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フェアリーリング・フェアリーテイル - 術界伝綺 -  作者: Cigale
ニューヨーク第六行政区編
276/277

Report 33 サンダーバードと首無し騎士(6)

 ここは、工場や倉庫が立ち並ぶイースト・サンズ。

 雷鳴の鳴り響く黒い空の下、二つの不可思議なものが飛んでいた。

 一つは、少女を片手に抱く黒鎧の騎士。もう一つは、雷鳥に乗る緑の衣服に身を包んだ射手。

 タニアを連れ去った「騎士」を、ワキンヤンに乗って賢治が追っていた。


「「《オーバードライブ》!!」」


 賢治と現世は、同時にオーバードライブを発動させる。

 オーバードライブで強化できるのは一時的であって連戦には不向きであることや、爆発的に肥大した霊力場で場所が感知されるのを恐れて、会堂では使わなかった。

 弦に矢を番えて、放つ。

 だが「騎士」は、背中に目がついているようにそれを避けた。


(エイヴォンの授業によると、オーバードライブを使えるのは一日に三回まで……。残りは一回! 使いどころに気をつけねえと……)

『チッ、しつこい奴らだ!』


 「騎士」が唸った。

 賢治は意に介さず、タニアを抱く左腕に狙いを定める。


『ワキンヤン。本当に奴がタニアを落としたら、すぐアンタが拾えるんだな?』


 賢治が言った。

 すると、もちろんだ、というワキンヤンの意思が伝わってきた。


『OK!』


 すると賢治は再び矢を番え、迷うことなく「騎士」の左肩を狙って放った。

 カツン!

 矢が「騎士」の左肩鎧を貫いた。


『フン! これしきのことで落とすかよ!』


 まるでダメージが通っていないようだ。中も空洞なのであろうか。どうやって倒せばいいのか、見当がつかない。

 ところが、であった。


『……ヨーム・シュトープ Jorm Storp』


 タニアが不意に謎の人名を口にした途端――それは起こった。


『……ぐ、うぐ、うぐぐ』


 明らかに「騎士」が苦しんでいる。


『――!?』


 賢治は思い出す。

 不破との戦いのとき、彼が姫香の名前を口にすると霊力場が収束したことを。


(まさか……、これがマージナリストの弱点なのか!? 本名を口にされると霊力場が収束するという特性が! でも、何故タニアがヤツの名前を!?)


 タニアは、名前を唱え続ける。


『ヨーム、シュトープ。ヨーム! シュトープ!』

『ぐおっ!』


 耐え切れなくなった「騎士」が、タニアを落とした。


『タニア! ――ワキンヤン、急降下だ!』


 賢治が命じるより早く、ワキンヤンが動いた。落下するタニアの真下で待ち構え、その身体を電磁力で一瞬だけ宙に浮かせて――尾部に軟着陸させる。


『け、賢治』


 タニアは姿勢を整え、賢治の胴に腕を回す。


『よし、ケガはなさそうだな。よかったぜ。さ! ハンセン先生たちのところへ戻――』


 そう言いかけて、賢治は止めた。弦に矢を番えて弾き絞り、振り向きざまにパルティアン・ショットを決める。

 直後、ツヴァイヘンダーの(ポンメル)が賢治のこめかみを掠めて飛んでいった。投擲だ。


『チッ、外したか。互いにな』


 「騎士」だった。もう本名の呪縛から解放されたのか。

 空になった両手に、ツヴァイヘンダーが即生成される。どうやら一定の射程から離れると、再生成されるようだ。


『くっ……ヨォォォム、シュトォォオオオプ!!』


 タニアが全力で叫んだ。こんな大声を出すタニアを、賢治は初めて見た。


『うぐっ! てめえ……三世紀半経っても(・・・・・・・・)名前を覚えている(・・・・・・・・)とか、どんだけ執念深いんだ!』


 三世紀半? と、賢治は首を捻った。


『タ、タニア。どういうことだ? 何で君がアイツの名前を知ってんだよ?』

『……トンワン族は、怨敵であるあの男の名を代々受け継いできたの。ことの始まりは、1624年。元々マンハッタンに住んでいたレナペ族からオランダ人が、24ドルでマンハッタンを買い取ったことが全ての始まりだった』


 タニアは、ニューヨークと先住民の歴史について淡々と語り始める。


『だけどそれを、レナペ族と同盟関係を結んでいたトンワン族が、不当な取引だって指摘したの。それ以後、オランダ人はトンワン族と諍いを起こすようになり、現在のウォールストリートにあたる防壁を張り巡らせるようになった。時は流れて、1667年。英蘭戦争で勝利したイギリスがオランダからマンハッタン一帯を手に入れて、ニューヨークと名付けたの。防壁を取り外して、開拓はトンワン族が拠点としていたハドソン川沿いのここまで広がり、紛争が勃発した。勇敢なトンワン族の戦士の抵抗に手を焼いたイギリスは、ランツクネヒトの流れを汲むドイツ人傭兵を雇うことにしたの。……その時、当時既に時代遅れとなっていたツヴァイヘンダーを装備した真っ黒な鎧に身を包んだ騎士が一人いた』

『! それがアイツだってのか!?』


 タニアは、首を縦に振る。


『黒騎士は多くのトンワン族の戦士の首を刎ねたけど、最期は逆に首を刎ねられて討ち取られたの。トンワン族はその名前を――結局イギリスにこの土地を奪われてからも、代々受け継いできた。だから知っているの。……あの有名な都市伝説の元になった史実の一つだよ。多分、賢治も聞いたことがあると思う』


 アメリカに到着した初日、バスのなかでアデラインが言いかけていたことを賢治は思い出した。


 ――その通りです! 元々ハドソン川沿いにあった農地を、術師界発足後にその場所だけ異空間に切り離す霊的結界魔術によって、第六行政区として開発したのです! その当時の名前は――


『「眠が窪(スリーピー・ホロウ)」。それが、トンワン族からイギリス人たちが奪ったこの土地につけて、第六行政区ができあがるまで呼ばれていた名前だよ』




   ★


 会堂の礼拝堂では、まだハンセンとエイヴォンの戦闘が続いていた。

 《チェーナ・フォトーノ・クリンゴ》の霊刃で牽制しては、ハンセンが威嚇射撃で急所を反らしたところを一、二発狙って打つ。だがどちらも当たらず、懐にも飛び込めない。そんな攻防が十秒は続いた頃だった。


『ウィリアム! 抵抗を止めて、大人しく投降するんだ!』


 K&H GP6A6を向けて、ハンセンが言った。

 だがエイヴォンは、こう言い返した。


『君こそ、協会にいることに矛盾は覚えないのかい? ――あの学校では、イタル(・・・)のような子は救えない!』


 ハンセンは目を見開いた。

 ダダダダ!! カチカチッ。

 震える指先で勢い余って四発も撃ってしまい、弾切れとなった。


『その名前を口にするな。今度は当てるぞ』


 凄んでそう言うが、エイヴォンはさらに挑発を続ける。


『そもそも君が軍に入ったのも、イタルがゼノ・ブレイブスに騙されて最前線で戦死したからだろう? ……クイントン、君もこちらに来るんだ。世界中から戦争や貧困をなくせる力は、協会にはない。永久の集だけだ』

『黙れッ!!』


 ブウンッ――

 ハンセンは〔テレキネシス〕で、周囲に転がる瓦礫を片っ端から浮かせてはエイヴォンに投げつけた。余りの多さに、エイヴォンの視界が塞がれる。


『《アンティ・テレキネート Antitekineto》』


 だがエイヴォンは慌てず、妨害呪文を唱えた。エイヴォンを包む光に触れた飛来物が、ハンセンの霊力場を収束させて地面に落ちていく。

 目の前で瓦礫の山が全て崩れ落ちる頃には――ハンセンはいなかった。

 しまったと思ったエイヴォンは、後方を振り向いた。

 そこには、銃底をエイヴォンの頭目掛けて振りかぶるハンセンの姿があった。


『――』


 ガツンッ――短縮詠唱も間に合わず、銃底で前頭部を殴られるエイヴォン。脳が揺れて、視界がぼやける。

 他のインストゥルメントの隊員が集まり、エイヴォンを拘束していく。


『俺が協会にいるのは、それが正しいと思っているからだ。俺が間違えたのはただ一度だけ……。イタルがゼノ・ブレイブスに入るのを止められなかったことだけだ……』


 クイントンの声も遠のき、エイヴォンは意識を失った。




   ★


『スリーピー・ホロウ……!? じゃあ、アイツがスリーピー・ホロウの首無し騎士だってのか!?』


 賢治が言った。

 スリーピー・ホロウの首無し騎士。それはアメリカ建国当初より、ニューヨーク近郊で語り継がれてきた都市伝説だ。多くはアメリカの文豪アーヴィングの記述に従い、アメリカ独立戦争でイギリス軍側で戦ったドイツ人傭兵の亡霊であるということになっている。だが、タニアの話はそれよりもさらに100年ほど遡ることになる。このような話を、賢治は聞いたことがなかった。


『うん。元々いろんな話が一つになってできた伝説だけど、これだけは本当の話なの』

『ハッ、ハハハアッ! その通りだぜえ!!』


 ブオンッ! 賢治たちの頭の上を、ツヴァイヘンダーが通り過ぎた。


『いわば俺たちは宿敵同士……。ヤクを売りさばいているならず者どもよりかは、楽しめそうだ』


 そう「騎士」が言うなり、タニアの霊力場がひりついたものに変化した。


『楽しむ……ですって? 私たちの住処を踏み躙って、命まで奪っておいて……許せない!!』


 彼女の怒りに同調するように、ワキンヤンの霊力場が膨れ上がった。


『ワキンヤン! 〔ウィヤカ・トンワン〕! (ワキンヤン! 〔雷羽の矢〕を!)』


 タニアに命じられたワキンヤンは、電流の羽を「騎士」に飛ばした。ポッカリと空いた首から鎧の中に入る。


『ぐおっ!』


 今のは効いたようだ。一瞬のけぞった「騎士」は、すぐさま姿勢を整える。

 彼らは今、中流層向けの住宅街と商店街がある南の街区サウザン・マーキュリーズを飛んでいる。バルバトスの矢は、射程から出れば消える。だが、ビルの窓を貫通したりすれば、間違いなく負傷者が出る。これ以上、人が多いところでは戦いたくはない。

 しかし、飛行機が飛び交うセントラル・スペーセスに出るわけにはいかないので、仕方なく時計回りに「騎士」から逃げているというわけだ。


『しかし、すごいのだタニア。こんな召喚精霊を呼ぶ力を持っておったとは』

『え、えへへ……。現代実戦魔術はいま一つだけど、トンワン族の伝統魔術だけは得意なんだ』

『喋っている場合じゃない! 来るぞッ!』


 振り向いて賢治が言った。「騎士」がリカッソの部分を持って、風車のように回転させて突っ込んできた。風車廻斬剣である。


『ぉぉおぅうらあああ!!』

 

 賢治は剣の風車目掛けて、パルティアン・ショットを二発放つ。甲矢は、回転する刀身をすり抜けて「騎士」の左肩に刺さる。乙矢は、刀身にめり込むように刺さった。


『そんなこけおどしで弾けるものか! 本気でかかって来い!』


 だが「騎士」は軽くのけぞっただけで、『ケッ、バレてたか』と毒づいて剣を捨てた。そしてまた、新しいツヴァイヘンダーが再生成される。


『あれほど名前を呼ばれたのに、もう力を取り戻したのであるか……。というより、物理攻撃ではまるで効かないようであるが、どうやって倒せばいいのだ?』


 本名を呼ばれることでの霊力場の収束は、姫香ほど長時間は効かない。何より、今こうして空を飛んでいるのも霊力場による力だ。どれだけ名前を呼ばれても、滞空して追いかけ続けることができるのであれば、名呼びは足止め程度にしかならない。

 加えて、この「騎士」には肉体がない。黒い気体とも液体ともつかない何かが鎧に入っているだけで、まるでダメージを与えられていない。


『まずい……。このままでは、ビル街に出てしまう! オーバードライブも、もうじき切れる!』


 賢治が唸った。

 目の前に、高層ビル群が見えてきた。

 ロウアー・レフト・ヴィーナシーズ。高級ビジネス街であり、天を貫くような高いビルがいくつもの伸びている。そのなかでも、一際高くそびえ立っているのがキャピタル・エンタープライズ・ビルである。黄銅に輝くアール・デコ様式で、高さは502メートル。アメリカ術師界最大の高さを誇る、第六行政区の顔である。


『賢治、見て』


 タニアが右手を賢治に差し出す。するとその手は、電流に包まれていた。


『なんだこれ!?』

『ワ、ワキンヤンの力の一部を、右手に換気したの。これで賢治の矢に、ワキンヤンの力を宿すことができると思う』

『そんなことまでできるのか……。だったら――君たちの怒りは、オレと現世が預かる!』


 賢治はそう言って、目の前に迫るキャピタル・エンタープライズ・ビルを見る。

 すると、真下が公園の立入禁止区域になっており人が全くいない角度を見つけた。


『ワキンヤン! あそこへ!』


 賢治が命じる。すると、目標の角度に曲がってワキンヤンは迷いなく飛んでいく。そろそろ迂回するか上昇しないとぶつかるが、全く避ける素振りを見せない。そして、衝突するギリギリのタイミングで――


『今だ!』


 90℃に近いカーブを描いて急上昇した。

 連携しているため猛スピードでついていく現世が『おおおおおーっ』と奇声を上げた。


(頼むぞキャピタル・エンタープライズ・ビル……! ヤツの激突と疾走にも()ってくれ!)


 下で衝突音がした。「騎士」がビルに激突したのだ。

 だが、すぐさま体制を整え、ビルを垂直に疾駆する。

 全速力で上昇するワキンヤンは、ビルよりも高く飛び上がったところで――賢治たちから、彼らを空に放るように地面へUターンした。

 直後、賢治と現世のオーバードライブが切れた。


『《オーバードライブ》!』『《オーバードライブ》!』『《オーバードライブ》!』


 賢治、現世、タニアの三人が同時に「オーバードライブ」を再発動させる。霊力場が爆発的に膨れ上がった。


『――食らいなさい、ヨーム・シュトープッ!!』


 タニアが全力で叫んだ。


『な――に!?』


 「騎士」は驚いて、ビルから離脱しようとする。

 だが、遅かった。


『〔雷神の(ワキンヤン・)右手(イシュラヤタンハン) Wakinyan Išlayatanhan〕!!』

『撃ち堕とすのだッ!!』

『ウリャウリャウリャウリャアアア――ッ!!!!!』


 タニアが賢治の右手首を握る。賢治はそのまま矢を連射した。放たれた矢は、オーバードライブによって強化されたタニアの霊力場による強力な電流を帯びていて、次々と「騎士」の身体に突き刺さっていく。本名を呼ばれて、霊力場を上手くコントロールできない彼は、避けることすらままならなかった。

 横から、亜音速で賢治たちに近づく稲妻があった。

 ワキンヤンである。

 人を乗せていないワキンヤンは、最高速度で賢治たちの落下を先回りして、彼らを電磁力で掬い上げた。


『ぬっ、ぬおっ――うおおおお!!』


 「騎士」は針山のようになって、公園の人気がないエリア目掛けて落下していく。


『ぐっ……今日のところは、これくらいにしてやるぜってか!! 畜生!!』


 だが地面に衝突するギリギリのところで霊力を取り戻し、公園の茂みへと逃げ隠れた。


『くっ! 逃がさないのだよ!!』

『いや、深追いは止めよう。……撃退できただけでも御の字だ』


 そう現世を諫める賢治。

 その時、不意にスピーカーで声をかけられた。


『止まれ! F∴E∴Sだ!!』


 ふと周りを見ると、黒い防護服を着た飛行箒のパイロットたちに囲まれていた。全員が、賢治たちに杖を向けている。


F∴E∴S(フェス)……!)

 

 魔導連邦調査局 Federal(フェデラル・) Espionages(エスピオネージーズ) of(・オブ・) Sorcery(ソーサリー)。通称、F∴E∴S。アメリカ術師界政府直属の警察術師結社にして対外情報術師結社。彼らの主な仕事は、アメリカ国内の公安を守ることであり、反社会的カルト術師結社などは捜査対象に当たる。捜査対象の施設から飛び出してきて、第六行政区上空で派手な空中戦をやったものだから、出動してきたのだろう。


『喚起している召喚精霊を帰還させろ!』


 賢治は仕方なく、「《帰還》」と唱える。


 それから出現した杖を捜査官に渡し、ワキンヤンにゆっくりと降下を命じた。

 どんよりとした空は、今にも雨が降り始めそうだった。

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