姫の行方
急ぎ城に戻ると城門の中へと駆け込んだ。見知った門番の兵士に止められることもない。各地区の代表者たちが謁見を求めてやってくる部屋の前を通り過ぎて、王宮の奥へと向かう。彫刻の施された分厚い木の扉を抜けると、急に人の気配が消え静かになった。
長い石畳の廊下は、普段と変わらないはずだが、妙に寒々しい。
「気配がありませんね」
並んで歩くロドニアスに呟くように言われて、普段なら廊下から続く扉の前に置物のように立っている兵士たちの姿が見えない事に気づいた。
城を空けたのは一度や二度ではないが、今をもって考えれば、ラミュエルかディナエルのどちらかが自由に動けなかったり、所在を知られていたりしていた。それもロドニアスの仕業であるところが多いが。もちろん彼女たちが、直接何かを仕掛けて来るとは思ってはいなかったが、護衛の兵士が居なくなっている。それだけで、否応なしに不安が掻き立てられる。
「奥の居間を見てきます」
そう言うと返事をする前に視界から消えた。追いかけるには速過ぎるし、同じ場所を探しても仕方がないと考えると、足は自然に召喚の儀式の間へと向かっていた。
ここも見張りの兵はなく、厚い扉はきっちりと閉ざされている。人の気配はなく、耳を当ててみても物音ひとつ聞こえなかった。秘密を守るため音の漏れぬ構造になっているのかもしれなかったが、今、それを詮索しても仕方がない事だった。開かない扉には背を向けて歩き出す。この世界に呼ばれて最初に向かった国王の玉座の間に通じる廊下だった。玉座の間は壁や床の修理は終えていたが、主が不在なため使われていない。見張りの兵も置かれていなかった。ここも鍵がかかっているだろうと思われたが、扉は確かめるまでもなく人一人が通れるくらいの隙間に開かれていた。
静かに扉の隙間から中を覗き込むと、部屋の中央で女が祈るように膝をついていた。しなやかな長い手足を折りたたむようにしていても、鍛えられた体感の生む姿勢の良さから凛とした印象を受ける。部屋に満たされた空気までが清浄な感じがして、呼吸も静かに整えながら中へ入ろうとして、手を掛けた扉が小さく軋んだ。驚いたように振り返った女は、セフィリア姫の侍女キーリアだった。
「アンラ・クイス様。これは、失礼いたしました」
立ち上がって、深々と頭を下げる。
アルバスト王の死を弔っていたのだろう。キーリアは侍女とは言っても、アルバトス王の娘でセフィリア姫の姉に当たる。彼女に王位継承権がないのは、王家の証である力――召喚の魔法の力が、王妃の娘にしか受け継がれないからだ。この国において王とは、王家の力を受け継いだ姫を娶った者。治世に置いては政治や経済に秀でた能力を持つ者が、乱世に置いては外敵を打ち破る力を持ったものが選ばれる。だからこそ、王がその時代に置いて最も優れた人物であるのは間違いがなかった。
「セフィリア姫は、どこに居られる?」
感傷に浸っていた彼女には不躾だったが単刀直入に切り出した。僅かな時間でも惜しい、城についてからひしひしと感じる不安が気を急かせていた。
「護衛の兵士の数も少ないようだが……」
「兵士たちは儀式のために下がらせました」
「儀式だと?」
抑揚もなく答ええる彼女の言葉を、そのまま繰り返した自分の声が、酷く冷静さを欠いているように聞こえた。少し考えればわかるはずだ。秘密裏に人払いをして、セフィリア姫の行なう儀式となれば召喚の儀式の事であろう。それならば、姫はあの部屋にいたのか?
「セフィリア姫は、一人で居られるのか?」
「はい、私もこれより退出するところでしたので」
「何のための護衛だ!」
国王が暗殺されたばかりで、いつ次の刺客が送り込まれるとも分からないのに、彼らの危機管理の低さに驚きを隠せなかった。直ぐに姫の元へ向かおうと踵を返すと、背後から呼び止められた。
「お待ちください、クイス導師。姫様は、こちらです」
恭しく顔を伏せつつも手のひらを見せるようにして指し示した先は空の玉座だった。




