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討伐は、安楽椅子で  作者: 海土竜
迷宮遺跡
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魂の井戸 1

 階段は並んで通れないほど狭かったが、幾重にも折れ曲がり続いていた。何度か道が無くなる事もあったが、行き止まる度にロドニアスが塞がれた壁を斬り開き道を作った。

 その度に階段や通路が姿を現したが、何度目かに壁を切り開くと井戸のような真っ直ぐな円柱状の穴に出た。


「通路ではないのか? 外れだな」


「……思ったより単純な構造だったみたいですね」


「どういう事だ?」


 聞き返された事に気づきもしていないのか、穴の底を覗き込んでいる。上ではないのだろうか。


「クイス導師、もう一度掴まってください」


 そう言って背を向けた。

 もう一度、振り回されるのかと思うとぞっとしたが、革ベルトを掴みながら狭い井戸ではそこまで振り回される事はないだろうと腹をくくった。

 だが、ロドニアスの動きは意外だった。軽く揺れただけで井戸の内側に張り付くと、突起もなくぴったりと積まれている石に指をかけ蜥蜴のように登り始めた。その動きは素早く狭い井戸の中で無かったら飛び去る風景に目を回したかもしれない。そして、頭上に小さな光の点が見えたかと思うと、見る見る家に大きくなり井戸の出口へとたどり着いた。

 そこは奇妙な部屋だった。

 周りを見渡しても出口はなく、天井はかなり高い。天井から縄が吊るされているが、桶を下ろすための物ではなかった。十メートルほど上に手すりが見える。部屋の内側を見下ろす観覧席になっているようだった。

 思わず悪態をつきそうになったが、部屋の上で何人かの人間がやってくる気配がして、手すりのある壁に体を張りつかせた。

 頭上の声は数名の男女。反響して何と言っているのか分からなかったが、抑揚のない呪文を唱えるような男の声に、怯えた女の声、短く叱咤をする男の声が聞こえた。

 それだけでも、上で何が起こっているか分かる。

 どこか登れる場所はないかと見回す前に、ロドニアスは飛び上がっていた。

 驚いた男の悲鳴が上がったが、直ぐに別の悲鳴に代わり、静かになった。

 ほっとしてため息をついて、上を向いていた視線を戻して心臓が止まりそうになった。井戸のような穴から地下で見た真っ白い触手が伸びていたのだ。それは穴のふちから周囲を探るように蠢いている。


「ロドニアス!」


 半ば悲鳴のような声を上げた。

 触手は足元までにじり寄ってくる。この部屋は、地下に住む怪物に餌をやるための部屋なのだ。生贄を下ろすのを止めた今、触手は貰えるはずの餌を探しているのだ。

 壁の端を移動して触手から逃れようとしていると、不意に体が宙に浮いた。

 見えない位置から触手に捕まったのかと慌てたが、体に巻き付いていたのは植物の繊維を編んだ縄だった。上のバルコニーから釣り上げられたのだった。


「大丈夫ですか?」


「ああ……、問題ない」


 少し間抜けな助けられ方に文句の一つも言いたかったが、心配している表情をしていたロドニアスに悪意があるようにも見えず、助けられた生贄の娘が何度も頭を下げていたので何も言えなかった。


「しかし、あれをどうする?」


 下ではまだ触手が餌を探して蠢いている。


「餌をやらなければ、飢えて死んだりしませんかね」


「あの大きさだぞ?」


 餌を探して街に出てこられたら、たまったものではない。しかし、地下から伸ばされた触手だけの相手にどうすれば良いのか。


「こいつら、殺していないだろうな?」


 足元の捨てられたボロ布のように転がっている男の一人を引き起こした。

 生贄を捧げていたのなら怪物の正体も知っているはずだ。全体の形が分かれば対策も立てられるかも。


「餌にするんですね。こっちの奴らから投げ入れて良いですか?」


「うぅ……、やめろ! やめてください、魔王様!」


 ローブを掴んで引き起こした男が、祈るように両手を合わせ懇願していた。

 低くかすれた声からして呪文を唱えていた男らしい。これから自分の身に起こる事に恐怖してはいても、相手が誰かも分かっていないらしい。


「お助け下さい、私は命令通りに……」


 目覚めかけてた意識が途切れ、体の力が抜け襟首をつかんでいる手に重さが集中した。


「魔王って言いませんでした? それに、こいつらの格好、古いローブで誤魔化していますが神官ですね」


「それでは、この場所は?……」


「遺跡の場所と地下の移動距離からして北のエプ・ディディア教会。だとすると、これが魂を浄化する井戸ってやつなんでしょうね」


「怪物に食わせて浄化するのか?」


 彼らの生死感がよく分からず、深く考えずに口にしたが、教会に敬意を払っていないように思えるロドニアスでさえ苦い顔をしていた。冗談で返すような話題ではないらしい。


「教会にとっても聖遺物の一つです。そこで怪物を育てさせ自ら冒涜に加担させる。魔王軍はただ相手を殲滅し征服するだけではなく、人間の文明や文化ごと滅ぼすのが目的らしい」


 ロドニアスの言葉は静かに語られていたが、普段は感じない寒気のするような凄味に相槌さえ打てなかった。

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