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Introduction - 翔 -

 植杉翔《うえすぎかける》はものごころついたときから、妖獣や霊障物の存在を知覚することができた。そうであるが故に、周囲の人々から不気味がられてきた。


「来るんじゃねーよ!」


 細い腕を力いっぱい振り回し、三センチほどの石をぶん投げた。精一杯「来るな」という念を込めて投げた石は、土気色のガス状をした化け物を貫通する。

 化け物は、「ぎゃっ」という声を上げて霧散した。

 そして石は道路脇のブロック塀を飛び越え、家屋の窓ガラスに命中した。


「誰だ!」


 割れた窓の向こうから、しわがれた声がした。少しして、家の中から七十絡みの男が道路に出てきた。道を通る何人かの男女が、翔を横目で見ている。


「また、お前か!」


 翔の顔を見るなり、そのおやじは耳をひっぱり上げた。


「どうしてお前は、いつもそうなんだ。人が嫌がることをするのが、そんなに楽しいか!」

「何すんだよ! 離せよ、ジジイ!」


 翔は、人を威嚇するような鋭い目つきで老人を睨む。

 他の人に、翔の見たものは見えない。だから彼らの目に翔は、窓ガラスを割った悪童にしか見えない。

 こうした誤解は、翔にとって珍しいことではなかった。

 ある時は、着物を着た老婆の霊障物に脅かされて大声を上げ、子守を任せられていた赤ん坊を泣かした。またある時は、透明なゼリー状の化け物に追いかけられて必死に走って逃げ、通行人のおばさんとぶつかりケガを負わせた。

 幼い頃に両親を亡くした翔は、ずっと親戚の家を転々としてきた。問題児として、たらい回しにされてきたのである。


「翔くん! 何してるの!」


 太った中年の女性が叫んだ。現在の翔の引き取り手である、高井(たかい)家の奥さんである。


「高井さん、困るよ! お宅んところの子がまたねえ――」


 高井夫人は平謝りに謝り、翔を家に連れ帰った。それから彼は、大いに怒られた。こんなことは翔にとって、日常茶飯事であった。そうして翔は、身の回りの大人たちを「自分のことを理解してくれない存在」、すなわち敵とみなしていった。


 このようなことは、学校生活とて例外ではなかった。


 ――翔、お前また悪さしたんだってな。

 ――お前なんか、誰もかまいやしねーよ。

 ――パチこくなし、ボケ。

 ――お化けに食い殺されちゃえよ! バーカ。


 翌日。

 翔は学校で男子数人によって激しいいじめを加えられた。同級生によるこうした中傷や暴力も、日常的なことなのである。

 実のところ、これが翔にとって一番辛いことであった。

 親戚や近所の人間には、もう素性が知れ渡っているために、悪評を払拭することもできない。昨日みたいなことには、翔自身あきらめがついていた。どうしても嫌になったら、部屋に引きこもっていてもいい。

 けれども、学校ではそうはいかなかった。日中教室に拘束されるため、逃げ場がない。そのため次第に翔は、「他の人には見えないものが見えている」という事実を、学校では隠すようにしてきた。だが、昨日のような事件が起これば、その努力もむなしく水泡に帰す。

 親戚に冷遇されながら引き取られる。学校で素性を隠すよう心がける。お化けに襲われることによって、騒ぎを起こしてしまう。その様子を、近所の人や学校のクラスメイトに目撃される。「変な子」というレッテルを貼られる。家族からも、近所の大人たちからも、同級生からも迫害される。問題を起こして、また新しい引き取り手のところへ移る。その繰り返しであった。


 だがその二年後、植杉翔に転機が訪れる。

 秋田の郊外の街で起きたとある事件に巻き込まれて、彼は術師界入りすることになる。

 その際判明したことがあった。それは彼が、失われたはずの京都五星院家・男系子孫だったのだ。


 そして、京都五星院家より賜った術師名は――五星院(ごじょういん)翔栄(しょうえい)であった。

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