Report 35 シュプレヒコールにかき消されるもの(前編)(1)
夕の泰山府君祭事件より一週間後。その日は終業式だった。
午前中で授業を終えた翔栄は、昇降口脇で真からの電話を受けていた。翔栄は真から話を切り出されて――
「やなこった」
と、すげなく断った。
『いや、だからね。こないだも言った通り、「お願い」じゃないから。「命令」だから。』
「現役陰陽保安士を超法規的なお家騒動に巻き込む陰陽大臣がどこにいる? いい加減にしねーと、内部告発するぞ」
『おいおいおいおい……こないだの夕さんのときは、半分以上君のせいでもあるんだからね? 君が独断専行しなきゃ、あそこまで動くことはなかったんだからね?? とにかく、夕さんのお兄さんである旭宇隆君について調査して欲しいんだよ……』
旭宇隆。翔栄のクラスメイトである群青夕の兄であり、魔導人民党の議長である旭諒の息子である。日本魔導大学魔導法学部魔導政治学科三年である彼は、「紅の暁 C∴D∴ Crimson Done」という学生や若者を中心とした政治術師結社の首領である。
群青家は五星院家の遠縁であり、そのような血筋の人間が反体制的な運動をかまびすしく行っているというのは、京都五星院家を実質支配している翔栄の曾祖母・五星院ヒロ子からしたら、聞き捨てならないことなのだ。そのため現当主である真を通じて、翔栄に秘密裏に内偵を依頼してきたというわけだ。
『まあ、とにかくそういうわけだから。何かわかったらよろしく。あ、言っとくけれど陰陽保安士として表立って捜査するのはなしね。飽くまで内密に。もしこれが成功したら、何でも好きなものを買ってあげるからさ』
ブツッ。
「あっ……! クソ!!」
翔栄が忌々しく舌打ちをしたとき、
『こら! 五星院!! 仕事以外での校内のスマホ通話は禁止だぞ!!』
と、担任の田沢の声が背後で響いた。
「うるせえな。こっちはそれどころじゃねえ――」
振り向きざまにそう言いかけて、言葉を止めた。
「やあ」
後ろにいた田沢教諭ではなく、夕だったからだ。
声帯模写である。術などは一切使っていない、彼女の特技である。
以前、夕がネットにアップした動画で、この特技を披露しているのを見たことがあった。
「オメー……。構うなっつってんだろ」
「素っ気ないなあ。今日はちょっと、屋上で君に見せたいものがあるんだよ」
翔栄は不承不承、夕についていくことにした。
階段を昇り終えると、そこには屋上に通じる扉があった。夕は扉を開ける。外へ出ると、少し風が強かった。
そして、どこからか聞き覚えのある――拡声器によってがなり立てられた、やや耳障りな音が流れてきた。
「そろそろこの辺りを通るかな」
夕がそう言うと、正門がある大通りにデモ隊の姿が見えた。個々の顔の判別は難しいが、「紅の暁」の旗が出ていることとラップ調のシュプレヒコールによって、先頭で音頭を取っているのが旭宇隆であることはわかった。
『汎人、術師、再び混じる二つの世界。無視するのは、広がる格差。推されるのは、人死ぬ兵器。フ○ックな法律、通すぜ政府。言うぜおれたち、やめろよ政府。政府はNo-think。民意はNothing。You say, 法案! We! Say! 廃案!』
「あのスピーカーで下手くそなラップやっているのが、僕のお兄ちゃん」
翔栄は「ああ、知ってるよ」と返した。
「お母さんが亡くなって、家族バラバラになっちゃったのはこの間話したよね。唯一お父さんのところに残ったお兄ちゃんは、魔導人民党とベッタリ。だけど人民党も、紅の暁を推すかどうかで割れているんだ」
「……そうか」
内部情報で翔栄も少しは知っているが、敢えて黙っていた。
魔導人民党は、前議長である旭徹哉|が議員になった頃からの盟友である冥賀書記長派と、徹哉の息子であり宇隆の父親である旭隆議長派の二大派閥に分裂状態であるという。紅の暁は、同党分裂の象徴となっているのだ。
「あれ見てるとね、『ああ、家族がまた一つになるなんて無理なのかな』って思っちゃうんだ」
「お前……」
「あ、大丈夫だよ。もうあんな真似は二度としないから」
翔栄は「たりめーだ」と返す。
「で、これ俺に見せて何したいんだ?」
「あのデモって、意味あると思う?」
そう質問する夕に、翔栄は目を丸くして答える。
「……現役保安士に訊くか、それ」
「うん。特務陰陽保安士としてじゃなくて、君個人の感想として」
翔栄は少し困った。
陰陽保安士として知り得ている情報は、当然言えない。少しばかり考えてから、翔栄はようやくこう口にした。
「……自分たちの内輪で盛り上がる以上の効果はねーだろーな。過去には、成果をあげた示威行動もいくつかあったが、あれは無理だろーぜ」
「翔栄もそう思うんだ。僕もそう思う」
「話はこれで終わりか? じゃあ、俺はもう行くぜ」
翔栄が踵を返すと、夕が「うん、またね」と言った。
視線を屋上の扉に向けたその時、だった。
(……?)
デモ隊の行進経路に、既視感を覚えたのだ。
大通りからスクランブル交差点に入ったデモ隊は、ほぼ60度の角度で曲がった。それは正三角形を描く角度である。
逆三角形……それは、夕が先日行った泰山府君祭の祭壇である、神棚と二つの文机が描いていた図形であった。
翔栄は(いや、だから何だってんだ)と、馬鹿らしい連想を頭の片隅へ追いやり、校舎へと戻っていった。
「……表立ってじゃなけりゃあ、いいんだよな」
階段を降りながらそう独り言ちた。
★
帰宅した翔栄。
扉に鍵をかけるなり、スマホであるところへ電話をかける。
『……はい。こちら陰陽保安局東部支局です』
「五星院特務陰陽保安士だ。ジロー=カバントゥ・五星院二等保安士につないでくれ」
★
翌々日。
翔栄は円島に赴き、陰陽保安局東部支局庁舎に登庁していた。
ここは、陰陽捜査課が居を構える4階。翔栄はこの階に複数あるワークブースの一つを予約し、ある人物を呼び出していた。刑事ドラマなどでは屋上で密談するが、実際にそんなことはしない。屋外でそんなことをしたら衛星やドローン、その他諜報術などで機密情報を盗られ放題だからだ。
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは、エルワンだった。
「東京からご足労いただき、ありがとうございます」
「何を言ってる。先に連絡したのはこっちだ」
それから「……こないだは八つ当たりして悪かったな」と付け加えた。
予想外であっただろう詫びに、エルワンはきょとんとした顔をした。それはそれで腹が立つのであるが、我慢することにした。
「い、いえ。翔栄様の立場に立って考えた言葉を言えなかった私に責はありますから、どうかお気になさらず」
「そういうのはいい。さっさと本題に入るぜ。――紅の暁について、ここでしか言えないことってなんだ?」
一昨日のことである。
翔栄は旭宇隆に関する情報を得るため、まずエルワンと連絡を取った。
紅の暁のバックにいる魔導人民党は、反社会的政治術師結社を管轄する陰陽捜査課第二係の監視対象である。
現在でこそ穏健左派政党となっている魔導人民党であるが、術師界成立直後の混乱期には武装闘争も展開した。1967年の綱紀修正によって表面上は武力行使を放棄したが、その後もしばらくは学生を主体とする下部組織などは、松元精輝を支持する新左翼学生術師結社や、軍拡を支持したり反亜人主義を標榜する極右術師結社などとは、たびたび死傷者を出す衝突を重ねてきた。そういった経緯があるため、陰陽保安局では現在でも捜査対象としているのだ。
紅の暁の首領は、現党首である旭諒の息子である旭宇隆であり、魔導人民党と強い結びつきがある。そのため、第二係は紅の暁もまた監視対象としている。
そして同結社は主に新東京自治区を拠点としているが、全国規模で活動を展開しており、東部支局の二係でも当然マークしている。エルワンは二係ではなく初動捜査班であるが、東部支局の管轄においても紅の暁の活動および旭宇隆の足跡を見て取ることができるのだ。
そう考えた翔栄はエルワンに訊こうと思ったのだ。
ところが、話は思わぬ方向に転がった。
旭宇隆および紅の暁において、陰陽保安局庁舎内でしか共有できない情報があるので来て欲しいというのだ。翔栄は仕方なく、東部支局まで赴いたという訳である。
「……翔栄様も、新東京自治区で起こっている奇妙な連続殺人事件についてご存じのことと思われます。生きたまま心臓を抜き取られるという猟奇的な……」
エルワンがそう言うと、翔栄は「ああ、あれな」と返した。
それは一か月前より新東京自治区の紅火で起きている、ある猟奇連続殺人事件だった。被害者は20歳前後の若い男女。致命傷は全員、生きたまま心臓を抜き取られたことによる出血性ショックである。既に4件起きていて、術師界のテレビでもウェブでもバンバン報道されている。
「だがあのヤマは、魔導警察捜査一課の仕事だろ? 紅の暁と何の関係があるんだ」
「被害者に共通点があったのです。それは、全員が紅の暁に参加して日が浅いか、間接的に関係のある若者であるという点です」
翔栄は「なんだと?」と眉根を寄せる。
「とりあえず、被害者の情報を出しますね」
エルワンがそう言うと、持参してきたノートパソコンで被害者の情報を表示していく。
第一の被害者は、和井麻白。20歳、女性。新首都魔導大学魔導法学部三年に在籍。紅の暁が拠点としているクラブ「フルムーン・ミッドナイト」の常連客だったが、紅の暁のデモやイベントに参加したことはない。
第二の被害者は、海野友美。20歳、女性。聖三本釘大学神学部二年に在籍。紅の暁のデモには、一回だけ参加したが、傘下のサークルなどには所属していない。
第三の被害者は、田中準一21歳、男性。日本魔導大学経学部二年。魔導人民党の学生部に属する同大学自治会の傘下にある社会科学系サークルに所属。先輩に誘われて、デモに何度か参加している。「フルムーン・ミッドナイト」でデモの打ち上げに参加してから行方不明となり、後日に遺体として発見された。
第四の被害者、瀬和井愛子。22歳、女性。魔導理学大学魔導理学部魔導数学科三年。紅の暁の構成員の一人。構成員であることから、紅火警察署が参考人として紅の暁幹部に聴取を取る。宇隆を始めとした幹部は、「事件と結社とは無関係」と主張した。
「……たしかに全員、何らかの形で紅の暁と関わっていると言えるな。それに、直近の被害者になるほど関係が深くなってきてやがる」
「ええ。第四の事件など、宇隆が取り調べられているほどです」
翔栄は眉間に皺を溜めながらそう言った。
その頭の内には、一昨日の夕の切なげな表情が浮かんでいた。
――あれ見てるとね、『ああ、家族がまた一つになるなんて無理なのかな』って思っちゃうんだ
「翔栄様?」
エルワンが不安げな声をあげる。それほど自分は渋い表情をしていたのか。
「……いや、なんでもねえ」
翔栄は頭を振るイメージをして、必死に夕の幻像を脳内から振り払おうとする。
(クソッ。なんでこんなときに、アイツの顔なんて浮かびやがる。もし宇隆が事件に絡んでいてアイツが悲しもうと、俺には関係ねえだろうが)
「まあそう言うわけで、本局の第二係では既に捜査を開始し始めているようです」
「……このフルムーン・ミッドナイトってクラブがクセえな」
「紅火にあるDJクラブですね。五年前にオープンした店で、店長は人民党幹部の息子です。羽後自治区にある原子力発電所の稼働中止を要求するデモに参加したこともある人物です」
羽後自治区。秋田県内にある術師界特別指定自治区であり、北に白神山地、東に太平山地を背にする秋田平野の最北部に位置する。
ここの最大の特徴は、境界企業である関東甲信越電気が自治区内の土地を全て所有しており、同社社員とその家族しか居住することができないという点にある。敷地内には原子力発電所があり、ここで作られた電力は新東京自治区へ送られている。だが、2011年の大震災を機に原発部を停止。以来、火力およびその他のクリーンエネルギー発電に転換しているという。
「羽後原発……。秋田か」
翔栄の頭によぎる記憶。それは、汎人界で最後に生活した秋田での出来事だった。あの時も状況は違ったが、連続惨殺事件があったのだ。
――そして、翔栄も巻き込まれた。
脳裏に浮かぶのは、凄惨なイジメ、飛び散る血、赤マント……、そして今は亡き、同じように霊障物や隠形した妖獣が見えた少年――
「……様、翔栄様!」
翔栄は、ハッとした気分で目の前のエルワンを向き直す。
「先ほどから、どうかされましたか? ご気分でも悪く?」
「……スマン。ちょっと調子が悪いだけだ」
それから翔栄は、こう切り出した。
「二係のフルムーン・ミッドナイトの捜査は、進展しているのか?」
「いえ。一般的に知られている情報以上の目ぼしいネタは出ていないようです」
「なら……勇み足だが、いっそ潜入するか。例えば俺とか」
そう言うなりエルワンは「なりません!」と、身を乗り出して止めた。
「何でだ? 独断専行で、本局二係に迷惑がかかるからか? それとも――俺が真の息子だからだってか」
少しばかり不貞腐れた態度をとる翔栄。
だが、エルワンの返答は予想外のものだった。
「そんな危険なところへ、未成年一人で行かせられるわけがないでしょう! そもそもその手の場所は、十八歳以上じゃないと入れませんよ!!」
「あ……、ああ……」
余りに尤もな指摘を受け、翔栄はガラにもなく気恥ずかしくなった。
★
「《前三木神、吉将・六合――急急如律令》!!」
翌日の午後二時。翔栄は自室の和室で、一週間前と同じ準備をあらかじめ行った上で六合を召喚した。
和紙の「陣」が光り出して、光に包まれた人影が競り上がってくる。そして、ボロボロの水干をまとった恵比須顔の好々爺が姿を現わした。
【十二天将「六合」 RiKugo】
戦闘力 E(攻撃 F 体力 D 射程 S5 防御 D 機動 D 警戒 A)
霊力 A+ 力場安定性 A+ 教養 S2 技術 S2 崇高 A+ 美 E 忠誠心 S1 使役難易度 II
五行:木 干支:卯 吉凶:吉将 所掌:個人の秘密・和合
「ご主人様、ご用命を」
「どこにでもいそうな女子大学生に変身しろ。そして、紅の暁に潜伏してくれ」
そう言うと六合は光り始め、変身を開始した。
(俺自身がダメだってんなら……、身代わりに潜入させるまでだ)




