地下の怪物
重なった叫び声が会話を遮った。
この世の物とは思えない叫び声は、触手を編み上げた黒い怪物から上がっていたが、筒のような胴体は、三つに斬り分けられ、輪っかになった部品の穴がそれぞれ別の叫び声を上げていたのだ。
「何て声だ!」
逆撫でされる神経に苛立ち叫んでしまうほどの不快な和音だったが、耳をふさごうと上げた手を動かすのも忘れて水晶の柱から発する光を反射する物体に釘付けになった。
光線を収束したかのように何倍も強くした反射光だ。
放射線状に鋭い光の帯が広がり反時計回りに回転しながら、幅が広く、端が鋭く、不透明な実体を持ち始める。
視界がしっかりと色分けされて行くほど、光の帯の隙間から向こう側に居る者の姿が繋ぎ合わされて、浮かび上がる。
「ロドニアス、無事だったか!」
激しく光を放っているのは、ロドニアスの大剣だった。
飲み込まれたと思えた彼が怪物の胴体をぶつ切りにしたのだ。
肉厚の刃の逞しさに安堵のため息と言葉が漏れたが、ふと別の声が耳に届いた。怯えるような、震えるような声だ。
「あれは、天上と地下を斬り分けた、人と魔を隔てる楔、ロウ・ギヌス? 何故、それが人の手に?」
それがロドニアスの大剣を指しているのは、ディナエルの視線を辿れば分かったが、それがどんな意味を持つのか。尋ねようにも、今の彼女は周りの言葉が聞こえるようには見えず。直ぐに、戦いの音が周囲の空気を巻き込んだ。
黒い輪っかが回転しながらほどけたが、バラバラになって逃れる前に大剣が閃いた。金属を叩いた甲高い音が響くが、一振りごとに塊が薄くなっていくのが分かる。
圧倒的な強さで怪物を斬り分けていったが、突如、ロドニアスが空高く跳びあがった。空中で回転し、広場の端に着地したかと思うと、ものすごい勢いで向かってくる。
身構える術もなく、片手で腰を掴まれ重力に逆らって落下するように体を曲げたまま遺跡から遠ざかった。反対側の手には、マカカイア・ジェストが同じようにつかまれていたが、彼もなされるがままに、文句を言う声も出せない。
風圧の苦痛に耐えていたが進む勢いが少し衰えた瞬間、体を逆に折り曲げられるような痛みで地面に下ろされた。腹の中身を吐き出しそうになったがロドニアスは気にも留めずに、水晶の柱の方へ振り返っていた。
「何をする……怪物は、どうなった?……」
「まずいのが来ます。下から」
答えた瞬間、水晶の柱の広場で砂煙が上がった。広場全体が同時に崩れるように地面の中へ引き込まれたのだ。そして、その穴から怪物の咆哮が上がった。
「地上に出て来るのか?」
無数の触手を持つ怪物の本体が出てくるなら、その姿をしかと見ようと、目を凝らしたが黒い編みこまれたチューブのような姿が伸びたように思えた瞬間、水晶の柱のある広場は左右から壁が競り上がり、怪物を包み込むように中央で合わさり、半球形のドームに変わった。
遠目には巨大な建造物に見えただろうが、覆った丸屋根の生々しさ、内側から脈打つ血液や繊維の動き。それは巨大な生き物の咢だった。
「あれは?……」
広場全体を一口で飲み込む大きさに息を飲んだ。怪物には違いないが、対峙していた怪物さえも一口で飲み込んでしまう想定以上の巨体に、どうやって立ち向かえばよいのか考える事さえ忘れていた。
「……そういう事か。あれが、アル・バ・アランチェですよ」
茫然と見守る中でロドニアス一人納得したように頷く。
砂煙が晴れる前に巨大な怪物の咢は地面の中に沈み込み、後に残されたのは、すり鉢状にへこんだ瓦礫の詰まった穴だけだった。




