Report 34 泰山府君祭(3)
新東京自治区西部の町、白金は術師界のトップエリート層が居住する高級住宅地。また日本魔導大学など、日本術師界トップクラスの教育機関がある場所でもある。そして、東京五星院家の邸宅もここにあった。
東京五星院家本宅は三棟から構成されており、一つはポストモダン風建築、もう一つは瓦屋根の純和風建築となっている。最後の一つである離れは、現代陰陽道の実験を行う研究室兼実験場となっている。三つ合わせて20LDKの大豪邸であり、地価がバリ高の新東京自治区にしてはあり得ない豪奢ぶりだった。
ロートアイアンの門柱にあるインターホンを鳴らすと、ブツッという音がしたので、「京都家の翔栄だ」とだけ告げる。
すると「かしこまりました」とだけ応答がして、接続が切れた。
待つことわずか五秒。すると、顔に陰陽道の「陣」が綴られた札が貼られた和装の女性が出てきた。
そして、ロートアイアンは自動的に左右へ開いた。
「ようこそ、おいでくださいました。翔栄様」
女性は、機械音声のような抑揚のない無機質な声で言った。この使用人は人間ではない。式神(現代陰陽道における召喚精霊)である。
翔栄は彼女につれられて、ポストモダン風建築の邸宅の中へ案内される。こちらは東京五星院家当主にして桔梗印学園理事長である五星院春斗の住居である。玄関でスリッパに履き替えさせられ、客間へと通される。
樫の扉の前で、式神の女性がコンコンとノックする。
「旦那様。翔栄様をお連れしました」
すると中から、「通せ」という渋い声が響いた。
女性は扉を開き、翔栄に「どうぞ」と言った。
言われるままに翔栄は、なかへと大股で入っていく。
ガラスのテーブルの反対側には、二人の男性が座っていた。
向かって右側に座っているのが、唇の上に一文字髭を蓄えた中年の男性――五星院春斗である。
左側に座っている老人が、春斗の父親である元陰陽大臣・五星院愛爾である。
「掛けなさい」
翔栄は春斗に言われるままに、無言で対面のソファーに座る。すると――
ダン!
春斗がテーブルに拳を落とした。
「何故、学校での呼び出しに応じなかったんだ!!」
すると翔栄は、「ケッ」と冷笑を浮かべた。
「相手が、群青家の養女だから理事長呼び出しかよ。もし相手が普通の女子生徒だったら、こうはならなかっただろうな」
「この……!」
額に青筋を浮かべた春斗は立ち上がって、今にも翔栄に飛びかかってこないばかりの怒りを露わにしていた。
すると隣に座っていた愛爾が「まあまあ」と、愚息をなだめた。
「若いうちは血気盛んなもんだ。だが、お嬢さんに手をあげるのは頂けんなあ。五星院の男たるもの、いかなるときも紳士たれ! だよ」
嫌らしい笑いを浮かべて愛爾がそういうと、翔栄は「ハンッ」と鼻で笑った。
「その紳士たる東京五星院家様がやってきたことが、京都家に対する様々なイヤガラセかよ? 笑えるぜ」
この悪態に対して、好々爺ぶった愛爾もさすがに腹に据えかねたようだ。口がひん曲げて歪ませていく。
「翔栄! このままだと、本当に停学に――」
そのとき、ドアが四回ノックされた。
「入れ!」
ドアが開かれる。式神ではなく、人間の男性の使用人が中に入ってくる。彼は春斗に近づいて、耳打ちするように言った。
「……ッ!」
すると春斗は、目を見開く。さっきまでは憤激に満ちていた顔が、苦々しい渋面へと変わる。
「……さきほど、お前の父親が群青家当主に詫びたそうだ。あとで連絡を入れておきなさい」
それから退居を促され、翔栄はその場を後にした。
★
白金と紅火の町境に翔栄が住むマンションがある。桔梗印学園には寮もあるが、翔栄は他の生徒との煩いを避けるために、マンションでの一人暮らしを選んだ。家賃や生活費は、特務陰陽保安士の給料から賄っている。こういうところで、誰かに借りを作るつもりはない。
七階建ての、この辺りでは比較的低いマンションの最上階の角部屋が彼の部屋だ。
鍵を開けて自分の巣へと帰ると、スマホのバイブが鳴った。真からの着信である。翔栄は盛大に舌打ちをして、応答する。
「何だよ……」
『根回ししてあげたのに、挨拶だねえ』
翔栄は大きくため息をつき、「ありがとう、お父さん。とでもいえば満足か?」とぼやいた。
『うん、うん。いい子だ』
「うるせえ。それだけなら、もう切るぞ」
『ダメだよお。東京の家に一人で行っちゃあ』
予想通り、釘を刺してきた。
『学校ならさすがに手出しはしないけど、家の中なんて虎の巣のなかに入るようなものじゃないか。言ってくれれば、和久でも壱誠でも、つけさせるからさあ』
和久=エルワンの父親は秋久、壱誠の父親は春斗。つまりは二人とも愛爾の孫であり、東京五星院家の人間である。だが二人とも思想は東京家に与しておらず、真の信奉者であることを翔栄は知っていた。
「……いらねえよ」
『やせ我慢はよくないよ。とにかく一人でアイツらのところにいくのはやめてね。芒にも、きつく言っておくけどさ。アイツ、言葉足らずだから』
それから真は「さて。本題に入ろうか」と言った。
『君に調べて欲しいことがある。群青夕の素性についてだ』
「……」
群青家が今抱えている問題について語る誠に、翔栄は無言で耳を傾ける。
群青家は、真から数えて四代前の当主・栄和の配偶者・たまの生家である。以来、ずっと五星院家に突き従ってきた。
さらに、たまの大甥である䂓は、栄和の次男にして東京五星院家の祖・栄二の次女であるコトを配偶者にしている。つまりは、はとこ婚である。その子どもが、現当主である群青保だ。このように両家の結びつきは、非常に強い。
だがこの家は現在、後継者問題に立たされている。
当主・保の子どもは、女子が二人のみである。だが長女である菜々美は星野家に嫁ぎ、次女である美都子旭家に嫁いで既に鬼籍に入っている。保は仕方なく、美都子の次女である夕を養子として迎え入れた。
ところが夕の父親である美都子の夫は、左翼政党である魔導人民党の党首である旭諒だ。さらに夕の兄は、現在術師界の政界をかまびすしくさせている学生政治術師結社「紅の暁」の首領である旭宇隆である。加えて夕自身も、術師界・汎人界のネットで活動する「歌い手」であり、少し前に汎人界での歌手・声優デビューが決定した。
封建的な群青家は、これらの現状を好ましく思っていない。
『――まあそんなわけで、君が管理休暇中の一週間で群青夕の素行について調査して欲しいんだ。勘違いしないで欲しいんだけど、これ「お願い」じゃないから。「命令」だからね?』
「わかった。……ところで、この調査はアンタの判断か?」
翔栄がそう言うと、それまで猫なで声だった真の声が真剣なものになって、『それはお前が知ることではない』と突っぱねた。
真は京都五星院家当主とはいえ、完全に自由が効いているわけじゃない。
京都五星院家には「大奥様」と呼ばれる家の陰の実力者、五星院ヒロ子の存在がある。翔栄の曾祖母、真の祖母に当たる存在で、御年九十九歳になるが現在でも家のなかで辣腕を振るっている。京都家で誰も頭が上がらないのはもちろん、東京五星院家の面々ですら畏怖の念を抱いている。
真の態度からして今回の調査は、五星院ヒロ子の指示によるものだろう。
通話を終えると、翔栄はソファーにその身を預けた。
「うざってえ……、どいつもこいつも」
あの訳のわからないことをふっかけてきて癇に障る女子生徒のことを、否が応にも調べなければならない。考えるだけでうんざりとした気分にさせられた。
しかし、一度引き受けたからにはいつまでもこうして腐っているわけにもいかない。
捜査の具体的なプランを考え――翌日の早朝から実行することに決めた。
★
午前六時、翔栄の自室の和室。翔栄は卓袱台に置かれた式盤を見つめる。
十二天将の召喚であるが、いつもの略式ではなく、干支も方角も合わせる本式である。
(2017年7月18日は、丙午……。昼の貴人の位置は亥。配布は順。ならば六合の方角は……卯!)
翔栄は卯の方角……真東を向く。その足許には、あらかじめ敷いておいた「陣」の描かれた和紙が用意されている。
「《前三木神、吉将・六合――急急如律令》!!」
和紙の「陣」が光り出し、光に包まれた人影が競り上がってくる。
やがて光は止み、ボロボロの水干をまとった恵比須顔の好々爺が現われた。
【十二天将「六合」 Rikugo】
戦闘力 E(攻撃 F 体力 D 射程 S5 防御 D 機動 D 警戒 A)
霊力 A+ 力場安定性 A+ 教養 S2 技術 S2 崇高 A+ 美 E 忠誠心 S1 使役難易度 II
五行:木 干支:卯 吉凶:吉将 所掌:個人の秘密・和合
「ご主人様、ご用命を」
「まず、桔梗印学園高の女子に化けてくれ。それで、群青夕の素行について調査して欲しい」
翔栄がそう命じると、六合は「承知しました」と言って再び発光し始めた。そして、シルエットがうにょうにょと動く。
光が収まると、さっきまでの好々爺とは全く違う姿に変わっていた。
活発な雰囲気を湛えたセミショートの少女になっていた。その服装は、白いセーラー服にプリーツスカートという、桔梗印学園の女子制服だった。
六合は、他人の情報を探ることを得意とする神である。古来、縁結びを目的として相手の好みを探るためにして使役されたという。
その能力は姿を自在に変え、どんな相手でも話を合わせることができることだ。
(俺自身が聞き込みをしたら、目立つからな……。何より、女子寮には入れねえ)
六合は「承知しました」と恭しく礼をして、部屋から出ていった。
★
昼休み。翔栄は、屋上へ続く階段で昼食を食べていた。献立は、ブロック状の栄養補助食品である。
ワイヤレスイヤフォンをつけながら、スマートフォンで動画サイトを観ていた。今見ている動画の投稿者の名前は「dusk」、群青夕のハンドルネームである。動画は、「ワンダーツリープロジェクト」と呼ばれるボーカマトンの楽曲シリーズを夕が唄った二次創作動画だ。いわゆる「歌ってみた」というジャンルである。曲名は、《義慈家族――闘士であるよりも優しく強い絆を》。
こんなことを言うのは烏滸がましいけれど 私はみんなの母親がわり
血はつながってないけれど 私たちは家族 毎日はとても楽しい
ほらまた今日も 新しく入ってきた子が 仲良くなれるといいな
「ううん違う 私が優しくしてあげなきゃ」
だけど私たちが馴れ合っているだけじゃない
私たちが互いに愛するのは その想いが戦う力になるから
私たちは自由を取り戻すために 身勝手な大人たちと戦うんだ
「それでもまた一つになれるのなら どうか私の大切な弟、XXXXXと――」
動画内で夕は歌うだけでなく、動画だけに出てくるセリフ、さらには小説版から引用したセリフなどの演技もやっていた。
(唄は上手いな。演じ分けはすげえ。男の声は男にしか聞こえねえ。素人の俺が聴いたら、全部同一人物とは思えねーくらいだ。……まあ、どうでもいいが)
楽曲のストーリーであるが、氷河期が訪れた遠未来の地球が舞台で、人類は一つの独裁政府が支配するコロニーに集結していた。主人公たちは皆孤児で、政府に逆らう人間を迫害・抹殺する組織「聖従軍」の兵士として改造された超能力者だ。彼らは、政府に叛乱を仕掛けるレジスタンス「オッツキイム」を結成する。
この楽曲の歌詞の視点主人公は、オッツキイムのリーダーである「ジュゼ」という盲目の少女だ。彼女は優しい性格で、オッツキイムのメンバーを家族のように大事に思っている。その疑似家族への想いを唄ったのが、この曲だ。
詳しいストーリーを翔栄は知らないが、この曲を歌って演じている夕が元の楽曲を深く解釈していることは、その歌唱力と迫真な演技で窺い知ることができた。
(六合は……、まあ上手くやっているみたいだな)
翔栄は意識を六合の見聞きしたものは、全て霊力場の共鳴によって翔栄が受信することができる。言葉巧みに女子たちの警戒を解いて会話に混ざり、夕のことを探ってくれている。
そのとき、予鈴が鳴った。
霊波通信を遮断し、翔栄は教室に戻ることにした。
★
その日の夕方。
自室に戻った翔栄の許に、六合が帰ってきた。
翔栄が戻るように命じたのだ。
「《六合――戻れ》」
六合の姿は、煙のように霧散して消えていった。
鏡に自分の顔が映る。その顔は、戦闘時のように張り詰めていた。
そして、略式で「《天一上神、吉将・貴人――《急急如律令》!!」と唱えた。
【十二天将「貴人」 Kijin】
戦闘力 B(攻撃 B 体力 B 射程 A- 防御 C 機動 C 警戒 A+)
霊力 S2 力場安定性 S2 教養 S5 技術 A+ 崇高 SS 美 S3 忠誠心 E 使役難易度 I
五行:上神 干支:丑 吉凶:吉将 所掌:福徳
すると、鏡に映った自分の姿が見る見る透明になり始めた。
貴人・第一の能力〔威風洞堂〕。貴人は貴族の高貴さを象徴した式神であり、貴族が姿を庶民に見せないことや崇高さゆえに眩く見えるといわれている。その伝承から、自らの姿を見えなくさせる能力が付加された。喚起すれば、術師自身の姿を隠すことができる。
(もしヤツがやろうとしていることがマジで泰山府君祭なら……、今夜中に踏み込んでやる。現行犯逮捕だ)




