クソッタレが!!」


 翔栄は、スマホを洋室のベッドに向けてぶん投げる。


(まあアイツの言う通り、手を引いてもいいか。元々やる気なかったことだしな)


 ベッドに横たわり、翔栄は今日あったことを漫然と振り返る。六合を通じて見た景色、デモの行進コース……。


「……!」


 そのとき、翔栄の脳内で一つの図形ができあがった。

 タブレットの地図アプリで、今日のデモ行進コースがすっぽり入る新東京自治区の地図を開く。それをスクリーンショットで撮り、タッチペンをカバンから引っ張り出して、画面上に今日の行進コースを書き入れていく。

 すると、新東京自治区を円でぐるっと囲む区道1号線、逆三角を描く2号線、そしてそれを180度ひっくり返した逆正三角形の3号線全てを通るルートを、デモ隊が通っていることがわかった。それも、一筆書きで描くことができる。


「これ……。泰山府君祭を重ね合わせた図形だな……」


 この図形が何を意味するかはわからない。だが、明らかに何らかの術の「陣」である。


(もしこれが、泰山府君祭と同じ種類の術なら……紅の暁の構成員は「捧げもの」ってことか?)


 伝統魔術は単なる化学反応を起こす術は少なく、大抵の場合何らかの代償を支払うことが多い。例えば泰山府君祭の場合であれば、米や酒などだ。それを古神道などでは「捧げもの」や「贄(にえ)」などと呼ぶ。


(兄である旭宇隆は、恐らく「贄」のガワだ……。バックについている反アンシーライズ騎士団の誰かが、この術の行使者だろう)


 そう考えたとき、翔栄の脳裏にある一人の少女の顔がチラついた。

 放課後の教室、夕焼けに映し出された儚げな表情。屋上の強い風にそよぐ黒髪。

 夕の姿が、彼の頭に焼き付いて離れなかった。


(……ダメだ。まだ、このヤマから手を引くことはできねえ)




   ★


 翌日。

 日本魔導大学新東京キャンパス学生自治会館。自治会役員室の隣にある来客室では、日魔大自治会長にして紅の暁代表である旭宇隆が、一人の来客に対応していた。


「あの、猫寺師さん……。例の召喚術師に関してですが、何かわかりましたでしょうか」


 デモの先頭に立ってコールをしているときとは打って変わった大人しい様子で宇隆は、来客――猫寺師佐武朗の顔色を伺うようにそう言った。


「いや、まだわからねえ。だが、陰陽道系なのは確かだな」


 筋骨隆々な外見通りの野太い声で、猫寺師はそう言った。


「陰陽道系……まさかダイゴでしょうか?」

「だから、わからねえって言ってるだろ。俺が陰陽道系だと判断したのは、召喚精霊の正体が『六合』だと踏んだからだ」

「『りくごう』って何ですか?」


 すると猫寺師は、眉間に皺を溜めてこう言った。


「六合ってのは、十二天将の一つに数えられる召喚精霊の一つで、自在に姿を変えられる力を持っているとされている」


 すると宇隆は、スマートフォンのウェブブラウザアプリで「十二天将」「六合」と検索する。


「……ああ、ウィズペディアに十二天将の記事がありました。たしかに六合って、載っています」

「その十二天将を召喚できる陰陽道系の術師となると限られる。真っ先に思い浮かぶのは、五星院家の人間だ」


 五星院家と聞いて、宇隆は頭から冷水を被せられたような気分になった。


「五星院家! 陰陽保安士を何人も輩出している家ですよ! 大変だ、早く手を打たなきゃ」

「落ち着け!!」


 慌てふためく宇隆は、猫寺師に一喝された。


「まだ決まったわけじゃねえ。とりあえず、この件は俺に任せろ。お前はこれまで通り、紅の暁の運営をやってくれ」

「わ、わかりました。猫寺師さん……」


 あとは会話もそこそこに、猫寺師は来客室から出て行った。

 一人残された宇隆は、憂鬱な気持ちでテーブルを見つめた。

 自分は魔導人民党の学生部の一員として、この大学の自治会運営を任されている。そして、超党派である紅の暁の運営もまた委任されている。だが実際は、猫寺師の言いなりだ。果たしてこのままでいいのだろうかと、自問自答する。

 だが当然のことながら、答えなど出るわけもない。自治会室へ戻り、やらなければならない仕事の続きをすることにした。




   ★


 夜の紅火で夏南の次ににぎわう場所、火金(ひがね)通り。あちらが猥雑(わいざつ)な歓楽街なのに対して、こっちは中流以上のサラリーマンや裕福な学生たちの遊び場といった感じだ。四つ目の路地を超えたところにDJクラブ「フルムーン・ミッドナイト」は、建てられていた。

 イエローの派手な外観に、ガッツリ防音できそうな分厚い扉が設えられていた。「FULL MOON MIDNIGHT」というロゴデザインの隣には、「SOUL HIPHOP R&B and AFRICAN BEAT etc...」と書かれていた。


(ここか……。黄色は自由主義の政治色だが、「俺たちは保守(アオ)でも人民主義(アカ)でもない第三の道を行くものだ」とでも言いてえのか?)


 陰陽保安士も警察官であり、実際に現場へ赴いて得ることは多い。翔栄は自らの観察眼を信じ、思い切って自分自身がクラブに潜入することにしたのだ。

 もしかしたら、猫寺師本人が来ているかもしてない。その振る舞いを遠目で見るだけでも、得られるものはあるだろう。

 翔栄は思い切って、そのドアノブに手をかける。そして、扉を引いた。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」


 受付である、ヒョウ柄セットアップの男性が挨拶をする。一見安っぽそうに見えるが、これがクラブファッションというものだ。見た目からは到底想像できない値段がするのだろう。

 そして翔栄もまた、この日のためにその身をひととおりクラブファッションに固めたのだ。

 黒をベースとしているのはいつもと同じだが、半袖レザーブルゾンではなくタンクトップの上から、半袖にアカンサス文様のアウターシャツを羽織っている。下はカーゴジョガーパンツと、いわゆるストリートコーデに決めていた。ロン毛はドレッドなどにしている時間はなかったため、そのままだ。

 翔栄が調べた限り、クラブファッションというのは「男らしさ」が好まれるようだ。チャラすぎる・中二病すぎるものは、好まれない傾向にある。


(チッ、このために不要な買い物をしてしまった)


 心のなかで毒づきながら、翔栄は「ああ」と応えて入場料を支払う。


「こちらドリンクチケットです。下のドリンクブースでご注文ください。500円以上のものと二杯目からは、追加料金がかかります」


 年齢確認がないのは助かった。かなり緩い店のようだ。

 薄暗い階段を降りると、そこにはネットで見たクラブそのものの姿があった。

 黒を基調とした内装に薄暗い室内。ギラギラと光り輝くミラーボール。色とりどりのレーザー光線。踊り狂う若者たち。ミキシング・コンソールとターンテーブルを操作するDJ(ディスクジョッキー)。丸テーブルに背もたれの低い椅子には、テキーラをショットで煽る酔客。

 翔栄はひとまず、ロッカーに荷物を入れることにした。本当になくしたらまずい貴重品は、肌身離さないようにする。

 そして、まずは客層を観察する。


(……夏休みに入ったからか、学生が多いな。「紅の暁」の話題も出てくる。あとは……外国人もそれなりにいるな)


 そしてテーブルについている客、踊っている客たちの会話に、注意深く聞き耳を立てた。


「……結局、紅の暁って何をやっているんですか?」

「……危ないことはないんですね?」

「……そんなら、参加できそうやね」

「……政治の話って、他の場じゃできないから」


 しかし、それらを聞いて翔栄は少しばかり落胆した。


(捜査資料で見た主要メンバーの顔はねえ。そしてどいつもこいつも、話が浅い。興味あるだけでまだ参加したことのないヤツか、加わって日の浅い奴らばかりだ。まあ昨夜は、ハデに打ち上げやったようだし、昨日の今日じゃムリか)


 翔栄はダンスゾーンに行って、もっと会話の詳細を聞いたり、客層を顔を伺おうとした。

 ところが、であった。


(どうやって、踊(ノ)ればいいんだ……??)


 モッシュの入り方がわからず、尻込みしてしまった。

 盛り場のノリというものは、少しばかり衣装を工夫したり踊っている動画を観たりしただけでは、分からないものである。身体が動いてくれないのだ。


(クッ! やっぱ一夜漬けの知識や、ゴミみてーなダンスの授業なんて役に立たねえ!)


 このままいても明らかに浮いてしまう。そうすれば、客の誰かしらの印象として残るだろう。そうなる前に去ろうと、翔栄は店を出かけた時、


「――Mambo(マンボ)!(お疲れッス!) 一緒に踊らないッスか?」


 不意に、横から明るい声をかけられた。

 振り向くとそこには、背が非常に高いアフリカ系の女性が立っていた。身長が175センチメートルある翔栄は、自分よりも背の高い女性と出逢うことが滅多にない。


「いや、俺は……」

「余計なお世話ッスけど、ずっと壁の花になってたッスよね? せっかく来たのにこのまま帰るのは、もったいないッス!」


 見られていた。

 そう思った翔栄は、目つきを鋭くして身構える。


「やー、構えなくても浮いてっから目立ちまスッて」


 流暢な日本語でヘラヘラと笑って、近づく女性。彼女の恰好も、翔栄の警戒を買う一因であった。白いベアトップにデニムのショートパンツという、いやに露出度の高い煽情的なコーデ。自分がここに来ることは誰にも知られていないからハニートラップとは考え難いが、何らかの犯罪に誘い込むエサではあることは十分に考えられる。


「でもダイジョーブ、お姉さんに任せるッス」


 女性は翔栄の右手を取る。


「アンタ何を――」


 そう言いかけて、翔栄は止めた

 フワッ――突然、地面が消え失せたかのような浮遊感が襲った。

 だが、それは錯覚だった。霊力場の展開などでもない。

 女性のグルーヴ感が並外れていて、手をつながれている翔栄にまでそれが伝わってくるからだ。


「……!」


 翔栄は今の一瞬、自身の心身に起こったことに驚いた。つねに働かせている危機感が、一時的とは言え完全に消え失せたのだ。


「どうスか? ノれそうッス?」


 女性はそう言って振り返る。彼女は単に身長が高いだけでなく、そのスタイルも抜群であった。ベアトップがはちきれんばかりの豊満なバストに、キュッと締まったウエスト。そして八頭身以上のプロポーションに、照明が照らし出す蠱惑的(こわくてき)に整った小顔。

 見惚れるということを、翔栄は久しぶりに経験する気がした。


「すげーな、アンタ……」


 称賛の言葉を口にすると、女性は快活に笑った。


「ウチはンネ! キミは?」

「……翔(かける)」


 コンマ六秒の間を置いて、汎人名を名乗った。さすがに術師名を潜入地で名乗るのは、危険すぎる。


「カケル……いい名前ッスね! さあ、一緒に人の波にノるッス!」

「お、おいっ。ちょっと待てッ」


 グンッ――

 さっきの浮遊感が、今度は断続的にやって来る。

 翔栄は思わず息を呑んでしまった。クラブカルチャーには疎い彼だが、ンネのそれは明らかに素人のレベルのそれじゃないことは分かってしまった。


「――アンタ、何かやってるのか?」

「いやぁ、ボンゴフレーバーを少しかじってたくらいっすよ」

「ボンゴフレーバー……。もしかして、タンザニア系術師か?」


 そう言うと、ンネは「ご名答ッス」と笑った。


「あ。……悪ィ、不躾(ぶしつけ)だった」

「別にイイッス。カケルは?」

「俺は――」


 こうして翔栄は、ンネのペースに乗せられて踊り続けることになった。

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