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討伐は、安楽椅子で  作者: 海土竜
迷宮遺跡
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地下の魔物

「導師、急いで!」


 ロドニアスに急かされるまでもなく、転げ落ちるように石の山を下り、地上へと続く石の階段へと駆け上がった。

 次々と石段が飛ぶように足元に消えていったが蹴ったはずの足の裏に伝わる感触がまるでなかった。柔らかい綿の上を必死で走っているような感覚に気がついた。少しも上へ移動していない。


「ロドニアス、石段がっ! 沈む、いや浮いているのか?」


 降りてきた階段は登ろうと足を置くと、その分沈み込み少しも上へと移動していなかった。直ちに床から湧き出る水に飲み込まれるかと思ったが、足元に水が押し寄せる様子はない。石の表面は少しずつ上がってくる水面に浮いているように僅かだけ顔を出していた。

 登れぬ階段に速度を緩めると、今度は上へと続いていた石段が順に水面へと落ち、浮橋のように並んでいく。

 地上の代わりにどこか別な場所へ案内しようと言うのか?

 その先を考える前にロドニアスの声が響いた。


「水の中に何かいます!」


 穏やかな水面が突如しぶきを上げた。

 鏡のように光を反射して底の見えなかった水中から真っ白い吸盤の付いた触手が突き出ていた。だが、それも一瞬で、ロドニアスの大剣に鏡のような水面ごと鋭い切り口を残して斬り飛ばされた。

 僅かに遅れて、切り口に血が滲むように、色の違う液体が満たされる。

 まるで水面自体が巨大な生き物であるかに思えた。

 それが足元から伝わる不気味さを生み、水面に落ちた石段によって出来上がりつつある浮橋が到着地点へと選んだ壁に空いた穴へ夢中で駆けだしていた。


「クイス導師! そっちはダメだ!」


 もう少しで壁に空いた通路の入り口に飛び込もうと言うところでロドニアスが叫んだ。

 飛び石の上でつんのめりそうになりながら勢いを殺すと、直ぐにロドニアスの言葉の意味が分かった。

 壁に空いた穴から体が吹き飛ばされそうになるほどの風圧で雄たけびが上がった。全身を生暖かく嫌なにおいが包む。

 それは、通路の入り口などではなく。四角い穴の開いた壁の向こう側に張り付いて、巨大な口を開けている巨大な怪物だった。全体像どころか、口の中しか見えてはいないが。


「ここは、こいつの餌場なのか!」


 壁に背を向けて走り出すと、今度は、石の浮橋が水面を滑るように壁の穴へと吸い込まれて行く。壁の向こう側の怪物が、水後と吸い込んでいるのだ。

 全速力で走っても僅かずつ壁が近づいてくる。

 もはや逃げ切れないとあきらめかけた時、体が宙を舞った。ものすごい速さで水面の浮橋が細い糸のようになっていく。

 ロドニアスが抱えて跳んだのだ。ただ一度の跳躍でどれくらい跳んだのか。どれぐらいの速さで移動しているのかも風圧を感じず分からないまま、空中を漂っているような感覚は石の壁に突き刺さる剣の短く高い音で終わりを告げた。

 床に着下感触だったが壁に水平に突き刺さったロドニアスの大剣が足の下にあった。

 何の突起もない垂直な壁に突き刺さった剣の上に立っている。爪楊枝の上に立っているような不安が押し寄せた。


「水晶の柱の遺跡からして罠だったのか?」


 足の下の闇の底からくぐもった怪物の雄たけびが聞こえた。

 上がってくるであろう風圧に耐えるためしゃがみこんで足を置いている土台を両手でつかもうとしたが、それが刃のある長剣であると気づいて思いとどまった。


「あの柱を辿れば地上に出られるでしょうが……」


 ロドニアスは大剣の先端に立ち、手に持った灯りの光線をしぼって上まで続く柱を照らし出していた。落ちてしまっているが降りてきた階段の付いていた柱だろう。光の筋が当たっても柱の終わる天井が見えない。見上げていた光の当たる場所が下に移動して、別の柱を照らし出す。


「無理をしなくても、あそこの壁に空いた通路らしきところから、どこかへ出られるかもしれません」


 柱に文字らしき物が刻まれているが、その向こう側に暗く四角く切り取られた穴が空いている。それが通路の入り口らしい。


「そうだな、あの通路から調べるか……」


 不安定な足場から一刻も早く立ち去りたいだけで、そう答えた。もちろんそこまで移動する手段を考えての事ではない。


「鞘のベルトに掴まってください。両手でしっかりと、離さないようにしてくださいね」


 ロドニアスが背中を向けたまま言った。彼の背中の大きな鞘は肩に回した皮ベルトで止められていた。鞘に抱きつくように両手を回してベルトを掴む。

 両手に力を籠めると、ロドニアスは軽く背後に飛び壁を蹴った。その勢いのまま剣の柄を掴んで引き抜き、闇の中へ飛び出すと目の前に現れた柱を蹴って別の方向へ飛んだ。更に次々に現れる柱を蹴ってピンボールのように跳ね返る。

 目の回る以上の上も下も分からなくなるような動きに、ただ振り落とされないように全身の力を両手に集めて握っていなければならなかった。

 それも唐突に終わった。

 いつ止まったかも分からなかったが、ロドニアスは何事も無かったかのようにまっすぐ立っていた。しがみ付いていた鞘からずり落ちると足が硬い床に触れたが、立ち上がる力が入らず、膝と手をついて、それが床であると確かめていた。


「通路なのか?」


 壁も床も似たような飾り気のない廊下だった。


「排水溝に近いかもしれませんね」


 ロドニアスの言葉通り、少し歩くと通路は左右に分かれていたが部屋等がある訳でもない。それに床も僅かに傾斜している。とりあえず、登っている方へ向かって進むが、直ぐに人の通れる幅の無い行き止まりとなっていた。


「水の流れる隙間しか空いていないな」


「導師、この壁は新しいですよ」


 ロドニアスは途中の壁に手で触れていた。


「新しい? 最近になって誰かが塞いだのか?」


「経ってても数年、ってとこでしょうね」


 不意に大剣を左右から袈裟斬りに振り下ろし、壁を蹴った。ゴッと音を立てて三角形の穴が開くと、その奥に階段が見えていた。

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