見舞い
城から隣の尖塔まで空中回廊が伸びている。大きな窓と言うよりは天井を支える細い柱が並ぶ開放的な造りは、廊下よりは石造りの橋のようで手入れの行き届いた城の中庭が一望できた。しかし、開放的なのはそこまでで塔の入り口は牢獄であるかのような重厚な扉で遮られていた。
扉の横の小窓から顔を出した女官に挨拶をしてから小一時間は待たされている。幽閉された姫に面会を求めている気分になったが、大神官ラミュエルの見舞いに来ていただけだった。
「どうぞ、お入りください」
美しい庭でも眺めるのに飽き初め出直そうかと思ったところに扉が開いて中へ通された。城の雑務をこなしている者たちとは違い、染色されていない生のままの黄みがかった白一色の地味な装いの女官だ。彼女の後をついて緩く傾斜の付いた狭い廊下で塔の中を半周し大神官の部屋へと案内された。
一通りの家具が揃って居たが飾り気のない簡素なもので部屋が妙に広く感じられ、病人の部屋に入った時の熱に浮かされたようなふわつく感覚に襲われたが、それらが彼女の体に合わせて一回り小さく作られているためだと気づいたのは、寝台で身を起こしている大神官に近づいた時だった。
人形の部屋のような印象を受けつつも椅子に腰を掛ける。低くてもしっかりした造りだ。
彼女は寝巻の上から薄いガウンを羽織っているだけだったが、目を引いたのは頭に乗っている背の高い帽子の方だった。いつものとは違う柔らかそうな毛の長い白い生地で重くはなさそうだったが、寝る時も帽子をかぶったままなのだろうかと。
「この様な格好で申し訳ありません」
帽子の事ではないだろう。だが、寝起きと言う様子でもなく、待たされた時間は身支度を整えるために使われていたのだろう。
「御加減は宜しいですか?」
「はい、突然の襲撃に驚いただけで……」
小さな手が額を撫でる。ラミュエルの鼻の頭が赤くなっているのが痛々しかったが、あえてその話題に触れなかったのは、果物の種を飛ばして大神官を狙撃した犯人がロドニアスだと知っていたからだ。それだけなら、子供、かどうか分からないが幼い見た目の大神官に酷い事をした、ただの無法者だが、飛んできた物を防げるかどうかで判断しなければ区別のつかないディナエルの姿を見た後では、一方的に否定する事も出来なかった。
「非礼を承知で押しかけさせていただいたのは、最近の度重なる事件で街の中に魔物が入り込んでいるのが分かったのです。それも行商人や冒険者に手引きさせているようで……」
「……その者たちを操っている者に、ディナエルが居たのですね」
はっきりと答えながらも、その名を口にするのを躊躇うように視線を伏せた。
「ご存じでしたか。彼女は魔王軍の幹部だと言う話ですが、何故そのような事に?」
「ディナエルの魔法の才能は私より遥かに高く、優れた大神官になるはずでした。ですが、その才能のために、街の北にある水晶の柱を目覚めさせてしまったのです」
「水晶の柱ですか。それは、どのような物なのですか?」
「建国以前の時代の遺跡です。螺旋状に水晶の填まった円柱の柱が広場の中心に立っているだけだったのですが、ディナエルが目覚めさせた後は誰も近づけなくなってしまったのです。ただ平坦な石畳の上を歩いているつもりが、近づくにつれて迷路の中を彷徨わされたり、いつの間にか別の通りを歩いていたりと……」
「人を惑わす遺跡ですか」
「呼びかけにも答えず、水晶の柱の元でディナエルは何か操作をしているようでしたが、不意に空中に四角い石が現れ、ディナエルの上に落ちてきたのです。そこは平坦な敷石の上だったはずなのに、その石は地面にすっぽり填まったように見えました。そして、その場にいたディナエルの姿も消えていたのです」
「姿を消すまでは、普通の子供だったのですか?」
「はい、ディナエルは聞き分けも良い、言いつけも守る大人しい子供でした」
「それが……」
人間の敵となった。その変化は改めて口にする必要もないだろう。
「その遺跡を調べてみてもよろしいですか?」
遺跡なら街の地下に広がる水路とも繋がっているだろう。それがかつてどのように使われていたかはともかく、今は街の外から魔物が侵入するために使われているかもしれない。




