Intermission 5
今から約一か月前の夜更け。
白金町の裏路地で、山吹竜子は走っていた。
この日は在籍する学科の教授によるシンポジウムに参加して、その後の懇親会の帰りだった。
いつもの帰路だと思っていた。だが、そのアテは外れた。
殺人現場に遭遇してしまったのだ。
住宅街の一角で同級生たちと別れて一人になり、三分も経たないうちにそれを見てしまったの。
いつもは通り過ぎる袋小路から、一瞬だけ悲鳴のような声が聞こえたのだ。
厄介ごとに巻き込まれるのを嫌う性格の彼女は、友だちといるときならいざ知らず、独りでいるときは関わり合いにならないようにしている。
だが、相手から認知されてしまっては話が別だ。
悲鳴がした方向を振り向いた瞬間――その悪寒は彼女の全身を襲った。
ぞわあっ――
穢れた欲望に満ちたその霊力場。それが竜子を襲ったのだ。
竜子は、殺人者の霊力場だけで状況を把握した。それは、彼女がよく知るものだった。
男が女を甚振る下衆な欲望。そして人間が人間に対してではなく、食べ物に対して頂く欲望。
この二つの感情を察したとき、そこで起こっていることを竜子は見ずとも思い当ってしまった。
男の術師が、女性の術師を甚振りながら食べている。
そして女子学生が最後に展開した、断末魔のような霊力場も感知した。これが、竜子の予測を確信へと裏付けた。
だが察知した瞬間、竜子もまた警戒の霊力場を無意識に展開してしまった。
これがまずかった。
相手にも、竜子の霊力場を感知されてしまう。
(勘づかれた……!)
そう察した竜子は、ケースから杖を抜いて全力で走った。
ところが、であった。
霊力場の距離からは考えられないほど、足音が一瞬にして竜子に耳元まで迫った。生臭い鉄の臭い――血の臭気が鼻を突く。
そして影が覆いかぶさる――寸前に、竜子は《スタン・フラッシュ》を全力で短縮詠唱した。
しかし、暗黒の肉塊はそれをものともしなかった。
たくましい右腕が竜子の口に迫り、節くれだった手で塞がれた。
「~ッ!!」
抵抗する竜子。だが、とてつもない握力の前には無意味だった。
「お前……エージェント、シソーラスだろ」
「!」
自分の素性を言い当てられて、驚愕する竜子。
男の指摘は正しかった。山吹竜子は、【絡繰】の構成員である。
「いいか。口封じで儂に食われたくなければ、今から言う儂の条件を呑むんだ」
なすすべのない竜子は、首を縦に振った。
「いい子だ。お前……いや、チーム・シソーラスにやってもらいたいことは――」




