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Report 35 シュプレヒコールにかき消されるもの(前編)(2)

『皆さぁん! 今回も本当にお疲れっした~ッ!』


 見るからに陽キャといった感じの金髪に染めた男子学生が、黒板の前に立ってマイクでそう言った。

 ここは、日本魔導大学第六号棟の大教室。本日行われた「紅の暁」のデモの集合場所であり、経路の終着点だ。たったいまデモ隊が到着して、本日の行動の振り返りが終わったところだった。

 20歳前後の若い女性に変身した六合は、白金にある薔薇十字魔導大学の学生と身分を偽ってデモに参加していたのだ。ハーフアップの黒髪ロングにゆったりとした白いカットソー、そしてオリーブ色のサブリナパンツといった格好は、地味すぎず派手過ぎずどこにでもいる女子学生のいった風体であり、潜入に適していた。


『初めの挨拶でも言ったようにぃ、おれたちは昔のダサくて陰惨な暴力とかに頼ったいわゆる『過激派』とは違いまぁす! こんなもん被りませえん!』


 司会の学生はそう言って、横に置いてあったヘルメットとタオルを顔に当てた。すると、他の参加した学生から笑いがあがった。

 彼が揶揄(やゆ)しているのは、いわゆる魔導新左翼のことである。魔導新左翼とは、60年代から70年代にかけてソ連型魔導人民主義および魔導人民党に反抗した術師たちが共有した思想である。彼らは主に、戦前に「ソ連的ではない人民主義」を提唱した松元精輝を崇拝していた。だが、1970年のリチャードソン暗殺により、魔導新左翼は大衆の支持を失うことになった。その後先鋭化した若者・学生は、一般術師に被害を及ぼす爆弾テロを起こしたり、方向性の違いから仲間内で殺傷行為を行う|内部ゲバルト(通称、内(ウチ)ゲバ)を展開した。これに対して魔導警察と陰陽保安局は、徹底的に撲滅作戦を決行。術師結社を壊滅に追い込み、傘下の大学自治会に対しては大学と協力して、徹底排除を行った。その結果、現在で活動している魔導新左翼の過激派術師の生き残りはほぼ日本からいなくなった。

 しかし、魔導新左翼の残した爪痕は大きかった。術師界の市民たち、特に若者や学生に「政治活動=危険なもの」という誤った認識を植え付けてしまった。結果として日本術師界は、「若者や学生が政治活動をしない」という、世にも珍しい社会となってしまったのだ。

 そのため魔導人民党現議長派の傀儡である紅の暁は、魔導新左翼に対して批判的な姿勢を鮮明にしている。このパフォーマンスもその一環なのだ。


(ケッ。こういう内輪なノリ、鳥肌が立つぜ)


 六合の五感を通じて受け取った情報に対し、翔栄は心のなかで毒づいた。彼は今自室にいながら、霊力場を通じて六合が感知した情報を受信している。


『おれたちは「いっしょにやろうぜ」をキーワードにぃ、政治的な立場を超えてともに行動する、いま風なムーブメントを展開することを目標にしていまぁす! おれたちの声が政府に届くまで、今後も頑張っていきましょー!!』


 司会の学生がそう言うと振り返りはお開きとなり、片づけが始まった。全体の片づけが収束していくと、各大学・各サークルへと三々五々集まっていく。

 紅の暁は、複数の大学の複数のサークルによって作られた総合術師結社であり、傘下にいくつもの学生術師結社がある。六合が潜り込んだのは、そのなかでも最も緩い黒水(こくすい)魔導大学(まどうだいがく)のエンジョイ・スチューデントという団体だ。呑みサークルから派生したチャラめの団体で、決まったメンバーが幹部しかおらず、学生証の確認も不要で紅の暁のデモに参加させてくれるため、うってつけであった。

 六合は、エンジョイ・スチューデントの学生たちがいる方へ小走りに向かう。


「お疲れ様でーす」


 彼女(・・)がそう言うと、男子学生たちも「お疲れ様ー」と応答した。


「昨日は突然声かけたのに参加させてくれて、ありがとうございまーす」


 するとリーダー格の男が、少しばかり鼻の下を伸ばして「いやあ全然。それより今日、どうだった?」と返した。


「うん! すっごくよかったです! 『デモってちょっと怖いな』って思ってたんだけど、今日のでイメージ変わりました! センス良いって思いました~」

「そっか~、そりゃ嬉しいな」

「ところでぇ、相蕪(あいかぶ)さんってここの代表じゃないですか? 紅の暁の運営とかにもかかわったりしているんですかぁ?」


 そう言ったとき、相蕪の顔がややヒクついた。

 翔栄は(しまった、踏み込み過ぎたか。それともプライドを傷つけたか)と懸念する。


「い、いや。紅の暁を運営している幹部は、参加団体の各代表じゃなくて専任の人たちだよ。だいたい日魔、それも自治会の人たちだね」


 よし、裏付けができた。――翔栄はそう思った。

 日本魔導大学の自治会は、魔導人民党の学生部が指揮している。そのため陰陽保安局もマークしているのだが、その幹部格は大抵紅の暁の幹部でもあった。そのため、他大学の参加サークルはほとんど権力や発言力を持っていないのではないかと思ったが、どうやら当たりのようだ。


「このあと打ち上げに行く人ー! 『フルムーン・ミッドナイト』で貸し切りだよーっ!!」


 茶髪の女子学生がそう呼びかける。

 フルムーン・ミッドナイト。紅の暁が拠点としているDJクラブである。

 しかも、紅の暁がデモやその他イベントなどをやる時は貸し切りのようだ。つまり、今がまたとないチャンス。逃してなるものか。


「はーい!」


 六合は手をあげて女性のところへ行こうとしたその時、


「あなた、ちょっといい?」


 不意に後ろから声をかけられた。

 振り向くと、こげ髪の髪を二つにお下げにした女子学生がいた。


(こいつは……紅の暁の幹部だ。たしか、日魔三年の巨椋(おぐら))


 六合が周囲を見渡す。

 すると相蕪が、いつの間にか紅の暁の幹部格であろう日魔の学生たちのところにいた。

 まずい、チクられた。

 翔栄は反射的に思った。


 六合は戸惑い気味に、「え……何でしょうか」と応えた。


「こっちに来て。話したいことがある」


 だが巨椋は意に介さない様子で、真顔のまま六合を呼び立てる。幹部格が新参者に声をかけたことで、周囲の空気が少し冷える。しかし各サークルの代表や、日魔の幹部格が取り直すと、すぐに賑わいを取り戻した。

 巨椋と六合だけが不穏な空気のまま、教室から出てゆく。巨椋は人気のない方へと歩いていく。


「あの……何の用件でしょうか」


 六合が問うても、巨椋は応えない。

 厭な予感がする。

 そして完全に人がおらず、防犯カメラの死角となっている階段下へと誘い込まれたとき――。

 ――カーン、……。

 鹿威しのような音が、頭のなかで鳴る。

 五星院の血筋に備わっている、P霊波動予知体質だ。

 ポウ、と光るピンク色の霊光が見えた。その右腕には、その右腕には、歪んだ「Unseelize」という単語を拳で殴りつけたシンボルが施された腕章がつけられていた。


『《戻れ》ッ!!』




   ★


 翔栄は六合に全力で命じた。

 霊波動による通信は遮断され、自分の許へと六合が戻ってくるのを感じる。そして敷かれた和紙の上に青い光が灯って、すぐに霧散した。

 六合の変身能力は、「隠形(おんぎょう)」によるものだ。「隠形」とは召喚精霊や亜人、妖獣が他人の認識に作用する霊力場を展開して、自分の姿を見えなくさせたり、別の姿に見えるようにする。そして霊力場の指紋である霊紋(れいもん)もまた、「隠形」していれば別の霊紋として残すことができるのだ

 翔栄は手のひらを周囲にかざして、自分以外の霊力場がないかを確かめる。


「……分析や逆探知はされてねえな」


 危ういところだった。

 しかし、これではっきりとしたことがある。


「いま風な学生運動の裏の顔、垣間見たりだな」


 紅の暁は、探られたくないことがあるということだ。だからこそ、あのピンクの光――《サモン・ディポーテーション》を打ってきたのだ。


(六合が召喚精霊であることを看破して、姿を見せずに杖を向けてきた。防犯カメラも死角。階段下に隠れていたのは、かなりの場慣れしている熟練の術師だ。……おそらくは、学生じゃない。そして、あの腕章はたしか――)


 翔栄は脳内で、エルワンに見せてもらった捜査資料をひっくり返す。

 エルワンからは紅の暁と連続殺人事件の被害者の情報だけでなく、事件とのかかわりが考えられる人民党と関係の深い非営利術師結社の活動家についても教えてもらった。そのなかでも、術師界ウェブにおいて誹謗中傷で開示請求を受けたことがあるなど、最も好戦的な活動家を探る。


 すると一つの団体、一人の人物が思い当たった。「反アンシーライズ騎士団 A∴U∴O∴ Anti-Unseelize Order」の首領である猫寺師佐武朗(ねこじしさぶろう)だ。


 2013年に設立された同結社は、亜人の真祖をあたかも「先天的に悪である妖怪=アンシーリーコート Unseelie Court」と見なすヘイト行為、「アンシーライズ Unseelize」に対して抵抗する運動(政治用語で「カウンター」と呼ばれる)を展開することを目的としている。あの腕章は、この結社のシンボルだ。

 設立当初は、「決めつけは良くねえよ」「まずは話し合おうぜ」などといったプラカードを反亜人主義政治術師結社のデモ隊に突きつけるなど、平和的な運動を行う結社であった。

 しかし、徐々に運動は過激化の傾向を辿った。

 実力行使を憚らなくなり、現在では反亜人主義政治術師結社の差別主義者(アンシーライザー)と激しい魔導戦になることも珍しくない。また術師界ウェブ上においても闘争的傾向は顕著であり、解散した白銀衆(しろがねしゅう)およびその支持者と彼らが見なしたに人間に対して、批判の範疇を超えた誹謗中傷を繰り返した。

 そして猫寺師は同団体の首領であるとともに、もっとも好戦的な性格の人物として知られている。反亜人主義活動家への実力行使はもちろんのこと、ネット空間においてもWisperなどのSNSでは、明確な反亜人主義活動家のみならず、少しでも意見が対立する相手に対して何度となく攻撃的な発言を行って、訴訟されている。先日も、日魔の法学者である壹目涙人(ひとつめるいと)教授から開示請求を出されたばかりだ。

 そして反差別騎士団の幹部には、DJクラブ「フルムーン・ミッドナイト」の店長である爪摘九平(つめづめくへい)も所属している。猫寺師とは六年前の羽後自治区へのデモで知り合って以来の盟友であり、その関係性は深い。

 そして何よりも重要なのが、紅の暁が主催するイベントやデモにおいて、反アンシーライズ騎士団が共催団体として加わっていることだ。翔栄はエルワンより、紅の暁の首領・旭宇隆のそばで行動する猫寺師の姿を、写真資料として何枚も見せられた。


(たしか猫寺師の父親である、魔導自由党の議員である猫寺師武朗(ねこじしたけお)は、元和谷製薬の幹部……。不祥事でブッつぶれる前に退職して政治家になったから、「無関係」と貫き通したんだったか。親子で異なる政治思想を持っているが、家族内で目立った不和は確認されていないと、陰陽保安局ではまとめられていたな……)


 和谷製薬の不祥事とは、2001年に起きた三代目社長・和谷明陣(わや あきつら)含む十二名が自宅にて何者かに殺害・放火されたことを切欠にして、同社が魔薬「絞首台の赤い(ローテルガルゲン)小人(メンライン)」を秘密裏に製造していたことが発覚した事件である。さらにはその他にも様々な不祥事が発覚したため、術師界行政府から解散命令が下ったのだ。殺人・放火の犯人は、ネットロアでは「復活した松元精輝」などと囁かれているが、根拠のないデマであり、陰陽保安局による捜査でも判明していないのが現状である。


(和谷製薬を創業した和谷家は東京五星院家とも懇意だ。その創業者露陣の曾孫である紅葉(あかは)は東部支局長秋寂(あきやす)の母親。その紅葉の妹・葉子(ようこ)が、猫寺師武朗の妻にして、佐武朗の母。人民党だけじゃなく、その反対側にいる魔導自由党および保守六大家とのつながりも出て来やがったか)


 紅の暁の背後にいる活動家たちを掘り下げていくと、事は魔導人民党内に収まらなくなり、かつての日本の大企業や保守勢力にもスケールが拡がったことを、翔栄は苦々しく思った。


(和谷製薬の元社員の一部は、しばしば国内外の魔薬カルテル術師結社に魔薬の製造を協力した嫌疑で取っ捕まっている……。京都五星院筋の術師である更科時雄が使っていたっていう魔薬も、その線じゃないかという話が出ている。まさかこの連続殺人事件も……。クソッ。このヤマ、思ったよりヤベえかもしれねえな)


 止めどない連想を一旦止め、翔栄は真に報告することにした。スマホを取り出し、真の電番にかける。そして今日あったことと、そこから自分が推理したことを告げた。


『そうか、そうか。それはお疲れさん』


 すると、真から思わぬ返答が返ってきた。


『ところでさ、翔栄――頼んでおいて悪いんだけど、この件はこれでおしまいにしてくれないか?」

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