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Report 34 泰山府君祭(1)

「GO! GO!! GO!!!」


 顔面に深く掘られた傷痕がある男の先導により、オフィスビルの通路の一角を武装した特殊部隊員が駆けてゆく。

 彼らは、陰陽保安局本局直属陰陽強襲部隊「北斗」の一小隊である武曲(ぶきょく)の隊員である。顔に傷がある男――陸ヶ丘(りくがおか)一等陰陽保安士は、彼らをまとめる隊長であった。

 ここは内観だけならオフィスビルに見えるが、実際は違う。反社会的カルト宗教術師結社「永久の集」新東京会堂の敷地内にある、宗務所棟である。


「『聖母』よ! 我らをお守りください!!」


 その時、向こうの曲がり角からAK-47(カラシニコフ自動小銃)を持った男たちが飛び出してきた。

 すると隊員たちは、隊長の合図を待つことなく現代陰陽道互換性魔導短機関銃「K&H GP6A6 九星(きゅうせい)」を即発砲した。三発ずつ、頭と胸を狙って。命中した男たちはうめき声を上げる間もなく、その場に斃(たお)れこんだ。

 彼らの目的は、犯人の身柄確保ではない。現場の危険を確実に排除することだ。


「うおおおお!」


 そのとき、死体の中から七分刈りの男が飛び出してきた。その右手には、ピンが抜かれたRGN手榴弾が。安全距離は25メートル。お互いの距離は、10メートル程度しか離れていない。そこで投げたら、自分も助からないだろう。自爆するつもりだ。

 パン、パンッ。

 隊員の一人が投擲される前に、右腕と頭を撃ち抜く。


「俺の後ろへ!!」


 陸ヶ丘が前に出て、腰に付けた札入れから火気符と土気符を三枚ずつ即行で床に貼り付けて伏せる。


「《我(ワレ)、以火気(カキヲモッテ)生土気(ドキヲウマント)欲(ホッシ)》、《以火気(カキヲモッテゴンキ)克金気欲(ニカタントホッス)》!!」


 次の瞬間、轟音と熱風が陸ヶ丘たちを襲った。

 だが手榴弾の熱風が札の霊力場に触れるや否や、それを遮るように壁が瞬時に出現して塞いだ。

 音と振動が鳴り止む。


 陸ヶ丘は、壁に木気符を貼って「《我(ワレ)、以木気(モクキヲモッテドキ)克土気欲(ニカタントホッス)》!」と唱える。


 すると、壁の隙間からツタが這い出てきてまとわりつく。すると壁がどんどん朽ちてゆき、自動的に崩れていった。

 目の前には、手榴弾の破片で切り裂かれズタズタになり、焼け焦げた死体だけが無残に斃れていた。


「Clear!! Go!!」


 陸ヶ丘たちは死体を乗り越えて角を曲がると、「大司祭執務室」という部屋札が貼られた両開きの扉に差し掛かる。

 隊員の一人が、スレッジハンマーを振りかぶる。そしてドアノブを打ち壊すと同時に開いた。

 部屋の中には、白いマントを着た中年の男性がいた。

 新東京教堂代表、大司祭(グランダ・パストロ)――鳥巣信一郎(とりすしんいちろう)である。


「《クグロ・レフレクタ・バリーロ kuglo reflekta barilo ――Eliksiroi(エリクスィーロイ)》!!」


 鳥巣はドアが開かれると同時に、詠唱した。

 部隊の大多数は、反射的に引き金を引く。

 呪文を詠唱したのならば、こちらに危害を加えたと見なして即発砲、というのは適正な手順であった。

 だが、この時ばかりは違った。


「撃つなッ!!!!!」


 陸ヶ丘が全力で叫んだ。

 鳥巣の杖が一瞬赤く輝くと、光り輝く霊力の障壁が即座に生成された。すると、不可思議なことが起こった。


「うぐっ!」

「があっ!」

「ぐふっ! ……ぐ、が……」


 陸ヶ丘の部下たちが次々に、自分が発射したはずの9mmパラベラム弾を食らって倒れていく。

 《クグロ・レフレクタ・バリーロ》。現代呪文《リコシェイ・バリヤー》のエスペラント版であり、発射された弾丸を跳ね返す霊力の障壁を作る。

 しかし陸ヶ丘の知識では、これは集合呪文であり一人の術師によっては使えないはずだ。それを可能にするには――


「エリクサーか……!」


 エリクサー。それは術師界の数ある魔導資源のなかで最大クラスの高エネルギー資源であり、現代魔導化学の最先端の技術を尽くさなければ生成できない希少資源である。また非常に不安定な物質であり、これを完全に安定させる導体は現在では存在しないとされている。

 ここまでが一般的な話であり、ここからは陸ヶ丘含む真の信奉者たちだけが知っている話である。存在しないはずのエリクサーを安定させる物質を、どうやら同盟は所持しているらしい。そして円島の地下には、膨大な量のエリクサーが眠っているという。そしてまた、日本術師界含む自由主義国家を裏から支配している【絡繰】もまた、このエリクサーを搭載した導体を保有している。にわかには信じがたい話だが、それらの本当に事実であるならば、「永久の集」がエリクサーとその導体を持っていることもあり得るということだ。


「ひるむな! 銃火器が使えなくなっただけだ!」


 陸ヶ丘が喝を入れる。面々は、五気符やナイフを装備して突撃しようとする。

 ところが、であった。


「《トリジェタルミーロ Triĵetarmilo》」


 杖から超高速の霊弾が、三発立て続けに発射された。一回目以降は、短縮詠唱で次々と放っていく。


「――ぐわあああっ!」


 隊員の一人が対応もできず着弾し、炎に包まれた。

 他の隊員は光熱レーザーで焼かれたような穴が身体に空いたり、防具の隙間の関節をカマイタチで切り裂かれたりしていた。


「み、三つバラバラの系統の術による霊弾だ! 相克の予測ができない!」


 別の一人が口走った。彼の予想は当たっていた。

 《トリジェタルミーロ》は、その名前の通り「各々違う系統の霊弾を三発」発射する呪文だ。そのため、結界内に入れば強制的に五行に変換される現代陰陽道でも、これでは予測ができない。


「《再唱 Rekomenci(レコメンツィ)》」


 鳥巣は、弾道が不安定になってきたので再び詠唱し直す。杖は陸ヶ丘に向けられていた。そして――


「《後三水神(ごさんすいじん)、凶将・玄武(げんぶ)――急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)》》!!」


 人差し指と中指の刀印が、陸ヶ丘の横から突き出る。すると、指の先端を中心として水流の盾が現出した。それに三つの霊弾が当たると、水に触れた火花のように消えた。水の盾は陸ヶ丘のみならず、彼の部隊全員を守った。


「……特務保安士!」




   ★


 陸ヶ丘の背後に、16歳くらいの少年が立っていた。半袖のレザーブルゾンに、指が空いた手袋型導体(グローブワンド)。

 京都五星院家当主の長男にして、特務陰陽保安士――五星院翔栄である。

 だが陸ヶ丘の呼びかけを無視して、翔栄は指二本に玄武を喚起したまま、ズンズンと前に出る。


 【十二天将「玄武」 Genbu】

  戦闘力 S2(攻撃 S1 体力 S2 射程 E 防御 S5 機動 E 警戒 A+)

  霊力 S1 力場安定性 S 教養 C 技術 A+ 崇高 A 美 D 忠誠心 E 使役難易度 I

  五行:水 干支:子 吉凶:凶将 所掌:遺失物・盗賊


「行けません! ここは我々と合わせ、一斉に――」


 陸ヶ丘の抗議を遮るように、翔栄は「邪魔だ」とだけ言う。


「発砲は一切するなよ。このまま押し切ってやる」


 玄武による水流のバリア――第一の能力〔水鏡(みずかがみ)の盾(たて)〕で、無理矢理突き進む。

 だが、鳥巣は狼狽えることもなくほくそ笑むように言う。


「ほう……。君が京都五星院家の惣領か。大胆不敵だな。だが――」


 そのとき、鳥巣の体中に「陣」が浮かんだ。


「!」


 翔栄の歩みが止まった。


「知っていたか……。これは我が教団が開発した自爆呪文、《マルティール・ボムボ Martir bombo》が霊力場を展開する予備動作だ。この爆発は、玄武の盾では防げまい」

「《戻れ、玄武!》。――《後五金神(ごごごんしん)、凶将・白虎(びゃっこ)》!」


 だが翔栄は怯まず、玄武を帰還させて、代わりに右手に白虎を喚起させる。


 【十二天将「白虎」 Byakko】

  戦闘力 S2(攻撃 S3 体力 S1 射程 C 防御 A- 機動 S2 警戒 S5)

  霊力 S1 力場安定性 A+ 教養 D 技術 C 崇高 S1 美 S1 忠誠心 D 使役難易度 I

  五行:金 干支:申 吉凶:凶将 所掌:病気・死の穢れ


「だったら……、その『陣』を破壊する。術師を爆発前に殺害すれば未発に終わるってことは、調べがついてるんだよ」


 すると鳥巣は、「よせ。未来あるものに手を汚させたくはないし、道連れにもしたくない。さっさと逃げよ」と返した。


「……あ? テメー殺される側なのに、ナニ殺す側の俺の身を案じて説法を説いてんだ? 図に乗るのも大概にしろ、思考停止のカルト野郎が」


 だが、鳥巣の言葉は翔栄の逆鱗に触れた。


「戦場にガキも大人も関係ねえ。頭が回るヤツが、殺せるヤツをぶっ殺して生き残るのが戦場であり、この世の縮図なんだよ」

「小児病的なマチズモに逃げるな少年よ。君の行動は、君自身得心がいっていないはずだ。本当に得心がいっているのならば、こんな問答すら付き合わないであろう?」


 翔栄は、顔中に青筋を浮かび上がらせる。そして湧き上がる殺意に身を任せ、白虎・第一の術〔幻金瞬矢(げんきんしゅんし)〕で鳥巣の鼻先を貫こうとした――その時、だった。

 鳥巣の額に穴が空いた。そして後頭部から、鮮血と脳漿(のうしょう)が噴き出す。

 一瞬だけ、翔栄は目を見開いた。だが、すぐに目の前の現実を受け入れる目つきに戻った。

 狙撃したのが誰だかは分かっている。陸ヶ丘の部下である五星院(ごじょういん)壱誠( いっせい)だ。

 陸ヶ丘の部下が二人ほど入ってきて、鳥巣が本当に死んでいて、術が無効化されているか確かめる。


「ひ、被疑者死亡! 午後六時十六分!」


 隊員の報告を受けて、翔栄は「……状況を終了する」と告げた。


 それから踵を返し、陸ヶ丘には目もくれずに、背後にいた壱誠の方へ近づく。ポリカーボネートのゴーグルつき防弾ヘルメットにバラクラバという風体だったが、狙撃銃である尾張ノブナガNS3000を装備していることから、彼が壱誠であることは一目瞭然だった。

 壱誠は耳打ちをするように、翔栄に言った。


「坊ちゃまに汚れ仕事をさせたとなれば、お父様に面目が立ちませんからね」


 すると翔栄は、舌打ちで返答した。


「余計なことを……俺はとっくに人殺しだ。それは、五星院真(アイツ)も知っている」




   ★


 作戦を終えた翔栄は、新東京自治区に五つある区画の一つ・黄土(おうど)に所在する陰陽保安局本局庁舎に帰還していた。

 帰還後、陰陽保安部部長より翔栄に管理休暇が言い渡された。捜査対象に危害を加えることを目的とした作戦に参加した保安士は、基本的にこのような休暇を貰う決まりになっているのだ。最も、翔栄の場合は普通に学校に通うだけなのであるのだが。


 ――小児病的なマチズモに逃げるな少年よ。君の行動は、君自身得心がいっていないはずだ。本当に得心がいっているのならば、こんな問答すら付き合わないであろう?


(くそっ……。なんだって、あんなカルト野郎の言葉が頭にこびりついて離れねえんだ。胸糞悪ぃ)


 着替え終えた翔栄は、六階にある幹部用のロッカールームから出て、エレベーターに乗り込む。


(そんなことよりも、青梅賢治のことだ。あの『赤い光の刃』……。あれは、一体なんだったのか。結局わからねえままだ……)


 翔栄にはこの一か月半ほど、ずっと引っかかっていることがあった。

 それは、マガツの最後の作戦であった「妖誅」の最終局面。容疑者の一人であった壬(みずのえ)こと河辺灯(かわなべ あかり)に危害攻撃を加えて収容しようとした際、妖魔同盟の青梅賢治ら四人に抵抗されたときのことだった。

 賢治と現世を圧倒的な実力差でねじ伏せ、十二天将を一斉召喚した際に、それは起こった。現世も吹っ飛ばされ、現場には気絶している灯を除いて、賢治と自分しかいなかったとき、それは起こった。

 突然、青梅賢治の口調が変わり目を紅く光らせて、十二天将を一撃で全滅させる「赤い光の刃」を放出したのだ。そして現世が現場に戻ってきて、正気を取り戻した賢治は、自分がしたことを一切覚えていない様子だった。

 真にも報告したが、何か知った風な素振りを見せて他言無用を言い渡された。

 それ以来、あの術が一体何の術だったのか。未だにはっきりと分かっていない。手がかりといえるのは、青梅賢治から聴取した【絡繰(オルガノン)】の構成員・不破に関する証言だけだ。


(不破によれば、「門」は四つあるらしい……。〔鍵(ポルタ) と扉(クレイス)〕、〔深淵(アビソス)〕、〔鎌(ドゥレパーニ)〕、〔剃刀《クスラフィ》〕。保有者が判明しているのは〔鍵と扉〕が青梅賢治と因幡現世、〔深淵〕が河辺灯と松元精輝。あの「赤い光の刃」……、あれは「門」の一つじゃねえかと俺は考えている。形状からして、〔鎌〕か〔剃刀〕のどちらかだろう)


 エレベーターが一階についた。翔栄は、「門」と「赤い光の刃」について施行し続けた。


(だが、「赤い光の刃」が出現したときのあの感覚。あれ(・・)には覚えがある。忘れもしない、あれは五年前。俺が汎人界に来る前に――)


 そして入口に差し掛かった時、彼にとって会いたくない人物と遭遇した。


「五星院特務保安士!! 作戦お疲れ様でした!!」


 エルワン・和久・ジロー=カバントゥ・五星院。いつも真に付き従っている彼を、翔栄は「真の腰巾着」と見なしていた。会うたびに、真の養子である自分にも何かと気遣いの言葉をかけてくるため、正直疎ましい存在だった。

 敬礼をするエルワンに対し、翔栄は「ああ、お疲れ」と素っ気なく返した。

 この時代、階級が上の自分が無視などすればパワハラになりかねない。それは面倒だった。


「……五星院特務保安士!」


 エルワンが呼びかけてきた。


「……何だよ」


 苛立つ心を抑えて振り向く。


「あの……。部下の私がこのようなことを申し上げるのは差し出がましいことでありますが、おつらいときは何でもおっしゃてください」


 見抜かれた。翔栄の額に青筋が浮かぶ。

 そしてエルワンは、さらに翔栄の逆鱗に触れるようなことを口にした。


「あなた様は、この世に一人しかいない五星院大臣の大事なご令息なのですから」

「――黙れ」


 恐ろしく冷え切った声が、自分の口から出た。


「あのクソ野郎の狗(いぬ)に打ち明けることなんざ何もねえ。失せろ」


 踵(きびす)を返して、翔栄はその場を足早に去った。これ以上エルワンの言葉を聞いていたら、手が出てしまいそうだったからだ。

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