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フェアリーリング・フェアリーテイル - 術界伝綺 -  作者: Cigale
ニューヨーク第六行政区編
278/313

Extra Report 13 激辛定食一本勝負!(無差別級)

「ううむ、お腹と背中がくっつきそうなのだ。今日はガッツリしたものが食べたいのう」


 現世が言った。

 休日の昼下がり、ここは清丸町一丁目アーケード街。賢治たちは昼食を食べるところを探していた。


「¡Guay(グァイ)! だったら、『魔味(モーウェイ)』に行こうよ!」

「おお! それは名案なのだ!」


 賢治が「モーウェイ?」と首を捻った。


「中華屋だよ。量が結構あるから丁度いいね」


 桐野がそう言って顔を向ける先には、年季の入った中華屋が建っていた。古ぼけた外装に、「中華料理 魔味(モーウェイ)」という看板が引っ提げられている。


(経年劣化にくわえて、煙と油で汚れた外装……。典型的な町中華って感じだな)

「賢治も、『魔味』でよいか?」


 現世が確認すると、賢治は「あ、うん。オレもいいよ」と返した。


 イソマツが取っ手に手をかけて、引き戸をあける。


「いらっしゃイ! おや、因幡さんところノ!」


 カウンターの向こうから、体格の良く立派な顎髭を生やした中年の男性が快活にそう言った。

 中を見るとテーブルもカウンター席も八割がた埋まっていた。お昼時だから当然である。


「やあ李(リー)さん! 四人だけど入れるかな?」

「ちょっとまってネ、いま片付けちゃうカラ! ――芷晴(ジーチン)! 六番テーブル!!」


 李に呼ばれた若いウエイトレスは、奥のテーブルの食器を片付け始めた。その手際は非常に良く、あっという間に片付いてしまった。


「ドウゾ、こちらヘ」


 呼ばれた賢治たちは、テーブルの各席に腰をかける。

 賢治は壁にかけられたメニューと、手元の菜譜(さいふ)を見る。日本語と中国語、ピンインの三種類で書かれている。内容も、日本で中華料理と聞いて連想するものは大抵揃っていて、一部だけ本場の料理と思しきものがいくつかあった。


「ご注文ハ?」


 芷晴が賢治たちに訊きに来た。


「醤油ラーメンと餃子セットなのだ!」

「す、すいません。チャーハン一つ」

「塩ラーメンください」


 現世、賢治、桐野がそれぞれ決めて行くなかイソマツは、


「激烈(げきれつ)麻辣定食(マーラーていしょく)くーださい」


 と言った。

 すると、芷晴の表情が一変する。

 現世と桐野も、「こいつマジか」と言わんばかりに目を見開いた。


 李がカウンターから身を乗り出して、「イソマツちゃん……本気?」と問うた。


「南美洲食人樹(ヤ=テ=ベオ)花粉(フアフェン)メッチャ使っているヨ。これ使うの、この定食だけネ。後悔しなイ?」

「¡Lo(・ロ) sé(・セ), Por(ポル・) favor(ファボール)!(知ってるよ! お願いします!)」

「わかったネ……、お残しダメヨ!!」


 すると李は、真剣な表情で調理に取り掛かった。左手を軽くかざすと、中華鍋の下の火がボンッと激しく燃え上がる。どうやら超能力で火をコントロールしているらしい。


「な、なあ。『ヤ=テ=ベオフアフェン』って何なんだよ?」

「中南米には、ヤ=テ=ベオっていう人を食べる樹の妖獣がいるんだ。そいつが獲物を見つけると、視界を塞ぐために物凄く辛い花粉を出すんだよ。それを調味料にするため、安全に加工したのがヤ=テ=ベオフアフェンさ。術師界で一番辛い自然の調味料って言われているよ」

「お前、そんなの食い切れるのかよ! 言っとくけどオレ、辛いの全然ダメだからな!」


 するとイソマツは快活に笑って「No(ノ・) te(テ・) preocupes(プレオクペス)(心配するなよ)」と言った。


「ノアルティングでも、ハラペーニョとかふんだんに使った料理食べていたからね。辛いのは人並み以上に大丈夫さ」


 しばらく待っていると、賢治たちが注文した料理が提供されてきた。

 そして最後はイソマツであり――芷晴が料理を次々とテーブルに置くと、辛そうな匂いが充満した。真っ赤なスープに具材たっぷり入ったラーメン、麻婆丼、そして鍋貼(グオティエ)と呼ばれる細長い形をした焼餃子の三品目が、イソマツの目の前に並んでいる。


「麻辣湯麺(マーラータンミェン)、麻婆大碗(マーボーダーワン)、激辣鍋貼(ジーラーグオティエ)――激烈(ジーリエ)麻辣套餐(マーラータオツァン)お待ちどうサマ!」


 その尋常じゃない量と辛そうで熱そうな見た目、猛烈な匂いに、賢治は思わず「うっわ……」と声をあげてしまう。


 そして、芷晴がタイマーをテーブルの上に置く。


「20分以内に完食すれば、商品券5千円分デス。時間過ぎテモ、皆さんで絶対完食してくださいネ」

「¡Je, je, je......Lo(ロ) haré(・アーレ)!(へへへ……やってやろうじゃん!)」


 ――20分後。


「ゴメン……、本当にゴメン。……みんな手伝って」


 どの料理も半分ほど残して、テーブルに突っ伏したイソマツの姿があった。かたわらでは、無機質なタイマーの音が鳴り響いている。


「だから言っただろ! 食いきれるのかって!」

「麻婆丼の残りよこせ。――現世は手をつけなくていいからね」


 賢治と桐野が、怒りながらイソマツの料理に手をつける。


(一番辛くなさそうな、焼餃子をいただこう)


 そう思った賢治は、激辣鍋貼を一つ箸に取った。そして、酢醤油につけてかじりつく。


「いだbvcxzんm!!!!!」


 なかからドロッとこぼれてきた激辛かつ激熱の真っ赤な餡が、賢治の舌を焼いた。


(わ、忘れていた! 本場の焼餃子は具材を味付けされた餡を入れるんだった! でも、20分も経っているのに何でこんなに熱いんだ!?)

「ウチの皮の包み方は一味違うネ。いつまでもアツアツのままヨ」


 見透かしたように、李がそう言った。


「Ay(アイ)......休める部分が、麻辣湯の野菜しかない……」


 現世が「これを完食したものは、一体どのような強者(つわもの)なのかの?」と首を捻った。


「アナタたちもよく知っている人ネ」


 そう言って、李は店内に飾られている写真を指さした。

 徳長だった。


「そういや今年の冬に、午後声カッスカスだったときがあったな……。……やば、口の感覚がなくなってきた」

「オ、オレもう無理だ……。母さんは大丈夫だったみたいなんだけど、父方は基本辛い物ダメみたいなんだよ……。伯父さんも、チョルバについた青唐辛子は食べられないって言ってた」


 弱音を吐く桐野と賢治。

 だが李は無情にも、「お残しダメヨ」と睨(にら)みつけていた。


「店主さんの言う通りだ。お前ら、それ残さず食べろよ」


 後ろから聞き覚えのある声が響いた。


「池田さん……!」


 池田だった。一体いつからいたのか。


「ものすごく辛いって、頼む前に店主さんが言ってくれただろうが。それで頼んだら、もうお前らの責任だよ。調子乗ったイソマツだけじゃなく、止めなかった他の連中も連帯責任だ」


 それから「食べ物で遊ぶのは許さねえからな。大食いだ早食いだ、昔から好きじゃねえんだ」と付け加えた。


「食べ物に対する分別と責任の取り方を、子どもの頃からつけねえと――こういうクソみてえな大人になるぞ」


 そう指さす池田の対面には、維弦の姿があった。


「い……池田……、助けて……」


 やはりイソマツと同じように、辛すぎて食べ切れていなかった。顔を真っ赤にして、涙と鼻水を流している。かたわらのタイマーは、とっくに止まっていた。


「てめえがそんなんだと、賢治たちに示しがつかねえだろうが!! どんだけ時間かけても全部食えよ! 一口たりとも手伝わねえからな!!」


 賢治は水を飲みながら、何とか鍋貼一つを食べ切った。

 テーブルのピッチャーは、来たときは満タンだったのに、もう空になってしまったので、芷晴が交換に来た。


「あら? 因幡さんたちじゃない」


 隣のテーブルの客が声をかけてきた。

 ソクハだった。


 賢治が「ソクハ先生! こんにちは」と挨拶をする。


「あなたたちも激辛定食頼んだの? あんまり無茶しちゃダメよ」


 ピピピピピピ。

 ソクハのテーブルに乗ったタイマーが鳴った。


「씨발(ッシバル)!!(ちくしょう!!) もうちょっとだったのに~!!」


 そう言ったのは、ソクハの対面に座るリチェだった。麻辣湯麺のスープと鍋貼二つ残してのタイムアップである。

 

「だから止めておきなさいって、言ったのに」

「く~、相州の大盛り激辛チゲとかは普通にイケたのに……」


 桐野が、「何で顔見知りがこんなに集まっているんだよ……」とひとりごちた。


「ギブアップ? 食べてくれるって約束してくれレバ、お持ち帰りできるヨ??」


 見かねた芷晴が、賢治たちに助け船を出してくれたその時――

 ガララララ。

 圭子だった。


「山吹先輩?」

「お久しぶりなのだ!」


 賢治と現世が声をかける。

 ギロリ。

 その瞬間、圭子は賢治たちを睨みつけた。


(……!)


 だがすぐに、取り繕った笑顔になって「こんにちは」と声をかけた。

 しかし、一瞬でも浮かべていた渋い表情は、賢治たちに忌避感を与えた。


「な、なあ。山吹先輩どうしたんだ?」

「知らないよ。お家や連合関係で嫌なことでもあったんじゃないの?」


 賢治と桐野がコソコソ話をしていると、


「ひそひそ話はもっと上手くやることね。聞こえているわよ」


 と、カウンター席で後ろを向いたまま圭子が言った。


「ひっ! す、すみません」


 思わず反射的に謝る賢治。


「お家の事情がある人間には、ドカ食いしなきゃやってられないときもあるのよ……覚えときなさいね」

「ご注文ハ?」


 芷晴が訊いてくる。

 すると、ムスッとしたオーラを出していた圭子は一転して笑顔になり、こう注文した。


「激烈麻辣套餐一つください」


 圭子は一切迷わず、中国語の発音でそう頼んだ。


(……!)


 賢治は息を呑んだ。

 圭子が辛い物好きなことは知っている。

 だが、この定食の辛さは桁違いだ。その上、どれもものすごく熱いうえに、量も多い。加えて制限時間まである。果たして、完食できるのか。


「……すっごく辛くて量もありマスヨ……? いいんデスか……?」


 さすがに目の前で三件立て続けにチャレンジ失敗しているため、芷晴もやんわりと翻意を促した。


「大丈夫です。お願いします」


 そうしてオーダーが入った。

 数分後。もはや見慣れてしまった、真っ赤なラーメンと丼、焼餃子が圭子の前に並ぶ。


「いただきます」


 圭子はレンゲで、血の池地獄としかいいようがないスープを掬って飲む。


「ん~ッ、堪らない」


 だが、その顔に賢治たちのような苦痛の色は全く浮かばず、至福さえ感じ取れた。

 次に麺をレンゲに乗せ、息で少しずつ冷まして食べていく。

 ある程度この作業を繰り返したら、チンゲン菜などの野菜を食べる。

 次に手を出すのは、麻婆大碗だ。全体に激辛の麻婆がかかっている丼は、逃げ場がない。何口か食べた後、息継ぎをするように空気を吸う。

 それから再び麻辣湯の具材に手をつける。


「あのお嬢ちゃん、この手の料理に慣れているな。辛くなったら野菜を食べて、水を飲んでねえ」


 リチェが言った。

 唐辛子の辛みに対して、水分補給は注意が必要だ。何故なら水溶性のカプサイシンが、口のなか全体に広がり、返って痛みを感じてしまうからだ。 

 圭子は、そうした激辛料理の攻略法を心得ている食べ方をしていた。

 次に彼女が箸をつけたのは、鍋貼だった。


「あ! 先輩気をつけて!」


 賢治が言った。

 一見辛そうに見えないこの鍋貼は罠のような存在であり、賢治はまんまと大ダメージを食らった。

 だが、圭子にその心配は無用だった。

 彼女は、熱々かつ激辛の餡が飛び出してくることを想定して、皮を少しだけ食べた。そして、小鳥が食べ物をついばむように、少しずつかじっていく。


(この激辛料理の群れを、あんなに華麗に食べるとは……)


 賢治は圭子の食べっぷりに、思わず惚れ惚れとしてしまった。

 汗はかいているが全然苦痛そうではなく、本当に美味しそうに食べるその顔は、至上の悦楽に満ちていた。

 そうして、三品目は見る見る減っていき――


「完食!! 13分16秒、新記録デス!!」


 芷晴がそう宣言すると、他の客が総立ちになって歓声をあげた。


「すごい! すごいです山吹先輩!」

「さすがなのだ! 圭子どの!」

「¡Ole(オーレ)! 見直したよ先輩!!」

「……今日は、素直に褒めてあげるよ」

「すげー、あっさりと平らげやがった」

「口のなか、本当に大丈夫かしら?」


 客だけでなく、店主の李もカウンターの内側で嬉しそうにニコニコ顔を浮かべていた。

 そんな拍手と絶賛のなか、圭子はただただ食事に満足といった顔を浮かべていた。


「おめでとうございマス。5千円分の商品券デス。写真とインタビューも、よろしいデスか?」


 芷晴が圭子に商品券を渡す。


「あ、どうも。すみませんが、写真もインタビューもお断りさせていただきます。完食者名簿に載せるのなら匿名で……」


 賞品以外を固辞する圭子に芷晴は、「これは失礼しまシタ」と言った。


「商品券は早速使わせていただきますね。


 ――追加注文します! 四川(スーチュアン)麻婆豆腐(マーボードウフ)定食に激辣鍋貼! あとキムチ三種セット! それとコーラください!」


 店内にいた人間全員が、仰天の表情を浮かべた。

 その日以後、圭子の存在は一丁目アーケード商店街で伝説となった。




   ★


 翌日。

 放課後の五色高にて。

 下校する賢治とイソマツが、二階を通りがかったときに圭子の姿を見た。


「あれ? 山吹先輩じゃないか?」

「¡buenas(ブエナス・) tardes(タルデス)!(こんにちは!)」


 圭子は顔を真っ青にして、内股で歩っていた。美味しい物を食べて至福に包まれた昨日とは、打って変わった姿であった。


「……何か用?」


 左腕で腹を抑え、眉間に皺を溜めて圭子が言った。


「い、いえ。通りがかったので声をかけただけです」

「じゃあ、悪いけど早く帰ってくれない。今日は具合が良くな――ふぐっ!!」


 突然肩をいからせた圭子は、女子トイレに駆け込んでいった。


「……舌と喉は頑丈だけど、胃腸は常人より少し強いくらいだったみたいだね」


 そうイソマツが言うと、賢治は「辛い物はほどほどに、だな」と返した。




   ★


 同じ頃、「魔味」にて。


「ひ~! 辛い物好きのおれでも、これ以上はさすがに無理だ!」


 激烈麻辣定食の麻婆大碗に苦戦する平祐の姿があった。

 彼は対面に座る咲芙に「ねえ~、渠波羅(みぞはら)さ~ん」と猫なで声で言う。


「手伝いませんからね」




(――了)

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