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フェアリーリング・フェアリーテイル - 術界伝綺 -  作者: Cigale
ニューヨーク第六行政区編
275/277

Report 33 サンダーバードと首無し騎士(5)

『エイヴォン先生!? 助けに来てくれたの!』

「!」


 タニアの悲鳴のような声で、賢治はしまった、と思った。タニアはエイヴォンが襲撃してくる前に連れ(さら)われていて、正体をまだ知らなかったのだ。

 エイヴォンに駆け寄ろうとするタニア。

 だが、桐野が前に出て立ち塞がった。


『!? キリノ!? どうして――』

『ゴメン、まだ言ってなかったね。わたしたちを攫ってここへつれてきたのは、アイツだよ!』

『そんな……。ウソでしょ! エイヴォン先生!!』


 だが、エイヴォンは応えない。

 ピピッ――賢治のマールボスの真眼鏡が、エイヴォンの術師闘級を自動測算する。


  戦闘力 A+(攻撃 A+ 体力 A- 射程 A 防御 A- 機動 A- 警戒 A+)

  霊力 A+ 力場安定性 A+ 教養 A 技術 A- 魅力 A- 統率力 A+


  総合評価 A+級術師  


『……ずっと、オレと現世に目をつけていたんですか』


 するとエイヴォンは『もちろん』と応えた。


『必要なんだ、君とイナバくんの力が……。マルシマの地底に眠る膨大な「賢者の石(エリクシロ)」を御するには、「門」の力がね』

『!』


 円島に膨大なエリクサーが眠っていること。それをコントロールするのに『門』の力が必要なこと。これらは、術師界での重要機密事項だ。協会でも知っている人間は限られるだろう。

 それはエイヴォンが協会の幹部格であり、既に情報が相当に漏れ出していることを意味した。


『学校内で、オレたちを襲うチャンスはなかったんですか』

『ないね。僕は協会の強さを知っている。幹部に名を連ねる術師は皆最低でもA+級であり、さらには「インストゥルメンタル」という私兵部隊までいる。学外に出たこの時しか、君たちを攫うチャンスはなかったさ』

「おい。いつまで戯言を聞いているんだ」


 凛とした女性の声が割り込んできた。アスタロトだった。


「これ以上の会話は不要だ。敵なんだろう? さっさと潰せばいい」

「――アスタロト、その判断をするのは君じゃない。主人であるこのオレだ」


 賢治はいつになく、敢然とした口調でそう言った。


「いま、相手は油断している。会話によって引き出したい情報があるんだ。彼が光る両手剣を動かしたときが、迎撃の合図だ。そうなったら突っ込んでいい。だが、それまでは待機しろ」

「……承服した」


 不承不承といった感じで、アスタロトは言った。


(こういうの苦手なんだよなあ……)


 だが、「主人」という権威に笠を着て言うことを聞かせたようで、賢治は心を痛めていた。


『さすが、「門」の保有者にして稀代のゲーティア使いだ……。もうそんな高位の悪魔を従えているとは』

『お世辞は結構です。それよりも、訊きたいことがあります。――永久の集は、【絡繰】とは関係ないんですか?』

『ない。というより、まさしく【絡繰】の傘下にある魔薬カルテルの被害者の救済を行っているのが、永久の集なんだ』


 賢治は『救済……?』と訝る。


『具体的には福祉の手から零れ落ちた、魔薬中毒の未成年の保護さ。この間も、ブラウニーの少女を保護した。――魔薬中毒の未成年者だけじゃなく、ここにいるのは皆、冷酷な自己責任論を国民に突き付けるが故に、経済・教育・文化と様々な格差を拡大させるアメリカ術師界の被害者だ。さっき君たちが対峙した白装束の少女たち……「辰の兵士(テンポ・ミリツァーノ)」は、まさしくそういう子どもや若者、社会的弱者たちで編成されている。この永久の集がなければ、彼女たちは低賃金で搾取されるか、ギャングになるしかなかった……』

『おいオッサン。自分の犯罪行為に浸ってんじゃねーよ』


 不意に、今まで喋っていなかった桐野たちが会話に割り込んできた。


『アンタらは、心の隙間に付け込んでいるだけだってわかんねーのか。どんだけ自己正当化してえんだよ』

『魔薬の代わりに教義漬けにして、誘拐ね……全然笑えないや』

『エイヴォン先生……、目を覚ましてください!』


 すると、エイヴォンは右手の剣を振り上げようとした。


『どうやら、痛みを以ってじゃないとわかってもらえないようだね……』


 それは、事前に打ち合わせていた迎撃開始の合図だった。


『! アスタロトッ!!』


 賢治がアスタロトの名を呼ぶ。

 だがその前に、アスタロトは突撃していた。

 ブウンッ――光の刀身は十の刃に分かたれ、数珠つなぎとなって飛ぶ。アスタロトはその隙間から隙間へと回避する。


『ほう、速いな。だがこの《チェーナ・フォトーノ・クリンゴ ĉena fotono klingo》の霊刃を避け切れるかい?』


 そのとき、アスタロトの大盾が切られた。だが、どうやら身体にまでは届かなかったようで無傷である。


「小癪な……」


 アスタロトは、盾とハルベルトを重ねる。すると、それは黄金と紫光に輝く霊剣に変わった。


「〔双閃(そうせん)正邪(ジャスティ・ナスティ)〕!!」


 二つの霊剣で×を描くように薙ぐ。すると莫大な霊力場による衝撃波が、霊光子の刃を跳ね返した。


『! 《ヴォキート・デーポルト》!!』


 エイヴォンが強制帰還呪文を唱えてきたので、賢治は『《アブラカダブラ》!』と対応して打ち消した。合計勁路負担率25。

 そして、アスタロトがエイヴォンの懐へ飛び込もうとしたその時――

 ゾクンッ。

 異質な霊力場が急接近するのを感じた。


「止まれアスタロト!」


 賢治はとっさにそう叫んだ。

 だが、遅かった。

 目の前で、アスタロトの首から上が床に落ちた。


「――」


 鮮血が噴き出すことはなく、身体を切るように円陣が現れ、天使の羽を撒き散らして霧散していった。

 そして彼女がいた場所には、翼もないのに空を飛ぶ馬に跨った、全身黒づくめの鎧に身を包んだ騎士がいた。その両手には、二メートルを優に超すツヴァイヘンダーが握られている。あれでアスタロトの首を刈ったのだろう。だが、その騎士の外見で最も目を引いたのは――首から上がない(・・・・・・・)ことであった。


『大丈夫かい? エイヴォンの旦那』

『ああ、ありがとう。手がないことはなかったが、危ないところだったよ』


 ピピッ。

 首無し騎士の術師闘級が自動測算された。


  戦闘力 S1(攻撃 * 体力 * 射程 S1 防御 S1 機動 S1 警戒 *)

  霊力 * 力場安定性 * 教養 B 技術 * 魅力 * 統率力 *


  総合評価 S1級術師 


 術師闘力値が目まぐるしく変動しているが、こうなる理由はいくつかある。

 一つは、真祖返りによって別の存在になるもの。

 もう一つは、オーバードライブによって潜在能力を引き出すもの。

 だが、いずれもいつまでも変動し続けることはあり得ない。ずっと変動して定まらないのは――


(この霊力場の感覚……、間違いない。こいつは森と同じ……! マージナリストだ!)


 数々の事象より賢治は、目の前の騎士がマージナリストであるという結論に辿り着いた。

 マージナリスト。肉体的な死を迎えようとしていたが突然変異を起こし、新たな亜人種の始祖として蘇生した術師のことである。【絡繰】は、術師界における生物学的精霊の進化をコントロールし研究することを目的としており、その一環として野良で生まれたマージナリストは抹殺する活動をしている。

 だが、今はマージナリストであろうがなかろうが、そこが問題ではない。

 目下の脅威は――暫定(ざんてい)であろうと、S1級術師と表示されたことだ。


『で、こいつらを片付けりゃいいわけだな?』


 黒鎧の騎士が、賢治たちの方を向いた。賢治たちに戦慄が走る。


『ああ。だが、殺さないでくれよ』

『わかった。……久々に暴れられて気分がいいんでな。ガラじゃねえが、名乗り上げておくか。俺は「辰の(テンポ・)守護者(デフェンダント)」が一人、「騎士(カヴァリーロ)」。いざ尋常に勝負!』


 プツンッ。

 そのとき、賢治のなかで何かがキレた。


(暴れられて気分がいいだと? そんなことのために、オレの仲間(アスタロト)の首をちょん切ったのか??)


 「騎士」は、ツヴァイヘンダーを振りかぶって賢治たちの方へ突撃してくる。


『ぶっとばす……《ファイアボール――MAX》!!』


 賢治はその怒りを、ファイアボールに乗せて詠唱した。


『おっとお』


 だが「騎士」はひらりと馬を御して高く高く跳躍し、それを躱した。

 ドッグオオオ――ン。

 直径二メートル大の火球は大爆発を起こした。だが、後ろにいたはずのエイヴォンも無傷であった。薄ピンク色をした半球の霊力の障壁が彼を守った。オーバードライブを発動しての《ディフェンシブ・ドーム:パイロキネシス》である。


 【ウィリアム・A・エイヴォン(修正版)】


  戦闘力 S1(攻撃 S1 体力 A 射程 A+ 防御 A 機動 A 警戒 S1)

  霊力 S1 力場安定性 S 教養 A 技術 A- 魅力 A- 統率力 A+


  総合評価 S1級術師


『ほー、すげえのかましてくれるじゃん。だったら、こうだッ!!』


 「騎士」はリカッソと呼ばれる、刃のない部分を持つ。そこを軸にして、風車のように回し始めた。


風車廻(ヴィントミューレ)斬剣(ドレーエンハウ)ッ!! Windmühledrehenhau』


 旋回するツヴァイヘンダーが賢治たちを襲いかかろうとしたその時、であった。

 「騎士」の背中で爆炎が炸裂した。


『ぐおっ!?』


 堪らず、「騎士」は落馬した。

 目の前には、防護服に身を固めた集団がいた。全員揃って、アサルトライフルやショットガンで武装していた。彼らを率いていると思しき、中央にいる人物は――ハンセンであった。


『ハ、ハンセン先生!?』

『インストゥルメンタルだ! 全員、武器を捨てて両手を頭に回しその場へ伏せろ!』


 ハンセンが怒号をあげる。

 

『チッ、せっかくの勝負に水を差しやがって!』


 だが「騎士」は、それを無視してタニアの方へ走り出す。そして左腕一本で掻っ攫って、馬に飛び乗った。


『きゃっ!』


 連れ攫われるタニア。だがその直後、彼女は詠唱した。


『……ッ! 《イヨキピ・ホサンパタヤ・ミイェ、ワキンヤン Iyokipi hosanpata ya mi ye, Wakinyan》!(《雷の神よ、ここへお越しください!》)』


 聞いたこともない言語だった。恐らくは、トンワン族の言葉であろう。

 ゴ、ゴ、ゴ、ゴロゴロゴロ……。

 どこからともなく雷鳴が響いた。そして――礼拝堂の天井を貫く一筋の稲妻が落ちた。


『うおっ、危ねっ』


 「騎士」はそれを紙一重で回避した。

 そして稲妻が落ちたところには、光り輝く霊鳥が羽ばたいていた。激しく火花を散らす電流をまとっていて、見ているだけでも感電しそうだ。


『サンダーバード……ワキンヤンか!』


 ハンセンが言った。

 サンダーバード。賢治は前に本で読んだことがある。ネイティブアメリカンの伝説として伝わる霊鳥であり、落雷、雷鳴、雷雨など雷に関わる自然現象全てを神格化した存在であると。そして、スー諸族の先住民は「ワキンヤン」と呼ぶことも。


『最期ン時、戦ったインディアンどもが召喚したヤツか……。チッ、お前面倒なことしやがって』


 「騎士」は天井目掛けて、円を描くようにツヴァイヘンダーを振った。すると、円く穴が空いた。そこから逃げるつもりだろう。


『待て――』


 賢治は思わず呼び止めたその時、誰かに呼ばれた気がした。

 呼ばれたと思しき方向を振り向くと――そこにはワキンヤンがいた。


『え……?』


 賢治の頭の中に、ワキンヤンの思念が流れ込んでくる。

 ――自分の背中に乗れ、と。

 召喚主であるタニアを追いかけるのに、助力を請うているのだ。


『……わかった!』


 賢治はワキンヤンに近づく。まとわりつく電流は、不思議と感電しない。


「賢治! 空中では召喚できぬ! 今のうちに何かを召喚しておくのだよ!」

「といっても、それを飛べるのはさっきやられたアスタロトとフルフルくらいしか……」

「いや、おぬしが喚起した方が合理的であろう。ワキンヤンに乗りながらでも攻撃できる召喚精霊を喚起するのだ!」


 現世の助言に従い、賢治は考える。

 

「――《翠弓公爵バルバトス、喚起》!」


 足許にひし形とそれを囲む四つの六芒星、それを閉じ込める正円の周りを四つの五芒星で取り囲んだ円陣が浮かび上がる。そして賢治の頭上に、三角の中に円が描かれた円陣が浮かぶ。

 肌の色が濃くなり、衣服が袖なしの緑色の衣になる。右手に握られた杖は、弓矢に変化する。視力が矯正されるので眼鏡を外す。


「よし! ワキンヤン、頼んだぞ!」


 そう言って賢治は、ワキンヤンの背に飛び乗った。


『逃がさん!』


 エイヴォンが、《チェーナ・フォトーノ・クリンゴ》の霊刃を賢治たち目掛けて振りかざす。

 だが、すぐさまその挙動を止めて転がった。

 ガチュン、ガチュン、ガチュン!

 エイヴォンの手足があった場所に、9mmパラベラム弾が三発命中する。

 彼の背後には、霊力場附与式軽機関銃K&H GP6A6を装備したハンセンが立っていた。


『ハンセン……!』


 この隙に賢治と現世は、ワキンヤンと共に上昇する。そして、「騎士」が空けた穴から外へと出た。

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