Report 34 泰山府君祭(2)
翌日。
翔栄は、自身の在籍する学校――桔梗印学園魔導高等学校東京校へ登校する。ここは、国内有数の現代陰陽道が学べる魔導学校であり、幼稚園から大学まで存在する。偏差値は全国トップクラスで、通うのは陰陽道の名家の子どもばかりである。
その高等部東棟二階に、翔栄のクラスである一年一組はあった。
「それでさー、……!」
先ほどまで談笑していた生徒たちは、翔栄の姿を見るなり黙り込む。
そして、彼と目を合わせないように席に座る。だがその身体全体で、翔栄への恐怖と軽蔑の両方が混じった感情を露わにしていた。
(……ケッ。弱虫どもが)
翔栄は不快な気分で、自分の席につく。
そんな風に避けられている翔栄に近づくのは――
「よお、人殺し」
このクラスのなかで、やんちゃな連中のリーダー格である根尾真利人とその取り巻きだ。
「ニュースでやってたぞ。永久の集のクズどもを血祭りにあげたらしいな。おめえも殺ったのか?」
余りにも低レベルな挑発で、思わず鼻で笑うところだった。幼少の頃からこうした連中のやっかみには慣れているから、むしろ安心すらする。SNSとかを使って陰湿なイジメをする、カースト上位の連中や陰キャのほうが、よっぽど虫唾が走ると翔栄は思っていた。
「――さあな。だが、もしてめーみてーなヤツがいたら、真っ先にぶっ殺してるぜ」
そう言うと、根尾は顔を真っ赤にして怒り出した。
そして本人ではなく、取り巻き達が次々と罵声を上げる。
「んだとゴルァッ!!」
「てめえ、京都五星院家の惣領だからってチョシこいてんじゃねえぞ!!」
「ぶっ殺されてえかーッ!!」
ガン!!
翔栄は上履きのかかとを、机の上に思い切り下げた。
「ホォー……。で、てめえらができるのはキャンキャン吼えるだけか?」
根尾は握り拳を震わせて、こう宣言する。
「……今日の18時。夏南グランドビル裏の駐車場跡に来い。術は一切なしだ。そのスカしたツラ、ぶっ潰してやる」
そう言い捨てて、根尾は翔栄の席から去っていった。
(特務陰陽保安士にケンカ挑むか馬鹿……。まあ、いいか。ちょうどムシャクシャしていたところだ。砂にしてやるよ)
久しぶりのケンカに高揚感を感じていると、チャイムが鳴った。授業の始まりだ。
★
4限目の体育の授業はダンスであり、男女混合だった。
いまは準備運動で二人一組になるのだが、誰も翔栄と組みたがらないので一人だった。同じように女子のなかであぶれ者だった少女と組まされている。
(こいつは、たしか群青家の……)
群青夕。魔導貴族のなかの魔導貴族である保守六大家の一つに数えられる群青家の人間だ。群青家は天言宗系伝統魔術の大家であり、本家は代々汎人界の京都市左京区修学院にある泰山府君を本尊(寺院内の呼び名は群青大明神)とする群青泰院の敷地内にある。泰山府君は仏門であるが道教の神でもあり、陰陽道でも儀式召喚呪文《泰山府君祭》で祀られるため、家の血を引くものは陰陽道の修行を代々積んできた。そういった理由で、夕もこの学校にいるのだろう。
(まあ、どうでもいいか。このくだらねえ授業、さっさと終わらねえかな)
「ねえ」
互いの肩に手を乗せて押し合って身体を伸ばすストレッチをしていると、不意に夕が声をかけてきた。
「さっきの根尾君のことなんだけど……本当に行くのかい? 必要ないと思うよ?」
「あ……?」
突然のお節介に、翔栄は威嚇するような声を出す。
「てめーには関係ねーだろ」
突っぱねるようにそう返して、次のストレッチに移る。お互いの手を握り合って、各々の両腕で円を作るような姿勢を取り、脇腹を伸ばす。
「そうだね、関係ない。でも、見捨てるには忍びない。何故なら君は、わざわざ荒野に飛びこんで『孤独だ』と叫んでいるように見えるからだよ」
「……この場でその細い両腕へし折ってもいいんだぞテメエ」
さっきよりも一段と凄んだ声で言った。
「……ああ、それもいいかもね。何なら、息の根を止めてくれても」
その言葉が、翔栄の怒りを買った。
右手を放して、左腕を引っ張る。そしてそのままねじって、関節を極めた。
「痛っ……」
「『死』を知らねえド素人がイキるな。殺すぞ」
「……わかるさ。『死』の痛みなら、とうに知っている」
怒りが限界に達しようとしていた。翔栄はさらに腕をねじ上げようとした。
「そこっ! 何をやっている! やめなさい!!」
体育教師が飛んできて注意をする。だが、五星院家当主の令息とあって強い態度に出られず対応をあぐねている様子だ。
翔栄は黙って、夕を解放した。
「……二度とそのツラ見せるな。クソが」
教師は、今日二人を組ませることはできないと判断して、両者に見学するように言った。
★
体育の授業の後、翔栄は放課後に理事長室へ赴くよう、担任の教師から言いつけられた。
だが翔栄は、そんな呼び出しに付き合うつもりは毛頭なかった。放課後は呼び出しをスッポかして、真利グループのところへ向かうことにした。
昇降口へ向かう一階と二階をつなぐ階段の踊り場に――夕が立っていた。
「やっ」
翔栄はあらん限りの渋面を浮かべた。
「二度とツラ見せるなと行ったハズだ」
「失礼を承知で聞くけど、なんで君は学校に来ているんだい?」
だが、翔栄は応えない。
「君ほどの能力の持ち主なら、もう来る必要もないだろう? 体面を気にするような性格でもあるまい。ねえ、どうしてだい?」
翔栄は、夕の顔面の横目掛けて平手で突いた。すると轟音とともに、壁にヒビが入った。
「うぜえんだよ、てめえ……。失せろ!!」
そう声を荒げると、夕は無言で階段を降りていった。
(やっぱり……学校なんかクソだ。術師になる前も、なった後も……)
★
「ぶげらっ!!」
最後まで生き残っていた根尾が、盛大に鼻血を噴き出してぶっ飛ばされる。
ここは、繁華街である紅火の東側にあたる夏南零番通町、夏南グランドビル裏の駐車場跡地だ。立っているのは翔栄だけで、周りには根尾と彼の取り巻きが転がっていた。
「おい、十五秒も持ってねえんだが。もっと頑張ってくれよ」
「ひ……、ひい……」
その内の一人が、這いつくばるようにしてその場から逃げようとする。
するとすかさず、その右手を翔栄はローファーで踏みつけた。
「ぎぎゃあああ!」
「うるせえな。こんなんで折れやしねーよ」
そう言ってから翔栄は、剥き出した腕を引っ搔くようにローファーで蹴りつける。
「ゆ、許してくれえ……。おれたちが悪かったあ……」
余りの情けなさに、失笑も出なかった。
「帰る。くっだらねえ」
そう言って翔栄は、駐車場跡地を出ていった。
路地裏を潜って夏南ビル前の大通りに出る。この辺りは、不良になり切れない子どもや家出少女などの溜まり場となっていて、治安が非常に悪い。外事を担当する第四係の話では、風俗店でのツケを支払えなくて売春や、果ては魔薬の運び屋や実験台の闇バイトに手を出す若者まで出ていると聞いている。
翔栄は足早に通り抜けて、六車線ある大通りの区道3号線に出る。
高層ビルを貫くホバーブルームズ・パイプライン。その間を縫うように高く架けて敷かれたベイシティ・モノレール。パイプラインとモノレールは、ビル群の向こうに高くそびえ立つ地上70階のスカイハイ・ターミナル・ビルディングに集まっている。ビルディングの遥か向こうには、空中を浮かんで廻る霊動浮遊人工島・フローティングアイランドの小さな影があった。
そこには、かつて日本人が夢描いた近未来都市の姿があった。
新東京自治区は、五つの区画によって区分されている。東の蒼木は汎人界エリアとの連絡路がある交通ターミナルであり倉庫街、南の紅火は繁華街、西の白金は高級住宅地、北の黒水はビジネス街、中央の黄土は日本術師界の中枢機関と主要行政機関が集まっている。
だが、どのエリアも建設から時代が経ち、かつてほどの目新しさはなくなっている。
いま翔栄の視界に映っているこれらの施設も竣功当初は勢いがあったが、近年は開発が進んでいない。それどころか老朽化や維持費の問題が重なり、廃棄されてしまった箇所も多くある。
(兵どもが夢の後ってか……。こりゃ、近いうち他の自治区や汎人界と変わんない外観になるかもな。どうでもいいが)
ガラにもなく物思いに耽っていると、それをぶち壊すような喧騒が遠くから聞こえてくる。
『汎人、術師、再び混じる二つの世界。無視されるは、広がる格差。推されるのは、人死ぬ兵器。フ○ックな法律、通すぜ政府。言うぜおれたち、やめろよ政府。政府はNo-think。民意はNothing。You say, 法案! We say, 廃案!』
デモ隊による、馬鹿みたいなヒップホップ調のシュプレヒコールが耳に障る。騒音の出所の方を向くと、20前後くらいのTシャツを着た若者が船頭を取ってデモ参加者にラップで呼びかけている。
彼が「法案」と言っているのは、魔導自由党が構想している術師界開放・両界統合構想の一環である、「両界防衛構想に基づく軍事技術及び情報規制緩和に関する法律――通称、両界防衛法」である。
現代社会において術師界は、社会の高度情報化によってその存在を秘匿することが困難になりつつある。そのため、「汎人界と術師界の二つの世界の垣根を取り払い、もう一度一つの世界に戻す」という構想が、各国政府あるいは国際術師界共同体によってたびたび唱えられてきた。
そもそも「術師界」という存在自体が、「戦後の混乱が収まるまでの一時的な措置」であった。だがそれが、冷戦が勃発したことにより、現在まで続いてしまったのだ。したがって術師界存在を開放して両界を統合するという構想は、冷戦が終結した現代の国際政治の情勢、および情報化文明が極まった現代社会の様相も踏まえて、理にかなった考えと言えた。
術師界議会のなかでこの構想を推進しているのは、術師界議会の与党である魔導自由党という連合の幹部が多く所属している新自由主義・保守右派政党だ。この構想の一環として魔導自由党の政治家からなる魔導内閣はこの夏、「両界防衛構想に基づく軍事技術及び情報規制緩和に関する法律」を魔導内閣提出法案として提出してきた。
現在、汎人界の国防軍と術師界の魔導国防軍は、それぞれ国防省と魔導国防省が管轄している。各々の情報は「術師界の自治原則」に基づき、国務大臣のような一部の幹部や専門の部署しか連携されない。この状況は、高度情報化社会である現代にそぐわず、やがて国防を揺るがす危機につながると、魔導自由党は警鐘を鳴らしているのだ。そこで両界の官僚が立案して、両界の閣議を通って提出されたのがこの法案なのである。
本法案の特徴は、これまでの国防論になかった「国防危機事態」という概念が提唱されている点にある。「国防危機事態」とは、自国のみならずアメリカなどの同盟国が魔導攻撃を受けた状況を示す。両界防衛法ではそうした事態において、国防省と魔導国防省が連携できる範囲を大幅に広げて情報や兵力を共有し、国民の機微情報を政府が収集するプロセスを簡略化しスパイを炙り出して、ノアルティング内戦での後方支援を超えた迎撃行動などを可能にした「出立警戒行動」が実施されるよう、法案のなかに組み込まれている。
これに野党――特に、魔導人民党が猛反発した。
魔導人民党は、人間と亜人が労働を通じて連帯し、真に共生し合う世界を革命によって打ちたてようとする魔導人民主義の実現を目標とした左翼政党である。戦後の混乱期には強硬的な手段も辞さない武闘派の側面もあったが、半世紀前の綱紀修正によってそうした活動はすっかりなりを潜めている。それどころか現在では革命を完全に放棄して、魔導人民主義の政党とは言えない状態が続いてロ、完全に魔導自由主義左派政党となっている。そのため、旧東側諸国の術師界およびその他の魔道人民主義政治術師結社とは距離感があり、最悪の場合は対立関係にある。
そして今、デモ隊の先頭に立ってコールをしているのは、魔導人民党党首である旭諒の息子。旭宇隆である。
紅の暁 C∴D∴ Crimson Done。日本魔導大学魔導法学部魔導政治学科に所属する旭宇隆が中心になって興した学生による政治術師結社である。SNSを通じて知り合った若者や学生が、両界防衛法反対のデモを各地で繰り広げている。いま、翔栄の目の前で起こっているのがまさしくそれであった。
『いまは魔導民主主義か?』
『ちがーう!』
『デモは魔導民主主義か?』
『そうだぁ!』
『いま僕らはぁ、魔導民主主義してるかあ?』
『してるー!』
『よーし、魔導民主主義しよう!』
『しよーう!』
『ワンチャン、廃案いっちゃう?』
『いっちゃうー!』
『OK!! このまま術師界議会議事堂行こうぜ!!』
『ウェーイ!!!!!』
アホか。翔栄はそう思った。
彼らのスローガンのなかには、「民主主義とは何か」という定義づけがまるでなされていない。とにかくデモをやれば、それで民主主義は達成されるという内容空疎な主張しか伝わってこない。
よく見ると、先導しているのは学生や若者だが、列の半ばから高年層の男女が多くなってくる。彼らの大半は魔導人民党の党員や、党と関係の深い術師結社の活動家であろう。左派系のマスコミは前列ばかりを撮って、いかにも「政党色・イデオロギー色を脱した学生たちや若者たちの自発的でアクチュアルな運動」を演出しているが、実態は左翼政党の党員やベテランの活動家が主導している運動に過ぎないことを、この光景が意味していた。
翔栄は見ているのも馬鹿馬鹿しくなり、回り道してその場を後にした。
ブルルルル……。
スマートフォンが振動する。表示された名前を見て、翔栄は顔を歪める。
芒。京都五星院家の執事だ。
翔栄は着信ボタンを押して、「何の用だ」とつっけんどんに言った。
すると、電話口の向こうから中年の男性による朗々とした声が聞こえた。
「翔栄様。東京五星院家の当主が、白金にある邸宅へ至急来るように言っております」




