Conclusion
『ケンジたちを容疑者として扱うなんて、信じられません!』
アデラインが頬を膨らませてそう言った。
ここはアデラインの研究室である。中にいるのは、アデラインにハンセン、そして賢治たち四人とタニアで、ところ狭しと言った状況だった。
あの後、賢治・現世・タニアの三人はそのままF∴E∴Sに補導された。そして長い取り調べを受けて、一時的に待機していたところへ、ハンセンにつれられた桐野たちが合流したというわけだ。ハンセンたちもまた、会堂へ突入したF∴E∴Sの取り調べを受けていた。
アメリカ術師界の連邦魔導法では、協会のような巨大な総合術師結社が自分たちの権利が侵害された際、一定の範囲で自力救済が認められている。本件がその範囲内であるかどうか、F∴E∴Sで聴取を受けていたのだ。ハンセンはこうした事態に慣れており、戦闘に至った経緯から全てを話して、無事に自力救済の範囲内であることが認められたという。
そして今に至るというわけだ。時刻は午後9時。日が長い夏のニューヨークでも、とっぷり暗くなる時間だ。
『F∴E∴Sの連中は気に食わんが、ヤツらの言い分も理解できる。タニアを奪われたからといって「騎士」を追跡するのは、危険で軽率な判断だ』
『クイントン! あなたまで、あの連中の肩を持つようなことを言うのですか!』
『最後まで聞け。常識で考えれば、危険と断じてしまうところだが……』
そう言うなりハンセンは、賢治と現世の肩に手を置いてこう言った。
『よくやった。タニアが助かったのは、お前たちの勇気のお蔭だ。礼を言う』
すると賢治は、どこかこそばゆい錯覚を感じた。
『い……いえ。頭より身体が先に動いちゃっただけというか……』
『友を助けるなど、当たり前のことなのだ!』
快活に笑う現世。
『さて。第六区立魔導病院から、ミス・アサヒについて連絡が入った』
『!』
ハンセンから諒子の容態について口が開かれ、一同に緊張が走る。彼女は右脇腹上に、7.62×45mm魔導弾を食らったのだった。
『彼女の怪我は、肋骨にごく軽微なヒビが入っただけだ。ヒデル・カラクレナイの言う通り霊力にムラがあったことと、ウインドガラスが防弾性であり相当に威力が減殺されたことが、ミス・アサヒのダメージを最小限に抑え込んだのだろう』
賢治たちは胸をなでおろした。
『だが、ボディガードとしての仕事は無理だ。トウキョウまでは俺が見送りに出る』
驚くべき提案だった。
賢治は、『ハ、ハンセン先生が!?』と驚愕が口を突いて出た。
『なんだ? 不服か??』
にらみつけるようにそう言うと、賢治は挙動不審気味に『い、いえ。この上なくありがたいです』と言った。
『でも、スケジュールとか大丈夫なんですか?』
『大丈夫なものか。今から大幅にリスケで、関係各所に連絡を取らなきゃいけない』
それから続けて、こう述べる。
『……今回の件は、我々にも落ち度がある。エイヴォンという危険な存在が、協会の幹部として潜伏していたことに気づけなかったことだ。同盟には、ミス・アサヒに寛大な措置を取るよう、私の方からミスター・トクナガに要請しよう』
『あ、ありがとうございます!』
賢治は礼を述べた。
自分たちのせいで諒子が、また同盟から処罰を受けることなどがあれば、ばつが悪い。
そんなことを考えていた、その時だった。
「……!! け……賢治! あの写真……!!」
現世がいつにない震え声で、本棚に建てかけられた写真立てを指さしてそう言った。
しかし、賢治の角度からだとよく見えない。
「? ゲンセ、この写真がどうしたのデスか?」
そう言ってアデラインは写真を手に取って賢治たちに見せる。
すると、そこには信じがたいものが写っていた。
「……ッ!?」
写っているのは四人。アデラインと、今では考えられないほど朗らかな笑みを浮かべているハンセン。そして、まだ小さな子どもであるタニア。彼ら家族と一緒に写っているもう一人の人物は――不破真樹夫だった。
一か月前。賢治たちは旧海軍工廠跡で【絡繰】のエージェントである不破と戦闘し、姫香を死なせてしまった。策を弄して辛勝した賢治たちは、彼から一方的に自身の過去について聞かされた。
――ウソだよ。他人の話をツギハギして適当に答えただけさ。僕はアメリカ術師界の日系貧民街出身で、最終学歴は高卒さ。
――哲学に興味を持ったのは、日系の母親からなんだ。でも中学のときに父親がアル中で死んで、母は父のDVで精神病院送り。高校は特待生として私立の名門に入れたんだけど、大学のお金まではどうやっても稼げなくてね。
(私立の名門ってこの学園だったのか……!!)
賢治の頭は、彼の言葉でグルグルと廻っていた。
一方アデラインは、何故かハンセンに目配せをしている。ハンセンがコクリと頷くと、アデラインは遠い目をして語り始める。
『ビックリしたでしょう? 今はいつも眉間に皺を溜めているクイントンが、こんな優しい顔をしているなんて……。この真ん中にいる男の子――イタル・ゴウダ。彼の死によって、全てが変わってしまったの』
ゴウダイタル。それが不破の本名か。
『今から九年前。イタルが高校二年生だったとき、クイントンは高等部の教師として採用されたわ。歳も近く、イタルは魔導哲学に興味があり、クイントンの専攻も魔導哲学だったから、すぐに距離は縮まったの……』
しんみりとした表情で、訥々と語り始めるアデライン。
『でもイタルが三年生になったとき、彼は大学の進学で躓いたの。大学は外部からも多くの入学希望者が来るから、高校では優秀な彼も、大学で特待生として迎え入れることは不可能だと言われたわ。教育ローンも申し込んだけど、彼の家の経済状況では「返済の見込みなし」として査定を通らなかった。……そこで彼に目をつけたのが、ゼノ・ブレイブスのリクルーターよ』
――その時、ゼノ・ブレイブスに勧誘されたんだ。『入社して3年働けば、大学の学費を出す。優秀なら、博士課程満期まで出してもいい』って。
『……イタルは「最前線に行かされることはない」って説明されたんだけど、私たちは反対したわ。『そんなのウソだ』って。でもイタルは『大学に行くにはこれしかない』って反発して……卒業したらそのままゼノ・ブレイブスに入社したの。……それで、半年後……卒業後の進路調査で、一月に勃発したノアルティング内戦の最前線へ行かされた彼が亡くなったことが……』
涙を堪えるアデラインにハンセンが『あとは俺が』と声をかける。
『その年に俺は職を辞して、魔導軍に入った……。俺は生徒を引き止めきれず地獄に追いやってしまったから、自分も地獄で死ぬべきだと思ったんだ……。だが、生き延びてしまった』
それからため息をついて、ハンセンは話を続けた。
『三年間の軍隊生活を経て、俺は希望除隊した。そしてここへ、再就職したんだ。……甘い言葉に騙されないような強い生徒を育むため、俺は心を鬼にすることにした……』
「うっ――」
だが、賢治の耳に彼らの話は最早届いていなかった。
込み上げる酸っぱい臭い。そして――
「げええっ!!」
賢治はその場で嘔吐した。タニアの悲鳴があがる。
「賢治!」
現世が車椅子で駆け寄ろうとしたが、アデラインが駆け寄って動線を遮り、賢治の背中をさする。
「ケンジ! 動けマスか?」
「げえっ、おげえ」
「無理そうデスね。じゃあ、いま全部吐いちゃっテ。後で拭けばいいカラ」
耳がキーンと鳴り、音が遠くに聞こえる。動悸が止まらず、冷たくなった手が震えた。
「……サジュマン。不破真樹夫って、サジュマン??」
淀みゆく意識のなかで賢治は、真っ青な顔をしたイソマツがこうつぶやいたのを聞いた。
サジュマン。
賢治は思い出す。不破が、自分のことを指してそう言っていたことを。同じ単語を、B・D・Tやアチェも言っていたことを。
「イソ……マツ……。お前……知らなかった、のか」
「遺体の写真も見せてくれなくて……。第一、不破がサジュマンって名乗ったなんて、君ひとことも――」
そのとき、ハンセンが『おい』と腹に響くような声で言った。
『オダ、今はオウメの介助が最優先だ。黙っていろ。――オウメ、とりあえず横になれ。話は後だ』
★
円島自治区の農林地帯・金長村には、その自然に相応しくない異様で巨大な建造物があった。周囲は、非常に高い金属板の塀で囲われて、内部が見えないようになっている。
塀の中にあるのは、複雑に入り組んだ工場だった。いくつもの排煙塔があり、建物中配管が巻き付いた構造をしている。永久の集の研究施設兼多目的製造工場であるラボラトリオだ。
このラボラトリオの中心に、場違いなマニエリスム様式の教会のような建物があった。
永久の集の総本山である、本部会堂である。
この本部会堂の最上階である、長い空中回廊の最奥部に――教祖である「聖母」の部屋はあった。
中央には、長い黒髪の女性が簡素なロッキングチェアに腰をかけている。ドーム状の天井は、魔術によって天球が映し出されている。天井には、霊力に鉄道の模型が走らされていた。
コンコン。
扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
鈴の鳴るような声で、女性は言った。
「失礼します『聖母』。ご報告があります」
そう言って入ってきたのは、白いローブに身を包んだ女性信者だった。
「……エイヴォン司祭による『門』保有者確保作戦は失敗。ニューヨーク会堂は、リチャードソン協会のインストゥルメントおよびF∴E∴Sによって壊滅させられました。『門』保有者と交戦した『騎士』とは、現在連絡がつかない状態です」
女性――「聖母」は「わかりました」と、特に悲嘆もない口調で述べた。
「アメリカからは撤退になりますが、これも仕方ないでしょう……。この本部とラボラトリオさえ守れれば……いいえ、私たちは最後に『救世主』の誕生さえ達成できれば、何も案ずることはないのです。具体的な方針については、私から信徒守に仰ぎます。香里奈は、もう下がってよろしいですよ」
そう述べると女性は、「ハッ」とだけ答えて恭しく扉を閉めて出ていった。
再び誰もいなくなった部屋で、「聖母」は意味深に両手を広げてひとりごちた。
「ああ……。やはり、あなたが〔鍵〕だったのですね。そして、あなたは〔剃刀〕も持ち併せている。そして相方は〔扉〕……。そこへ、私の〔鎌〕を合わせれば、残すは〔淵〕のみ」
開け放たれた窓から、月明かりと夜風が入る。櫛のように整えられた前髪がなびいて、黒目がちな目が月光を照らし返す。
「あと少し、待っていてね。私の息子にして『救世主』、賢治……」
(ニューヨーク第六行政区編 完 ……マギアポリス編ヘ続く)




