水晶の柱の遺跡 3
軟体生物のようでいて殻に包まれたような、堅いのか柔らかいのか触れたくもない見た目の触手が無数により合わさった胴体の先で、ほつれた縄のように広がった触手が裏向けられた昆虫の足のように蠢いている。内側の穴のような口へと獲物を取り込もうと動く爪か触手か。
およそ、消化器官しかない怪物に見えたが、それは若い男の声で高笑いしていた。
勇者を食った事がさぞご満悦らしい。
この隙にと、広場の右側へと走った。
背を向けて広場から遠ざかるのではなく、水晶の柱を回り込むように広場の外周を走ったのは、ロドニアスが飲み込まれる前に何かを投げたからだ。
それは、おそらく……。
転がった石の瓦礫の間を素早く探すと、そこに異質な物、ローブの布地の端を見つけた。直ぐに邪魔な瓦礫をどけて担ぎ出す。
瓦礫に埋もれるほど力一杯投げられたのはディナエルだった。
気を失っている。考える前に逃げるだけだ。
ぐったりした体を抱えて広場の出口へと走り出した。ローブの下の体は力を入れて抱えるのを躊躇うほど、軽く細い。抱え上げた時、帽子を落としたため揺れる度に柔らかい巻いた髪が広がった。ほっといても良かったのだろうが、引っかからないように押さえようとした指が奇妙な物に触れた。
髪の間に頭から生えてる柔らかい触角だった。柔らかい肌の感触を辿ると深海魚のように先に房飾りがついている。
摘まんだ指に力が入ってしまったのだろうか?
本能的な反射で抱えている体が震えた。それから悲鳴を上げて体を仰け反らせて腕から飛び上がり、敷石の上へと飛び降りた。
だが、立ち上がった逃げようともせず。地面に座ったまま両手で頭を押さえている。押さえつけられた前髪の間から、瞳だけは真っすぐにこちらへ向けられていた。
「どいてください、クイス導師!」
指を曲げた手のひらを向けて身構えたマカカイア・ジェストが叫んだ。
「待て!」
手のひらには何も持っていないが、それがディナエルを吹き飛ばそうとする魔法である事は尋ねるまでもない。攻撃に入る構えから指向性だろうと推測は出来る。そうでなくても遮るように射線上に立って両手を広げれば、ことわりもなしに攻撃をする相手ではない。
「あれはディナエルが呼んだ物じゃない」
「何を言っているんですか、あの怪物を倒すため来たんですよ? それを邪魔しようとしたのが、そいつです! そいつの見た目にほだされたとでも言うのですか!」
「違う!……」
ロドニアスが怪物に飲み込まれる前にディナエルを放り投げたのは、助ける理由があったはずだ。それをジェストに証明してみる必要があったが、彼女を味方だと示す証拠はない。
「ジェスト! 先に、黒い怪物だ!」
出せない答えから気をそらしただけだったが、ジェストも渋い顔をしながらも、それに乗ってくれた。
「……仕方ない。話は後で聞きますよ」
だが、それは正しい判断だろう。触手を体の一部として使っている怪物が、ロドニアスを取り込んでしまったとしたら、目の前の怪物こそ最も危険な生き物になってしまう。
手のひらを怪物に向けると、怪物の周囲に電子の光が走った。それが高笑いを続けていた怪物の気を引いたようだった。
「何だ……勇者の仲間か……逃げ出していれば良いものを!」
無数の爪のような足が振り上げられたが、空中で半透明の網に引っかかったように止まった。
結界、のようだったが、その見えない膜がたわむ度に、マカカイア・ジェストの眉が動いた。見た目よりも負担があるらしい。
「ディナエル、あの怪物を押さえられるか?」
助けを求める。手助けしてもらえば、彼女を助ける理由にもなる。
一瞬、彼女は驚いて目を見開いたが、黙ってうなずくと両手で印を作った。
広場の端の瓦礫の山となっていたゴーレムから石の腕が伸びる。巨大な手が黒く太い胴体を左右から掴んだ瞬間、手の甲に触手の棘が生えた。
石の手のひらは貫かれても、捕まえる力を弱める様子は見えないが、再生が追いつかなくなるまで砕かれるのも時間の問題に思える。とても有利とはいえない。
「ジェスト、この薬は奴に効かないのか?」
使えるものと言ったら、触手を駆除するために作った薬だ。目の前の怪物は変容しているが、触手に紅い魔石を埋め込んだものに違いない。紅い魔石の力で強大な生命力を持つ触手の怪物を取り込んだのだろうだが、もはやどちらが主であるか、彼ら事態も分かっていないだろう。
その代わり、まだ完全にどうかしていなければ、殻の内側の触手を殺して怪物も動きを止められるかもしれない。
「それを使ってはなりません!」
両手を組み合わせたまま首だけを動かしてディナエルが答えた。
「何故だ?」
彼女が止めに入った理由。それが、即ち敵対する理由になっているはずだ。
「それは……」
「答えろ! ジェストの薬を使ってはいけない理由は!」
言い淀んだディナエルの言葉。僅かに足元へ向けられた視線。答えが返ってこなくても、地下に彼女だけが知っている何かがある。それだけは確信できた。




