Extra Report 13 激辛定食一本勝負!(無差別級)
「ううむ、お腹と背中がくっつきそうなのだ。今日はガッツリしたものが食べたいのう」
現世が言った。
休日の昼下がり、ここは清丸町一丁目アーケード街。賢治たちは昼食を食べるところを探していた。
「¡Guay! だったら、『魔味』に行こうよ!」
「おお! それは名案なのだ!」
賢治が「モーウェイ?」と首を捻った。
「中華屋だよ。量が結構あるから丁度いいね」
桐野がそう言って顔を向ける先には、年季の入った中華屋が建っていた。古ぼけた外装に、「中華料理 魔味」という看板が引っ提げられている。
(経年劣化にくわえて、煙と油で汚れた外装……。典型的な町中華って感じだな)
「賢治も、『魔味』でよいか?」
現世が確認すると、賢治は「あ、うん。オレもいいよ」と返した。
イソマツが取っ手に手をかけて、引き戸をあける。
「いらっしゃイ! おや、因幡さんところノ!」
カウンターの向こうから、体格の良く立派な顎髭を生やした中年の男性が快活にそう言った。
中を見るとテーブルもカウンター席も八割がた埋まっていた。お昼時だから当然である。
「やあ李さん! 四人だけど入れるかな?」
「ちょっとまってネ、いま片付けちゃうカラ! ――芷晴! 六番テーブル!!」
李に呼ばれた若いウエイトレスは、奥のテーブルの食器を片付け始めた。その手際は非常に良く、あっという間に片付いてしまった。
「ドウゾ、こちらヘ」
呼ばれた賢治たちは、テーブルの各席に腰をかける。
賢治は壁にかけられたメニューと、手元の菜譜を見る。日本語と中国語、ピンインの三種類で書かれている。内容も、日本で中華料理と聞いて連想するものは大抵揃っていて、一部だけ本場の料理と思しきものがいくつかあった。
「ご注文ハ?」
芷晴が賢治たちに訊きに来た。
「醤油ラーメンと餃子セットなのだ!」
「す、すいません。チャーハン一つ」
「塩ラーメンください」
現世、賢治、桐野がそれぞれ決めて行くなかイソマツは、
「激烈麻辣定食くーださい」
と言った。
すると、芷晴の表情が一変する。
現世と桐野も、「こいつマジか」と言わんばかりに目を見開いた。
李がカウンターから身を乗り出して、「イソマツちゃん……本気?」と問うた。
「南美洲食人樹花粉メッチャ使っているヨ。これ使うの、この定食だけネ。後悔しなイ?」
「¡Lo sé, Por favor!(知ってるよ! お願いします!)」
「わかったネ……、お残しダメヨ!!」
すると李は、真剣な表情で調理に取り掛かった。左手を軽くかざすと、中華鍋の下の火がボンッと激しく燃え上がる。どうやら超能力で火をコントロールしているらしい。
「な、なあ。『ヤ=テ=ベオフアフェン』って何なんだよ?」
「中南米には、ヤ=テ=ベオっていう人を食べる樹の妖獣がいるんだ。そいつが獲物を見つけると、視界を塞ぐために物凄く辛い花粉を出すんだよ。それを調味料にするため、安全に加工したのがヤ=テ=ベオフアフェンさ。術師界で一番辛い自然の調味料って言われているよ」
「お前、そんなの食い切れるのかよ! 言っとくけどオレ、辛いの全然ダメだからな!」
するとイソマツは快活に笑って「No te preocupes(心配するなよ)」と言った。
「ノアルティングでも、ハラペーニョとかふんだんに使った料理食べていたからね。辛いのは人並み以上に大丈夫さ」
しばらく待っていると、賢治たちが注文した料理が提供されてきた。
そして最後はイソマツであり――芷晴が料理を次々とテーブルに置くと、辛そうな匂いが充満した。真っ赤なスープに具材たっぷり入ったラーメン、麻婆丼、そして鍋貼と呼ばれる細長い形をした焼餃子の三品目が、イソマツの目の前に並んでいる。
「麻辣湯麺、麻婆大碗、激辣鍋貼――激烈麻辣套餐お待ちどうサマ!」
その尋常じゃない量と辛そうで熱そうな見た目、猛烈な匂いに、賢治は思わず「うっわ……」と声をあげてしまう。
そして、芷晴がタイマーをテーブルの上に置く。
「20分以内に完食すれば、商品券5千円分デス。時間過ぎテモ、皆さんで絶対完食してくださいネ」
「¡Je, je, je......Lo haré!(へへへ……やってやろうじゃん!)」
――20分後。
「ゴメン……、本当にゴメン。……みんな手伝って」
どの料理も半分ほど残して、テーブルに突っ伏したイソマツの姿があった。かたわらでは、無機質なタイマーの音が鳴り響いている。
「だから言っただろ! 食いきれるのかって!」
「麻婆丼の残りよこせ。――現世は手をつけなくていいからね」
賢治と桐野が、怒りながらイソマツの料理に手をつける。
(一番辛くなさそうな、焼餃子をいただこう)
そう思った賢治は、激辣鍋貼を一つ箸に取った。そして、酢醤油につけてかじりつく。
「いだbvcxzんm!!!!!」
なかからドロッとこぼれてきた激辛かつ激熱の真っ赤な餡が、賢治の舌を焼いた。
(わ、忘れていた! 本場の焼餃子は具材を味付けされた餡を入れるんだった! でも、20分も経っているのに何でこんなに熱いんだ!?)
「ウチの皮の包み方は一味違うネ。いつまでもアツアツのままヨ」
見透かしたように、李がそう言った。
「Ay......休める部分が、麻辣湯の野菜しかない……」
現世が「これを完食したものは、一体どのような強者なのかの?」と首を捻った。
「アナタたちもよく知っている人ネ」
そう言って、李は店内に飾られている写真を指さした。
徳長だった。
「そういや今年の冬に、午後声カッスカスだったときがあったな……。……やば、口の感覚がなくなってきた」
「オ、オレもう無理だ……。母さんは大丈夫だったみたいなんだけど、父方は基本辛い物ダメみたいなんだよ……。伯父さんも、チョルバについた青唐辛子は食べられないって言ってた」
弱音を吐く桐野と賢治。
だが李は無情にも、「お残しダメヨ」と睨みつけていた。
「店主さんの言う通りだ。お前ら、それ残さず食べろよ」
後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「池田さん……!」
池田だった。一体いつからいたのか。
「ものすごく辛いって、頼む前に店主さんが言ってくれただろうが。それで頼んだら、もうお前らの責任だよ。調子乗ったイソマツだけじゃなく、止めなかった他の連中も連帯責任だ」
それから「食べ物で遊ぶのは許さねえからな。大食いだ早食いだ、昔から好きじゃねえんだ」と付け加えた。
「食べ物に対する分別と責任の取り方を、子どもの頃からつけねえと――こういうクソみてえな大人になるぞ」
そう指さす池田の対面には、維弦の姿があった。
「い……池田……、助けて……」
やはりイソマツと同じように、辛すぎて食べ切れていなかった。顔を真っ赤にして、涙と鼻水を流している。かたわらのタイマーは、とっくに止まっていた。
「てめえがそんなんだと、賢治たちに示しがつかねえだろうが!! どんだけ時間かけても全部食えよ! 一口たりとも手伝わねえからな!!」
賢治は水を飲みながら、何とか鍋貼一つを食べ切った。
テーブルのピッチャーは、来たときは満タンだったのに、もう空になってしまったので、芷晴が交換に来た。
「あら? 因幡さんたちじゃない」
隣のテーブルの客が声をかけてきた。
ソクハだった。
賢治が「ソクハ先生! こんにちは」と挨拶をする。
「あなたたちも激辛定食頼んだの? あんまり無茶しちゃダメよ」
ピピピピピピ。
ソクハのテーブルに乗ったタイマーが鳴った。
「씨발!!(ちくしょう!!) もうちょっとだったのに~!!」
そう言ったのは、ソクハの対面に座るリチェだった。麻辣湯麺のスープと鍋貼二つ残してのタイムアップである。
「だから止めておきなさいって、言ったのに」
「く~、相州の大盛り激辛チゲとかは普通にイケたのに……」
桐野が、「何で顔見知りがこんなに集まっているんだよ……」とひとりごちた。
「ギブアップ? 食べてくれるって約束してくれレバ、お持ち帰りできるヨ??」
見かねた芷晴が、賢治たちに助け船を出してくれたその時――
ガララララ。
圭子だった。
「山吹先輩?」
「お久しぶりなのだ!」
賢治と現世が声をかける。
ギロリ。
その瞬間、圭子は賢治たちを睨みつけた。
(……!)
だがすぐに、取り繕った笑顔になって「こんにちは」と声をかけた。
しかし、一瞬でも浮かべていた渋い表情は、賢治たちに忌避感を与えた。
「な、なあ。山吹先輩どうしたんだ?」
「知らないよ。お家や連合関係で嫌なことでもあったんじゃないの?」
賢治と桐野がコソコソ話をしていると、
「ひそひそ話はもっと上手くやることね。聞こえているわよ」
と、カウンター席で後ろを向いたまま圭子が言った。
「ひっ! す、すみません」
思わず反射的に謝る賢治。
「お家の事情がある人間には、ドカ食いしなきゃやってられないときもあるのよ……覚えときなさいね」
「ご注文ハ?」
芷晴が訊いてくる。
すると、ムスッとしたオーラを出していた圭子は一転して笑顔になり、こう注文した。
「激烈麻辣套餐一つください」
圭子は一切迷わず、中国語の発音でそう頼んだ。
(……!)
賢治は息を呑んだ。
圭子が辛い物好きなことは知っている。
だが、この定食の辛さは桁違いだ。その上、どれもものすごく熱いうえに、量も多い。加えて制限時間まである。果たして、完食できるのか。
「……すっごく辛くて量もありマスヨ……? いいんデスか……?」
さすがに目の前で三件立て続けにチャレンジ失敗しているため、芷晴もやんわりと翻意を促した。
「大丈夫です。お願いします」
そうしてオーダーが入った。
数分後。もはや見慣れてしまった、真っ赤なラーメンと丼、焼餃子が圭子の前に並ぶ。
「いただきます」
圭子はレンゲで、血の池地獄としかいいようがないスープを掬って飲む。
「ん~ッ、堪らない」
だが、その顔に賢治たちのような苦痛の色は全く浮かばず、至福さえ感じ取れた。
次に麺をレンゲに乗せ、息で少しずつ冷まして食べていく。
ある程度この作業を繰り返したら、チンゲン菜などの野菜を食べる。
次に手を出すのは、麻婆大碗だ。全体に激辛の麻婆がかかっている丼は、逃げ場がない。何口か食べた後、息継ぎをするように空気を吸う。
それから再び麻辣湯の具材に手をつける。
「あのお嬢ちゃん、この手の料理に慣れているな。辛くなったら野菜を食べて、水を飲んでねえ」
リチェが言った。
唐辛子の辛みに対して、水分補給は注意が必要だ。何故なら水溶性のカプサイシンが、口のなか全体に広がり、返って痛みを感じてしまうからだ。
圭子は、そうした激辛料理の攻略法を心得ている食べ方をしていた。
次に彼女が箸をつけたのは、鍋貼だった。
「あ! 先輩気をつけて!」
賢治が言った。
一見辛そうに見えないこの鍋貼は罠のような存在であり、賢治はまんまと大ダメージを食らった。
だが、圭子にその心配は無用だった。
彼女は、熱々かつ激辛の餡が飛び出してくることを想定して、皮を少しだけ食べた。そして、小鳥が食べ物をついばむように、少しずつかじっていく。
(この激辛料理の群れを、あんなに華麗に食べるとは……)
賢治は圭子の食べっぷりに、思わず惚れ惚れとしてしまった。
汗はかいているが全然苦痛そうではなく、本当に美味しそうに食べるその顔は、至上の悦楽に満ちていた。
そうして、三品目は見る見る減っていき――
「完食!! 13分16秒、新記録デス!!」
芷晴がそう宣言すると、他の客が総立ちになって歓声をあげた。
「すごい! すごいです山吹先輩!」
「さすがなのだ! 圭子どの!」
「¡Ole! 見直したよ先輩!!」
「……今日は、素直に褒めてあげるよ」
「すげー、あっさりと平らげやがった」
「口のなか、本当に大丈夫かしら?」
客だけでなく、店主の李もカウンターの内側で嬉しそうにニコニコ顔を浮かべていた。
そんな拍手と絶賛のなか、圭子はただただ食事に満足といった顔を浮かべていた。
「おめでとうございマス。5千円分の商品券デス。写真とインタビューも、よろしいデスか?」
芷晴が圭子に商品券を渡す。
「あ、どうも。すみませんが、写真もインタビューもお断りさせていただきます。完食者名簿に載せるのなら匿名で……」
賞品以外を固辞する圭子に芷晴は、「これは失礼しまシタ」と言った。
「商品券は早速使わせていただきますね。
――追加注文します! 四川麻婆豆腐定食に激辣鍋貼! あとキムチ三種セット! それとコーラください!」
店内にいた人間全員が、仰天の表情を浮かべた。
その日以後、圭子の存在は一丁目アーケード商店街で伝説となった。
★
翌日。
放課後の五色高にて。
下校する賢治とイソマツが、二階を通りがかったときに圭子の姿を見た。
「あれ? 山吹先輩じゃないか?」
「¡buenas tardes!(こんにちは!)」
圭子は顔を真っ青にして、内股で歩っていた。美味しい物を食べて至福に包まれた昨日とは、打って変わった姿であった。
「……何か用?」
左腕で腹を抑え、眉間に皺を溜めて圭子が言った。
「い、いえ。通りがかったので声をかけただけです」
「じゃあ、悪いけど早く帰ってくれない。今日は具合が良くな――ふぐっ!!」
突然肩をいからせた圭子は、女子トイレに駆け込んでいった。
「……舌と喉は頑丈だけど、胃腸は常人より少し強いくらいだったみたいだね」
そうイソマツが言うと、賢治は「辛い物はほどほどに、だな」と返した。
★
同じ頃、「魔味」にて。
「ひ~! 辛い物好きのおれでも、これ以上はさすがに無理だ!」
激烈麻辣定食の麻婆大碗に苦戦する平祐の姿があった。
彼は対面に座る咲芙に「ねえ~、渠波羅さ~ん」と猫なで声で言う。
「手伝いませんからね」
(――了)




