魔法の条件 1
すり鉢状の穴となった遺跡を縁から眺めていた。
大きな瓦礫が不安定に積み重なっていて、自らの重みに耐えきれず削れた破片があちこちで転がり落ち、下へ降りるには危険だったが、穴の縁から辺りを眺めているだけで、感じていた違和感の原因に気がついた。地面が抜けたにしては浅すぎる。地下には巨大な空洞があった筈である。
周囲の建物をことごとく放り込んでも、それを埋め尽くすほどの瓦礫がでるはずもない。支えるための何か。瓦礫のすぐ下に、怪物の巨体があるのだろうかと言う疑問さえ浮かんで、目の前の瓦礫の穴の高低差以上に目眩を覚えた。
「あの怪物はどこへ行った?」
ロドニアスに疑問を投げかけた。消えた怪物がすぐ下に居なくとも、この街の地下のどこかに、それもそう遠くない場所にいる筈だった。だが、意外な答えが返って来た。
「どこでしょうね。あの柱がなければ、探しようがないと思いますけど」
ゆっくりと歩いて隣に立つと、瓦礫の穴の中心、水晶の柱のあった場所を眺めていた。怪物の行方に興味がないのか。それとも、言葉通り、探せないほど遠くへ去ったのだろうか。ロドニアスの泰然とした態度に、それ以上怪物について思い煩っても仕方がないとも思えたが、足元の石畳に目をやると、そこに座っていた少女の姿を思い出し、慌てて辺りを見回した。
「そうだ、ディナエルは、ディナエルはどうした?」
ロドニアスが運んだのは二人だけだった。近くに座っていたディナエルの姿はなかった。彼女を助ける理由はない。その場に捨て置かれたのなら巨大な怪物に飲み込まれたのだろうか。
「ディナエルなら、ゴーレムに乗って去っていきましたよ」
「それを見送ったのか?」
疑問を口にしながらも、その言葉に安堵し、少し落ち着きを取り戻せた。
「迫ってくる相手の大きさが分からなかったので、逃げるのを優先しましたが。あそこで捕まえるのは少々骨が折れますよ」
「そうか……。いや、良いんだ。置き去りにしたために、あれに食われたんじゃ、寝覚めが悪いからな」
「食われはしないでしょう。怪物を呼んだのは、ディナエルですよ?」
「本当か?」
「ええ、まぁ、呼び出した相手に食われる連中もいるにはいますが。あれが本物のアル・バ・アランチェでしょうね。魂の井戸に投げ入れた何かが、あそこまで育ったとは考えにくいので、目を覚まさせるための物を投げ入れたんじゃないですかね」
「……では、あの触手は?」
「正体は分かりませんが、魔王が放った魔物ですね。地下から街の中へ侵入しようとしていたのでしょう。それを幸いと、あの冒険者が触手の魔物を取り込んだ。ああいう手合いは、より生命力の強い者が主になる傾向があるため人間としての自我もどこまで残っていたか怪しいものですけどね」
「なるほど……。しかし、触手の方を駆除できても、更に厄介な、巨大な怪物が地下に巣くっている事になるんじゃないのか?」
「あれは、街には出てこないでしょうから放っておいても問題ないと思いますよ。目覚めている間は、地下から入ってくる魔物も駆除してくれるでしょうしね」
「味方と考えて良いのか? それとも、手を出さなければ平気なだけなのか?……」
足の下に巨大な怪物が居て平気だと思える彼らの価値観は相変わらず受け入れがたいが、地下の怪物が本当に居ると信じていなければ、居ないのも同じかもしれない。これまでも目の前に迫る脅威があっても実体が見えなければ平気で暮らしていける。だが、それでもどうもしっくりこない。誰が誰の味方なのかと考えると、その行動に矛盾を感じるのだ。
「……ディナエルだ」
「ん? どこかにいたのですか?」
「いや、ディナエルは、魔王軍の幹部じゃなかったのか? それが魔王の手先の魔物を攻撃するのは、おかしな話だろう」
「そうですかね? 一方に人間を殲滅しようとする者たち。もう一方に、ある程度は残して抵抗しない者を支配しようとする者がいれば、戦略面において衝突するでしょう。今回の一件は、この街をどの程度破壊するかで、対立があったんじゃないですかね?」
「あくまでも、魔王軍内での対立と言う事か……」
もしそうならば、余計に足元の怪物が気になった。気が変わって攻撃に使われるかもしれないし、あの大きさだ、攻撃の意思がなくても身じろぎすれば、街が壊滅しかねないと思うのだが……。
しかし、それだけの切り札を持っていながら、それを使わない方がおかしいのではないか?
軍が街を包囲し、地下に巨大な怪物が居て、それを自在に使えるとなれば、どんな要求でも飲ませる事が出来るだろう。
「強力な切り札を持っている魔王軍が、街を包囲しているだけなのはどういう訳なんだ? いつでも街を破壊できると宣言するだけで、こちらの士気を挫けると思うが」
「自信満々で手札を見せては、それを斬られるのが落ちですよ」
「使う時まで隠していた、と言う事か?」
「それか、使えなかったか。……使うには条件がある可能性もありますしね」
「……条件か」
「この遺跡でも、時間によって、水晶の柱の発する光が結ぶ虚像が異なるので、その時々によって繋がる場所が違っていたりしますからね。もっとも、柱が無くなってしまったので、もう、ここから地下へ入れませんけど」
「あの地下空洞は、このすぐ下にある訳じゃないのか?」
「そうですよ。他の入り口からは別な場所へ繋がりますし、上手く使えば便利な移動手段だったんですがね」
「物騒な所へ飛ばされるのではないのか?」
「調整すれば、地上へも繋がるはずなんですけどね。セフィリア姫の召喚魔法みたいに」
「……あの魔法か。あれも召喚の部屋でしか使えない等の条件があるのか?」
呼び出された部屋を思い出していた。円柱状の塔の中のような部屋で、天井は高いが窓はなかった。中に居たのはセフィリア姫と侍女が一人。床に模様のようなものがあったが、調度品は何があったかよく思い出せない。
「王家の秘術ですから条件を知られないために、あの部屋で使っているんですよ。使える条件が分かれば、魔法の性質が分かりますからね。もっと別な物を呼び出すことも可能かもしれないと考える者は一人や二人じゃないですからね」
「別な物ね……、それでは、使い方を知っているのは、セフィリア姫だけか」
「もちろんです。他に使える者がいるとしたら昼寝も出来ませんよ。眠っている間に地下牢に監禁されてるかもしれない、庭を散歩していても、突然屋根の上を歩かされているかもしれないんですよ?」
「なるほど……、そういう使い方も出来るのか」
その姿を想像すると、思わず口元が緩んだ。考えるだけなら笑い話にもなるが、実際に敵意を持った相手に使われれば、おちおち眠っていられないだろう。剣を振り下ろそうとした瞬間、別の場所に飛ばされたら、誰を斬り伏せてしまうか。どんな魔法でも戦闘に使えると考える発想には、感服するしかなかった。




