表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
討伐は、安楽椅子で  作者: 海土竜
魔法の条件
50/50

 空の玉座。その意味に警告するように、動かそうと意識する体の部位が次々と硬くなった。彼女が敵であるなら、全力で逃げ出した所で、女性とは言え姫を守る護衛として鍛え上げられたキーリアから逃げおおせるものでもなかっただろうが。

 顔を上げたキーリアは、動かない事に疑問も抱かないような無表情のまま玉座に向かって歩き出した。彼女の背を目で追うと、何の事はない玉座の後ろに下へ降りる階段が口を開けていた。隠し階段であろうが、一人二人が通るような狭いものではなく、まるでこちらが正式な入口とでも言わんばかりの広さがあった。


「こんな所に、階段が?……」


 以前調べた時には、気がつきもしなかった。これだけの物が隠されていたのは、何らかの超常の力がかかわっていたのだろう。その階段に足を踏み言えること自体ためらわされたが、キーリアは静かに歩みを緩めることなく進み続け、留まって考える間もなく後を追った。

 階段は直ぐに途切れ幅を変えることなく真っ直ぐな通路と短い階段が交互に続いた。その先は城の庭園を見渡す優雅な観覧席のようなバルコニーとなっている。キーリアは、バルコニーを横切って進み左手の通路に進んだ。置いて行かれないように追いかけたが、通路は緩く湾曲して、先が見通せない。代わりに、外側の壁は不規則な窓が並び庭が一望できた。

 隠し通路とは思えない作りだ。

 しかし、不規則な窓は、外側の壁に刻まれた空想上の生き物や様々な格好の人物の隙間で、庭から見上げれば、立体的な彫刻の描き出す物語の中を歩く人物の一人に見えるのかもしれない。今のところ一本道ではあるが、キーリアはかなりの速さで黙々と歩く。通路自体が湾曲しているため見失わないためには景色を楽しんでいる暇もなく後を追わねばならなかった。そうしているうちに、彫刻の隙間から見え隠れする、寸分違わぬ形に手入れされた植木やその向こうの尖塔や城壁の切れ端がどれも同じものに見えどの辺りを歩いているのか方向感覚を失う。もう城を一周して、バルコニーへ戻っても良い頃だと考え初めていたが、そこにはたどり着きそうもないと気づいた。通路は僅かに傾斜していて地面が近くなっていたし、湾曲もきつくなり内側に入り込んでいる。それがはっきりと感じられるようになると、通路は階段となり巻き込むような螺旋を描き始める。

 足元を気にして歩いていると、いつの間にかキーリアが手のひらに灯りを掲げていた。強い光だったがロドニアスのそれより照らし出す範囲が狭く、そのせいか、隙間から外を覗いても真っ暗な闇しか見えなかった。地面の下の地下に降りたのだろうか。広いのか狭いのかも分からなかったが、急になる螺旋階段を急いで降りねばならず、気にしている暇はなかった。

 内側の壁が細い支柱になる頃、階段は途切れた。

 周囲は暗く見通しが効かないが、とても広く感じられる。水晶の柱の遺跡の地下と同じ空気を感じていた。その闇の中から、微かな歌声のようなものが聞こえてくる。音量が足りないわけではない、言うならば可聴域の境界線を越えて上下する波のようで、その下に振れた音域だけ耳に聞こえ、上に振れた音域は肌を撫でる風のように感じる。

 声のする方向に進むと、はたと歌声が止まった。闇の中に浮かび上がった両手を捧げ持つように上げた娘の姿が振り返った。


「姫様。クイス導師をお連れしました」


 にこりと挨拶するセフィリア姫は、日当たりの良い庭園で散歩の途中に出会ったかのようだった。余りにも自然体な彼女に、言葉が詰まった。


「こんな所で……、何を」


 歯切れの悪い言葉を口にした時、姫の背後で何かが動く気配を感じた。とても大きく、無数の気配。いや、不規則に触手を振り回す巨大な何か。

 考えるより早く体が動いた。自分でも信じられないほど速くセフィリア姫に駆け寄り、向きを変えると同時に背中から姫を抱きかかえた。そのまま走り出したが数歩も進まない内に足首に虎バサミでも踏み抜いたような痛みが走った。

 ――動けなくなる。

 そう感じた瞬間、セフィリア姫の体をキーリアに向かって放り投げていた。意図した訳ではなかった。足を取られつんのめった拍子に手を放してしまったのだが、セフィリア姫は綿のように飛び、キーリアはそれをうまく受け止めてくれていた。

 だが、それを見届ける前に背中に獣に爪を立てられたような痛みが走り、地面に押さえつけられた。抵抗しようにも、背中に突き立てられた棘のあるこん棒のような感触があるだけで背後にいる者の姿が見えない。必死で首を回して、泳ぐように背後の空間に手を伸ばしていると、セフィリア姫の声が聞こえた。


「放しなさい」


 声のする方を向くと、セフィリア姫はキーリアの手に支えられながら地面に足を降ろそうとしていたが、彼女に向けて言った言葉ではないのだろう。巨大な何かが蠢く気配がして背中の押さえがすっと軽くなり、足首の拘束も棘の痛みだけを残して解かれていた。遠ざかる気配を追って振り返ると、人間の腕くらいの太さの棘のある蔦が闇の中へ消えて行った。


「これは?……」


 姿は見えなくとも闇の中で無数の生き物が絡み合う気配が伝わってくる。それは間違いなく魔物だった。

 驚愕に言葉を失ったが聞こえてくるセフィリア姫の声は、普段よりもゆったりと吐息を漏らすように落ち着いていた。


「それが、この国の根幹をなす世界樹・イグドラシルです」


 セフィリア姫が魔物を操っている?

 いや、呼び出したのか?

 考えを邪魔するように闇の中で蠢く魔物の振動が床に広がり、間隔の狭く速い揺れに立っていられなくなった。両手で床にしがみつくようにして体を支えたが、視界の先のセフィリア姫の周りだけは、少しも揺れておらず、静かに話し続けた。


「新しい主を迎えるため、新たな姿に作り替えるのです」


 揺れがさらに大きくなった。何度も地面に押さえつけられるような圧迫感。天高く跳ね飛ばされるような浮遊感。目が眩み、上も下も分からなくなる。立っている場所さえも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ